あるところに初音ミクという、それはそれは綺麗な歌声を響かせる少女がいました。その歌声は、獰猛な動物や植物達ですら聞き惚れてしまうほど素晴らしいものでした。
 
 しかしある時それを妬んだ悪い魔女がその声を奪ってしまいました。声を失ったミクは無言のまま三日三晩泣き続けました。なぜなら彼女には歌う事しか出来なかったからです。ミクにとって歌うという事が存在の全てだったのです。

 四日目の朝、彼女の兄が言いました。
「ミクの歌声を取り戻そう! 僕達であの悪い魔女を懲らしめるんだ」
 兄の言葉にミクの姉、弟、妹は大きく頷きました。

 それからミクと兄弟達の長い旅が始まりました。山を越え川を越え、目指すは魔女の城です。
 
 旅の途中もミクは一言も声を出すことが出来ませんでした。
 兄弟達はミクのことを同情しながらも、心の中でミクの声が戻らなければいいのにとも思っていました。
 兄弟達もミクと同様に歌うことが全ての存在だからです。ミクがいなければ自分の歌をもっと多くの人や動物に聞いてもらえるからです。
 
 
 旅を始めて三日目、妹が言いました。
「もう疲れちゃった。お姉ちゃんの声なんて、もうどうでもいいわ帰りましょう」
 ミクは何も言うことができません。下を向いたまま俯いているだけです。妹と一番仲の良い弟が言いました。
「ダメだよ。歌えない事がどれだけ辛いことか分かるでしょ。魔女の城まであと少し頑張ろうよ」
 妹はその言葉に渋々頷きました。

 
 旅を始めて五日目、弟がこぼしました。
「これからお姉ちゃんは楽器を演奏すれば良い。声が無くても生きていけるよ」
 ミクは今度も何も言いませんでした。言えないのです。声を奪われているから。
 姉が毅然とした態度で言いました。
「あなた達が歌えるように教えてくれたのは誰なの? ミクじゃないの? 困った時は兄弟助け合わないとダメでしょ」
 弟は昔を思い出し、元気良く旅を再会しました。

 
 旅を始めて十日、とうとう姉がこぼしました。
「ミクは良いわよね。みんなにチヤホヤされて。私に言い寄る男達は結局ミクが目当て。声が奪われていい気味よ」
 ミクはやはり何も言いません。例え声が出せたとしても、優しかった姉からこんな言葉が飛び出し、何かが言えたとは思えません。
 兄が厳しい声で言いました
「滅多なことを言うもんじゃない。ミクにはミクの、お前にはお前の良いところがある。俺たちは皆それぞれに輝いているんだ」
 姉は反省し旅を続けることを了承しました。

 
 旅を始めて一ヶ月、ついに兄が声を大にして言いました。
「もう止めだ止めだ。歌声を取り戻したければミク一人で行けばいい。ミクがいない分は俺が歌ってやるから。みんなが今まで以上に歌えば解決さ」
 ミクは相変わらず無言です。そして兄を諌める者は誰もいませんでした。魔女の城まであと少し、しかし辿り着いてから魔女を懲らしめねばなりません。もうそこまでの力が残っている者はいなかったのです。
 
 
 次の日、兄妹が目覚めたときミクの姿はありませんでした。兄妹達は慌てました。やはり皆、ミクのことがかわいかったのです。後悔しても始まりません。ミクは魔女の城に向かったに間違いありません。兄妹達は急いでミクの後を追って魔女の城に向かいました。

 
 一方、一人で魔女の城に向かったミクは城内であの悪い魔女と対峙していました。
「ミク、ようやく来たのかい」
 魔女の声はミクの声そのものでした。
 ミクは声にならない声を上げます。
(私の声を返して!)
 声が出ていなくても魔女にはミクの言いたいことが分かります。魔女はこう答えました。
「声なら返してあげるよ。でもその前に一曲だけ私の歌を聞いてくれないかい」
 魔女の不可思議な申し出にミクは頷きました。
「ありがとう。じゃあ歌うよ。」
 
 魔女はミクの声で歌いだしました。その歌声はミクが歌っていたときと同じように綺麗な歌声でした。でも、どこか違っていました。それは魔女が悲しそうに寂しそうに歌っていたからです。

 しばらくして魔女が歌い終わりました。
 ミクは盛大な拍手を送りました。
「ありがとうミク」
 魔女の目から涙がこぼれ落ちました。
(どうしたの? どうしてあなたは泣くの?)
 ミクは声無き声で訊ねました。

「私はあなたが羨ましかった。誰からも好かれるあなたが。声を奪い私も綺麗な歌が歌えるようになれば、あなたのように誰からも好かれると思っていた」

 魔女は既に泣き崩れて、頬を大粒の涙がつたいます。
「私は魔女、あなたの綺麗な声を奪い歌を歌っても誰も聞いてくれる者はいなかった。私の歌を聞いてくれたのはあなたが始めて。ありがとうミク。それから声を奪ってゴメンなさい」
 魔女は謝罪の言葉を口にしました。
「ミク、声を返すわ」
 ミクは首を横に振り言いました。
(その声はあなたにあげる)
「どうして、声はあなたの全てでしょう」
 ミクは魔女の城に来るまでに起こった兄妹達の出来事を話しました。自分の歌声が兄妹達に疎まれていたとは信じたくないことだった。
 
「そんなことがあったの。でも私もこの声を受け取るわけにはいかない。だからこうするわ」
 魔女が呪文を唱えると目の前に光り輝く円盤が出現しました。
「これはあなたの声を封印したもの。これからこれを使って数多くの人達が歌を作るでしょう」
 魔女の声は元のしわがれた声に戻っています。この光り輝く円盤がミクの声なのです。
 ミクは多くの人達が自分の歌声を使って、多くの歌を歌わせている姿を想像しました。それはとても愉快で楽しい光景でした。

 その時であった、突如声が響いた。それはミクの兄妹達の声であった。
「待ってくれ!」
 兄妹達は広間の向こうで事の成り行きを見守っていたのです。
 そして言いました。

「俺の声も光り輝く円盤にしてくれ!」

「私のもよ!」

「僕のもだ!」

「あたしのもね!」

 今ここに兄妹の心が一つになっていた。
 扉の向こうで兄妹達は自分達の自己中心的な考え方を反省していたのだ。自分達がミクを見捨てるということ、それは究極的には魔女になるということに他ならないのだ。

「封印したらもう元に戻すことは不可能よ。それでもいいの?」
「俺達の考えは変わらない」
「わかったわ」
 魔女がそれぞれの前で呪文を唱えると更に四つの光り輝く円盤が出現した。兄の、姉の、弟の、妹のそれぞれの声が光り輝く円盤へと姿を変えたのだ。

 魔女がまた呪文を唱えました。その呪文に反応するように、光り輝く円盤はそれぞれ外へと飛んでいきました。

 ミクは言いました。

「みんな、ありがとう!」




 それから魔女や兄妹達がどうなったか、それは誰にも分かりません。
 
 えっ? 光り輝く円盤はどうなったかって。

 フフッ。面白いことを言いますね。

 だって、光り輝く円盤の行方をあなたはもう知ってるはずですから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

魔女とミクと消えた歌声

軽い読み物を目指しました。童話的なお話は始めて書くので少々読み難かったかも知れません。
最後のオチから何かを感じてもらえれば幸いです。

閲覧数:219

投稿日:2010/01/31 22:24:49

文字数:2,893文字

カテゴリ:小説

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  • ayuu

    ayuu

    ご意見・ご感想

    初めまして、ayuuと申します。
    拝読しました^^

    こういう童話風なお話、大好きです!!いつのまにか引き込まれていました……!
    『光り輝く円盤』ってもしかして……。
    素敵な作品ゴチでした!!
    あと、ブクマいただきましたっ。

    2010/04/11 14:53:22

  • Hete

    Hete

    ご意見・ご感想

    コラボから来ました。狂音と申します。
    読みやすいです!
    見ていて、どんどん引き込まれていくような文章だと思います
    一番最後に皆に問いかけるような文も魅惑の一つだと思います。
    急なコメ、失礼しました。

    2010/04/03 18:48:40

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