「青山!」

「伊藤!」

「鏡音!」
今日は一年生最後の日。担任の先生がぼく達に通知表を渡していく。ぼく達の学校にはクラス替えが無いし担任の先生も変わらない…でも、ぼくは君と一緒にいられない。一週間後、ぼくは父さんの仕事の都合で田舎の街に引っ越すことになっていたのだ。父さんは支部長になるのだから栄転だと言っていたが、ぼくは一緒に喜べなかった。君と離れてしまうのだから…
もちろんこのままこの学校にいてもぼくと君の距離は縮まらないだろう…でも、ぼくは君を知っているだけで幸せだった…

「それじゃあみんな、来年もよろしくな!」
先生がそう言って皆に解散と言う。それを合図にクラスメート達は一斉に立ちあがり、各々仲の良い子と帰っていく。君もレオン君の元へと行って共に歩き出す。ぼくはこれが見納めだと思って、君の後を追うように教室から出た。幸せそうな君の隣をあいつが歩く。ホントはぼくがそこに居たかったんだよな…レオン君…
それは、校門を出て直ぐのことだった。桜崎中学校は大きな通りに面している。そこは車の往来も激しい。君とレオン君がその横断歩道に差し掛かった時だった、一台の車が二人に向かって突っ込んでくるのがぼくの眼に入った。しかし、肝心の二人はお互いを見詰め合うことに忙しく車の接近に全く気づいていない。恋は盲目だ…いや、それはぼくにも言えたのかもしれない…ぼくは突っ込んでくる暴走車に気づいていない二人をかばうように飛び出していたのだ。ぼくの鞄が宙を舞い、視界が回る。そこでぼくの意識は途絶えた…

________________________________________

ガバッ!!

ぼくは勢いよく起き上がった。その途端体中に響く痛み。そうだ、ぼくは車に轢かれて…

シャッ!

その時勢いよく病室のカーテンが開き、看護婦さんと医者の先生らしき人が入って来た。

「君は六日間も寝ていたんだよ…ところで腕の調子はどうかね?」
白衣の先生が尋ねる。六日間…ぼくは驚きでしばらく固まっていた。うん?腕の調子?そこでぼくは気づいてしまった。ぼくの右半身がやけに軽いのだ…

「最善は尽くしたのだが…」
白衣の男が申し訳なさそうに言う。ぼくは恐る恐る自分の右腕を、いや右腕だったところを見た。そこには既に何も無く、包帯だけが巻かれていた。
放心状態のぼくを残して、医者の先生と看護婦はカーテンを開けたまま去って行った。去り際に看護婦さんがぼくに小さい子が遊ぶようなピアノを手渡していった。何でもお見舞いらしい。
その日の夕方には父さんがやってきて、予定通り明日引越しをするといってきた。ぼくはこんな状況なのに自分の栄転を優先する父さんに嫌悪感を覚えたが、無気力に同意の返事を返した。
そしてぼくは意を決して夕食を運んできてくれた看護婦さんに君の事を聞いた。実は真っ先にそれを聞きたかったのだが、もし君がもういなかったらと思うと怖くて聞けなかったのだ。しかし、そうも言ってられない、時間がないのだ。すると看護婦さんは以外にも簡単に答えてくれた。ぼくが身を挺して護った二人は生きていると言う事だった。まだ、二人とも眼を覚ましていないが、容態は安定していてじきに回復するだろうと言うことだった。
ぼくは安堵のため息を吐く。ぼくの気を察してだろうか?その看護婦さんが君の寝ているベットの周りのカーテンを『うっかり』閉め忘れたままその日は病室を出て行ってしまった。

タ、タタタ、タタタ、タタタン…

ぼくはおもちゃのピアノを取り出し、静かな病室で弾きだす。慣れない左手に、慣れないピアノ…お世辞にも綺麗と言える旋律ではなかったが、ぼくから君へのセレナーデは君に届いただろうか?
聞いてくれなくてもいい。でも、君を思い出にすることなんて出来ない。言葉にしたら嘘になってしまう気がするから、ぼくは弾くよ。

タタタタタタタ、タタタタタン…

ぼく自身の思いを込めたレクイエム…

雨が降り出しオブリガートも加わった。

好きだなんて言えなかった、君がぼくのことを忘れたとしても、ぼくは…

「君のことが…」

翌朝、ぼくの姿は既に病室には無かった。

episode1 fin...

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  • 作者の氏名を表示して下さい

犯人の物語―episode1 ぼくにピアノを弾かせて③―

ひなた春花さん(http://piapro.jp/haruhana)のぼくにピアノを弾かせて(http://piapro.jp/t/Trb-)を小説にさせて頂きました。
この話は完全恋愛モノなので(←作者の専門分野外^_^;)苦労しました。ま、たまにはこういうのもいいよね。
少しレンがかわいそう過ぎたかな?

辞書から
セレナーデ=思いを寄せる女性の窓辺で夕べに歌い奏する音楽。
レクイエム=ミサ曲。鎮魂歌。死者の魂が、死者の魂が天国に迎えられるよう神に祈るもの。
オブリガード=独奏または独唱に吹かされる、伴奏楽器以外の独奏楽器による旋律的伴奏。助奏。


続きはこちら(http://piapro.jp/t/Ym0H

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投稿日:2011/05/17 16:20:57

文字数:1,741文字

カテゴリ:小説

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