注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 外伝その七【ある日のアクシデント】の直後の話で、お手伝いさんたちの会話のみで構成されています。
 なお、本編第六十五話【育ちは誰よりも上】までのネタバレを含みますので、そこまで本編を読了してから読むことを推奨します。


 【スケルトン・イン・ザ・クローゼット】


「それにしても……ルカお嬢様って、なんであんなに冷たいのかしら?」
「冷たいって?」
「だって、リンお嬢様が怪我をしたっていうのに、『部屋に戻ってる』だなんて」
「まあ、仕方ないかもねえ。ルカお嬢様は、ハクお嬢様やリンお嬢様とは母親が違うから。あたしゃ、今の奥様が気の毒でならないよ。あの気難しい旦那様に、三人のなさぬ仲の娘」
「えっ? リンお嬢様って、今の奥様の子供じゃないの?」
「違うよ。ああ、あんたはここに勤めだしてまだ日が浅かったね。リンお嬢様を産んだのは、前の奥様さ。リンお嬢様は今の奥様が嫁いで来た時まだ二つにもなってなかったから、今の奥様のことを実の母親だと思っているけどね」
「ねえ……訊いてもいい?」
「何をだい?」
「前の奥様って、どんな方だったの?」
「そうだねえ……モデルやってたぐらいだから、背が高くてすらっとしていて、綺麗な人だったね」
「今の奥様とは正反対ね。だって今の奥様って、はっきり言って十人並だもの」
「まあ、確かに今の奥様は美人じゃないね。でもあたしは、今の奥様の方がいい方だと思うよ。前の奥様ときたら、ルカお嬢様のことはいつもほったらかしになさっていたからね。今の奥様は、少なくとも、必死になって三人を公平に扱おうとはなさっている。上手くいってはいないけれどね」
「……そうなんだ」
「前の奥様は多分、あてが外れたんだろうねえ……」
「あてって?」
「いいかい、あんたこれは誰にも言うんじゃないよ。実は旦那様、それはそれは女癖が悪くて」
「そうなの?」
「そうだよ。で、ルカお嬢様の母親である最初の奥様がまだこの家にいらした時、旦那様はつきあってた愛人を孕ませちまってね」
「まさか……」
「そのまさかだよ。その愛人ってのが、前の奥様さ。その時お腹にいた子が、ハクお嬢様だよ」
「で、でも……最初の奥様はどうなさったの?」
「それが、精神の弱い方だったらしくてね。旦那様に愛人がいて、しかもお腹に子供までいる。おまけにその愛人が電話をかけてきてあれこれ言う、旦那様に話しても埒が明かない……そんな状況に疲れ果てちまったんだろうね。精神を病んで、しまいにはルカお嬢様を道連れに死のうとなさって」
「…………」
「浴室から変な水音がすると思って行ってみたら、最初の奥様がルカお嬢様を浴槽に沈めようとしていたんだよ。あの時あたしゃ血の気が引いたね。慌てて他の皆を呼んで、最初の奥様をルカお嬢様から引き離して、ルカお嬢様を病院へ運んだんだ。幸い、すぐに息を吹き返したし、後遺症も残らなかったよ」
「そ、それで……最初の奥様は?」
「もう何を話しても会話にならなくてね。そのまま精神病院行き。夫婦としてやっていくのが困難ということで離婚が成立してね、旦那様はそのまま前の奥様と結婚なさられたんだよ」
「ひどいわ、それって。旦那様にはまともな神経ってものが無いの? ルカお嬢様がおかわいそうよ。そんな形で母親を奪われて……」
「おっと、そう思うのは仕方がないけどね。それを喋ったら駄目だよ。旦那様、気に入らないとすぐにクビになさるから」
「わかってるわよ。で、さっきのあてってのは?」
「ん~だからさ、前の奥様は、最初の奥様に、ルカお嬢様を連れて家を出て行ってほしかったってことだよ。そうすれば、自分で責任持って面倒見る必要ってものが、ないからね。慰謝料だの養育費だのは、旦那様が払うんだから関係ないし。けど、精神を病んでしまった最初の奥様に、ルカお嬢様を引き取るなんてできないだろ」
「それはそうでしょうけど……はあ、それにしても、救いのない話ね。でも、そうまでしたのに、前の奥様も出て行ってしまわれたのよね? それとも、前の奥様も実は精神病院に入ってるの?」
「いや、前の奥様は追い出されたんだよ。もともと軽い女だったからね。ルカお嬢様の面倒なんて見ず、いつもほったらかし。そりゃこういう家だから、前の奥様が面倒みなくたって、ルカお嬢様はご飯も食べさせてもらえるしお風呂にも入れてもらえる。でも、母親ってことになっている相手が、自分には目もくれず、妹の世話ばかり焼くのを見たら、どんな子供だって神経が持ちゃしないさ。おまけにあの奥様、変なところで嫉妬深くてね……当時、ルカお嬢様のことを気の毒に思った若いのがいて、何かと構っていたんだけど、前の奥様、その娘をクビにしちまったんだよ。……あたしもだけど、あれからみんな、ルカお嬢様に積極的に関わるのをやめちまってね。下手に前の奥様をつついちゃいけないって」
「ルカお嬢様、だからあんな冷たい性格になってしまわれたの?」
「多分、そういうことだろうねえ……」
「今の奥様に甘えればよかったのに」
「それができたら、今の奥様だって苦労はしないさ。あたしが見たところ、今の奥様はまだ諦めてはいないようだけれど」
「で、前の奥様はなんで追い出されたの?」
「ん~これもまた長い話になるんだけどね。さっきも言ったとおり、旦那様ってのは女癖の悪い人でね。それでもしばらくは落ち着いていたんだけど、リンお嬢様が生まれた辺りから雲行きが怪しくなって」
「リンお嬢様、何かしたの?」
「生まれたばかりの赤ん坊が何かするわけないだろ。ただ旦那様がね、二人も娘が続いたから、三人目は息子がいいって思ってたらしくて。三人目も女の子だってわかった瞬間、機嫌がものすごく悪くなって」
「そんな滅茶苦茶な……」
「旦那様はそういう人でね。で、また浮気の虫が騒ぎ出して、女を作っちまったってわけだ」
「それが今の奥様なの?」
「いや違う。今の奥様はお見合いで一緒になられた方だからね。この頃は旦那様とは知り合ってもいないさ。なんか別の、軽い女だよ。当時二十歳かそこらじゃなかったかね」
「……はあ」
「それが原因で、お二人は喧嘩ばっかりするようになってね。あっという間に夫婦仲は冷え切って。その結果、生まれたばかりのリンお嬢様のことはこれまたほったらかし」
「自分のお腹を痛めた娘なのに?」
「……この子さえ女の子で生まれてこなければ、とでも思ったんだろ。もともと責任感の薄い人だったし、育児には向いてなかったよ。ハクお嬢様のことは可愛がっていたといっても、ペットか何かみたいな可愛がり方だったし」
「で、追い出された原因ってそれ? 育児もできないんなら出て行けってこと?」
「いや違う。そうこうするうちに、淋しかったのかね、前の奥様、自分も浮気を始めてしまったんだよ。それで、夜遅くまで出歩くようになってしまわれて」
「え~、何それ」
「因果は巡るとでも言うのかねえ、こういうのって。とにかくまあ、ダブル不倫の果てに、前の奥様の不倫が旦那様にバレて、旦那様は大激怒」
「自分も不倫していたのに?」
「……そういう人なんだよ。自分がするのはよくても、されるのはもっての他って人なのさ。だもんだから、大騒ぎのあげく、前の奥様、ほとんど無一文で追い出されたんだよ。当然、二人のお嬢様方の親権も旦那様のものさ」
「旦那様、どうして今の奥様と結婚なさったの? 当時、浮気相手は別にいたんでしょ?」
「その辺りはあたしもよく知らないけど、多分、浮気相手の女が一緒になるのを嫌がったんじゃないかね。これだけの資産家の妻の座とはいえ、三人ものコブつきじゃね」
「確かに、わたしとしても嫌だわ」
「旦那様、面倒くさがりだからね。三人の娘の面倒を自分で見るのも嫌。けど、誰か責任を持つ人間が必要だろ。それで、今の奥様と結婚なさったんだよ」
「奥様、よく承知なさったわね」
「奥様がどうして承諾なさったのかまでは、さすがのあたしも知らないけどね。旦那様との間に男女の情がないことだけは確かだね。旦那様、今も浮気はしょっちゅうだし」
「え……そうだったの?」
「断言するけど、帰りが遅くなる原因は仕事じゃなくて女だね。でなきゃ、あんなにしょっちゅう香水の匂いをさせて帰宅するもんかい」
「奥様、よく我慢してられるわね」
「女のことに関しては、諦めておられるのかもね。そもそも、結婚してすぐに、寝室を共にすることはやめてしまったわけだし。そういうところは淡白なのかも」
「……わたし、決めたわ。自分が結婚する時は、ちゃんとわたしを大事にしてくれる人にする。どれだけ資産家でも、旦那様みたいな人は嫌だわ」
「その前にまずあんたは相手をお探しよ……っと、いい加減、無駄話が過ぎたね。くどいようだけど、このことは誰にも話すんじゃないよ」
「わかってるわよ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その二十二【スケルトン・イン・ザ・クローゼット】

 ちょっと異色な話。

 お手伝いさんたちは結構内情をわかってたりするのですが、立場が弱い(下手なことを言うとクビ)なので、何もできないんです。

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閲覧数:1,304

投稿日:2012/04/21 18:53:16

文字数:3,655文字

カテゴリ:小説

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  • 水乃

    水乃

    ご意見・ご感想

    こんにちは、水乃です。こちらでもコメントします。

    なんと、こんな過去がこのお家にはあったんですね。ビックリです。
    お父さんも浮気ですか…………どんだけ自分勝手なんだ!
    そうすると、カエさんは大変そうですね…

    ところで、サブタイトル(?)にはどんな意味があるんですか?
    「スケルトン・イン・ザ・クローゼット」ってクローゼットの中の骸骨ですよね?

    2012/04/22 10:51:37

    • 目白皐月

      目白皐月

       こんにちは、水乃さん。メッセージありがとうございます。
       こちらでまとめてお返事させていただきますね。

       レンですが、向こうの高校に通ってもらおうと思っています。
       実際には手続きとか色々と面倒なのですが、さすがに門外漢ですので、その辺りは飛ばさせてもらおうかなと思っています。本筋と関係ないですし……。
       ニューヨークはなんといっても、ミュージカルの本場ですからね。メトロポリタン歌劇場もありますし。といいつつ、私、RENTの来日公演しか見たことないんですが(汗)

       お父さんの女遊びは、現在進行形で今も続いています。
       カエさんですが、夫に対して愛情がないので、浮気に関しては黙認しています。というか多分、夫婦生活を始めることの方がストレスになってしまうでしょうね。
       だったらとっとと別れたらいいようなものですが、別れたらルカやハクを傷つけてしまうのでは……という懸念があるため、別れられずにいます。

       タイトルの「スケルトン・イン・ザ・クローゼット」ですが、直訳すると確かに戸棚の中の骸骨という意味になるのですが、これは慣用句でして、「外に出せない家庭内の秘密」という意味になるんです。
       なのでこの話の内容まんまですね。
       

      2012/04/22 23:10:22

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