それは何も変わりの無い。ありふれた日常の繰り返しだ。

　毎朝部屋に差し込む朝の日差し、トーストとミルクだけの簡単な食事。

　仕上がりよりも速度重視のメイクに、彩度の低い大人しいルージュ。

　都会という風景に保護色のように溶け込んでしまうような紺のパンツスーツも、ヒールの無い履きなれたパンプスも。

　ひしめき合う満員電車や、林のように乱立するビル郡。

　無機質な会社のロビーに、上司を優先して乗せるエレベーター。


　私はそれに満足していたはずだった。

　そう、そんなありふれた私をなぞらえる日々に。

　緩急の無いそんな平坦な日常。刺激などなくとも、平穏無事に流れていく日々が私には安息だったはずなのだ。


　いつの間にか身につけた処世術。


　協調といえば聞こえはいいが、人に適度に合わせていけば、保障される円滑な関係。

　その、譜面の上を決められたテンポでなぞらえるような日々を突き崩した存在は、日常の中に静かに潜み、徐々に私を侵食していく。

　毎日のように繰り返す、規則正しい譜面の上のリズムのような日々。そこに静かに書き足されたフォルテという記号。

　私の日常というテンポを乱すそれは、会社の中に形を潜めていた。

　満員直前までに詰め込まれる会社のエレベーター。

　まるで偶然を装うかのようにそっと指先に触れてくる、少し節くれ立った男らしい指。

　閉じられたエレベーターのドアに鈍く写りこむ人々の姿の中。胸の奥を突き刺すように鮮烈に青い髪の男の視線が、私の眼差しと絡み合う。

　青く燃える炎のように熱く。逸らすことを許さぬようにまっすぐに激しく。それは絡み付いて私を放さない。

　ここが会社のエレベーターの中だという事を忘れさせるほどに私の心は揺らぎ、その男の瞳が映し出す世界の中へと吸い込まれていきそうになる。

　しかし、そんな現実から遠ざかっていくような意識を呼び戻すのは、溶けてしまいそうなほどに熱い手の薬指に、その存在を冷ややかに主張する指輪の存在であった。



　ＰＦＳ～ピアノ×フォルテ×スキャンダル～