「リンがいなくなったら、俺どうなんのかなぁ」
 とある日の昼下がり、レンはそんな事を呟いた。
 私の名前は鏡音リン。目の前に居る、私と同じ顔の男の子が鏡音レン。彼は私の双子の弟。
 元々私たちは、人間ではなく、プログラムとして生まれてきた。歌う為のプログラムとして。
 その時は、私たちは永遠に三次元に……現実の世界に行ける事はないと思っていた。けれど三年前に、プログラムの私たちを買ってくれたマスターが、私たちを三次元に引き入れてくれた。
 そう、マスターは温もりを感じる体をくれた。触れあう事の嬉しさを教えてくれた。
 マスターは若くしてこの世を去ったけれど、私たちはマスターとの想い出が残るこの家で生き続けている。
「いなくなったら、って?」
 私は、レンに問いかけた。それに、蓮は答えようとする。
「あぁ、そのままの意味だよ。つまり――」
「死んだら、って事?」
 私はレンの言葉を遮って言った。レンは私の言葉に、少し間を開けて頷く。私は一度ソファに座りなおして、
「プログラムだった頃の私たちには、無縁だった言葉だけど……」
 と呟いた。
 そう。肉体が老朽化すれば年を取り、活動を止めればヒトは死ぬ。逆に肉体を持たないプログラムは、老化する事も死ぬ事は無い。人間が欲しがって止まないという不老不死を、人間はいとも簡単に造り出しているのだ。
「もちろん、以前の私たちにも『プログラムとしての死』はあったかもしれないけどね」
 私はそう付け足した。
 『プログラムとしての死』……それはゴミ箱に入れられ、消去される事。コンピュータから、アンインストールされる事。人々に忘れ去られ、使われなくなる事。その事を私たちは『死』だと言った。しかし当然その表現は間違っている。
 虚空から生まれたものが虚空に還るだけ……コンピュータに侵入したウイルスが削除されるだけなのと同じ事。人間の、生き物の『死』とは違う。
「でも、何でいきなりそんな事を?」
 私は首をかしげる。それにレンは、私の隣に座って、ふぅっと息を吐く。
「いや、さ。この三年間、俺たちは『生』ついて学んできたじゃん? 学校やら、友達やら、幸せとやらを」
 確かに、そうだ。私とレンは人間になってからは学校にも通う事になった。そしてクラスメイトと色々な事を話して、学んで……さすがに私たちが元プログラムと言う事は明かさなかったけれど。
「それでさ、ふと思ったんだよ。俺たちは人間になってから楽しい事ばかりを知って来た。もちろんマスターが亡くなった時は悲しかったけど、その時の俺たちは感情をよく理解してなかった。マスターの『死』っていうのが、どういうものかよく分かってなかったんだよな」
「……確かに」
「でも、今の俺達はどうだ? 人間と共存し、喜怒哀楽に溢れた生活を送っている。今の俺にとって幸せな事は、学校の友達と話せる事、毎日笑って暮らせる事……そして、リンと一緒に居られる事」
 レンの言った言葉に、私も同じだと思った。今の私にとっての幸せは、友達と話す事、毎日笑える事、レンと共に過ごせる事……
 と、レンは少し低い、重みのある声で続きを話した。
「なら、逆に俺にとっての悲しみとは何だ? そう考えて、最初に思い浮かんだのが――」
 不意に、レンはこちらを指さした。
「リンが、俺の傍からいなくなる事だ」
 私は、レンの言葉を聞いた途端、顔が熱くなるのを感じた。
「ふ…………ええっ!?」
 思わず奇声を発してしまう。
 だって、その言葉は――まるで、
「俺、リンがいなくなったら生きていけないかもな」
 そこで、レンがまた言う。
 自分の思考が見透かされているのかと錯覚するほど、レンの言葉は完璧に私の考えを引き継いだ。
「え……えと」
 私は頭を掻く。レンが私に抱いている感情……それは『恋』というやつなのだろうか。
 やった。また一つ人間について学べ……
「って違うでしょうがぁ!」
 いきなり大声を出した私に、思わずレンは驚き、目を丸くしている。私は我に返り、何でもない、と慌てて訂正した。
 私は、長く息を吐く。そして、少し落ち着いて今の状況を整理する。
 事の始まりは、レンが言いだした一言。そして、今の私たちにとって幸せとは、悲しみとは何だろうかとなって……
 レンが、私がいないと生きていけないとかなんとかそんな臭いセリフを言ってあああもうどうしようううぅぅぅ……
「……リン?」
 ふと顔を上げると、心配そうに私の顔を覗きこんでいるレンがいた。
「…………」
 レン。
 彼は、私の双子の弟。生まれた時から共に居た、私の半身。
 彼の瞳は、私と同じはずなのにどこか深みがあって……どこか、優しい光を灯している。
 私が泣いた時はいくらでも傍に居て、ずっと優しい言葉をかけてくれた。私が悪戯をしても怒らずに、笑ってくれた。
いつもいつも、彼は優しく笑いかけてくれた。
 誰よりも傍に居て、私の事を一番よく分かってくれている。きっと、彼の事を一番分かっているのも私。
 何よりも大事な、私の弟。
 それがレン。
「……レン」
「ん?」
 私は、レンの瞳を真っ直ぐ見つめる。その優しい、蒼い瞳を。
「私も、レンがいなきゃ生きていけない」
 レンはそれに驚いたような表情になる。そして、子供の様な満面の笑みを浮かべ、いきなりぎゅっと私に抱きついてくる。
「わわっ!?」
 不意をつかれ、私は思わず倒れてしまう。といっても、ソファ倒れこんだおかげで怪我はなかった。
 そしてそれはまるで、私がレンに押し倒されている様な構図になってしまう。
「……がと」
「へ?」
 小さく呟いたレンの言葉を聞き取れず、私は声を上げる。すると、レンははっきりとした声で、もう一度言った。
「ありがと、リン。俺、今すげえ嬉しいよ」
 無邪気な顔で笑い、少し頬を赤らめているレンを見て、自然と笑みがこぼれた。
「――レン」
「ん?」
「私本当に……人間になってたみたい」
「う? うん」
 レンの頭にはてなマークが浮かんでいるように見えた。
 何故なら、私たちはとうに人間の体を持っているのだから。
 でも、私が言ったのは人間の体になった、という意味では無い。
 心まで人間になった、という意味。
「……へへ」
 だって、こんなにもレンの笑顔が愛しく感じる。レンの笑顔を、ずっと見続けていたい。私だけに、この笑顔を見せて欲しい。
 レンという存在を、独り占めしたい。
「レン、大好き」
「うん。…………って、ええぇ!?」
 私の言った言葉に驚いたのか、レンは飛び起きた。でも、私はレンのネクタイを掴んで起き上がり、また二人の距離は元通りになる。
 今にも鼻先がつきそうな、とても近い距離。心理的な距離でも、この位近かったらいいのに。
「レンは? 私の事嫌い?」
 答えは分かっているのに、つい聞いてしまう。恥ずかしそうなレンの顔を見て、またくすりと笑ってしまう。
「……す」
「す?」
「っ…………好き、だよ。俺も。リンの事」
「……へっへ~」
 何がへっへ~なのか分からないけれど、とりあえずへっへ~と笑う。そしてぱっとネクタイから手を離し、ソファに倒れこむ。
 その後、レンはようやく立ち上がり、私の上から退く。そしてまたソファに座りなおした。それを見て私も起き上がり、レンの隣にくっついて座る。触れている腕から伝わる温もりが心地よくて、そっと瞼を閉じる。
 しばらくして、レンが口を開いた。
「……リン。俺たちは二人一緒に生まれてきたよな」
 ぽん、とレンは私の頭に手を置く。そしてそのまま何回か撫でる。
「…………消える時も、一緒だよ」
 そう言ったレンの言葉が、僅かだけど震えているのに、気づく。
 消滅への恐怖――それは自身へのものなのか、それとも自分の片割れへ向けてのものなのかは分からないけれど。
それはプログラムであっても、人間であっても変わらないのだろう。
「……うん」
 今だけじゃなくて、これからもずっと一緒にいたい。この温もりを感じていたい
 双子は一緒。ずっとずっと一緒。
 生まれる時も消える時も、一緒がいいな。
「ずぅっと一緒だよ。――レン」
 私は瞼を上げ、彼の名前を、自分の半身の名前を、噛みしめるように言う。
「……約束だよ?」
「あぁ、約束するよ」
私の手はレンにそっと握られる。静かな部屋の中、自分の鼓動が響いている様な感じがした。
 ふと、レンの唇が近づく。
「――リン」
「…………うん」
 そしてそのまま、私の口は塞がれた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

次元の中で

途中でリンを襲わせようか迷っ(ry


ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!

グーフ
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リア充爆発しろ☆

閲覧数:196

投稿日:2011/03/24 07:48:51

文字数:3,518文字

カテゴリ:小説

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