THE HEREAFTER R-Mix “RESURGENCE” SIDE:δ

 あれから。
 あの、まるで時が止まってしまったかのようだった“その”瞬間からどれくらい経ったのだろう。
 あの頃は年の暮れだっただろうか。だとすれば、もう三ヶ月か。
(そっか。まだ、それだけしか経ってないんだ……)
 白い部屋の白いベッドに横たわっている少女から視線を外すと、ぼんやりと窓の外を眺めながらそう思った。
 あれから、未だ目の前の少女の意識は戻っていない。酸素マスクを付け、腕には点滴のチューブが繋がっているし、血圧等を測る電極も身体に貼られている。
 ベッドの周囲に置いてある機械は、そんな少女を片時も離れずに見守っていた。
(あたしの、せいだ……)
 ベッド脇に座るリンは、そうやって自分を責める。
 結果的にではあるが、リンは二度もミクを刺してしまったのである。自らを責めてしまうのも、仕方のない事だといえる。いくら彼女に「自分を責めないで」と言われても、そんな事出来る筈もなかった。
 謝りたかった。
 誤解していた事を。
 早とちりしていた事を。
 そして何より、ミクの事を理解しようともしていなかった事を。
 今なら、リンはミクの気持ちが少し位は分かる気がした。
 死にたくなる程の絶望。
 それは何も、リンだけが味わったものでは無かったのだ。
「貴女は、繰り返しては駄目だよ」
「私と同じ過ちを……貴女が、繰り返さないで」
 かすれて聞き取りにくかったものの、ミクのその台詞は全てを物語っていた。
 リンよりも前に、ミクはすでに同じ絶望を味わっていたという事なのだろう。
 そう思えば、あの不自然にすら感じていた優しさにも説明がつく。悲劇を引き起こした罪悪感の果てに、何か償いをしなければと考えた末の行為だったのではないだろうか。今のリンが、ミクに対して償わなければならないと感じているのと同じように。
 結果的にその彼女の償いは裏目に出てしまったのだが、ミクは一生懸命にこの悲劇を回避しようとしていたのだ。今なら、それがよく分かる。
 仮にそれが自分だったらどうしていたのだろうか、とリンは自問する。
(あたしには……たぶん、出来ないだろうな。きっと、もっと酷い事になってる)
 リンは素直に認めた。
 この結果が最善とは言い難い。これが悲劇である事に間違いはないのだが、それでも今が決して最悪ではない事をリン自身痛感していた。
 最悪の場合なら、今こうして自分が何かを考えるという事さえ出来なくなっていたかもしれないのだから。
 苦しそうなミクの顔を見て、リンは酸素マスクの位置を少し整えてやる。それから、空気を入れ替えようと立ち上がって窓を開けた。
 窓の外には中庭が見える。そこには春を代表する薄紅色の小さな花弁が、無数に、まるで吹雪のように舞っていた。
(……綺麗)
 薫風に吹かれて、ひとひらの花弁がミクの病室に入り込んでくる。
 リンはそれを掴もうと手を伸ばす。が、指の隙間をするりとすり抜けて、花弁は病室の床へひらひらと落ちていってしまう。
(……これが、今のあたしだ)
 リンは思わず、そんな考えを抱く。
 求めたものは何一つ手に入らない。望んだものは何一つ叶わない。そんな心境が、花弁一つ掴む事が出来ない現実と重なってしまっているように感じられた。
 じわりと、涙が浮かんでくる。
 あれから、レンとの会話は極端に減った。彼が気にかけていたミクを、リンは彼の目の前で刺したのだ。レンに嫌われてしまうのも、仕方のない事だったのかもしれない。例えそれが、リンにとっては「仕方ない」では済まされないものだとしても。
 リンは、レンといるよりもこのミクの病室にいる事の方が多くなっていた。そもそも、レンはもう一ヶ月前に退院しているため、この病室の向かいに彼はいない。リンは、レンに会うついでにミクの病室に寄ったのではなく、初めからミクの病室に来るためにこの病院へとやってきているのだ。
 もちろん、義理でも姉弟である以上、会話が全く無くなってしまった訳ではない。それでも、レンからはリンの事を受け入れられないという態度が伝わってきた。それは彼女にとって心の拠り所を失ったと言っても過言ではなかった。レンという支えを失って、リンは今までのように明るく振る舞う――快活を装う――事が出来なくなった。何かを取り繕う事さえ出来なくなり、結果としてリンは、臆病で引っ込み思案だった昔に逆戻りしてしまった。その変化が、大学の沢山の友人達には衝撃を持って受け止められたのだが、レンとの事に比べれば、それは些細な事でしかなかった。
 レンは恐らく、リンがミクの病室に通っている事など知らないだろう。ミクとリンに横たわっている心の闇を知らない彼がその事を知ったら、リンがミクを恨んで通いつめている、と勘違いされている筈だ。
(レン……)
 リンは鼻をすすって、まぶたに溜まった涙が零れてしまう前に袖で拭った。
 かららら、と扉が開く音が聞こえて、リンは振り返る。
 そこには、二人の男女が佇んでいた。
 二人共、リンよりも年上だった。社会人としての落ち着きみたいなものが感じられる。細身の男は髪を目にかかるくらいに伸ばしていて、恐らくは長身なのだろうが、車椅子に座っていて本来の背丈は分からない。もう一人の女性は緩くウェーブのかかったロングヘアの美人だった。その人は彼の車椅子を引いている。
 リンは素直に美男美女のお似合いのカップルに見えた。が、二人の姿はどこかやつれて見えるし、表情にも疲労の色が伺える。
 リンが会釈をすると、二人も黙ったまま会釈を返してきた。
 この三ヶ月間、リンはこのミクの病室にほとんど入り浸っていたようなものだったのだが、彼らは時折こうしてこの病室へとやってきた。
 だが、リンは未だ彼ら二人の名前を知らない。今のリンには知らない相手と会話をするような社交的な態度など取れなかったし、二人の雰囲気も話しかけて欲しいような感じではなかったからだ。
 それでも、彼らがミクとどういった関係なのかは想像がついた。
 わざわざ意識の戻っていないミクの見舞いに来ているという事。それとミクがリンに「繰り返しては駄目」だと言っていた事。それだけで、リンにもある程度の想像位はつく。
 ならばこそ、他人に過ぎないリンが話しかけて余計な詮索をすべきではないような気がした。
 彼らには彼らなりの思いや葛藤があるだろうから。
 だからリンは、いつものように視線を合わせずに黙って、彼らが立ち去るのを待った。
「そういえば――」
 そう思っていたら、車椅子の男がそう話しかけてきた。リンは無視する事も出来ず、男を見る。その男は車椅子をきしませてリンに向き直ると、少しだけ微笑んでみせた。
「――さっきそこで、君の弟さんに会ったよ」
「……え?」
 何か聞かれたら、どうやってはぐらかせばいいだろう。そんな事ばかり考えていたリンは、全く予想していなかった台詞に面食らってしまう。
「な、にを……」
 何を言っているのか、リンには理解出来なかった。いや、意味は分からなくもなかったが、それ以前の疑問が次々と浮かんできてそれどころではなくなってしまった。
 なぜリンの事を知っているのか。
 なぜ彼女の弟の事を知っているのか。
「……ほら。急にそんな事を言ったから、混乱しちゃってるじゃないの」
 男の背後に立つ女性が、男をたしなめるようにそう言う。
「あぁ……そうか。でもほら、早く行かないと追いつけなくなってしまうと思って」
 その返答に、女性は肩をすくめてリンに向き直る。
「リンさん……で、良いのよね? 訳が分からないだろうし、聞きたい事も色々あると思うわ。それは、またこの部屋に来てくれたら全部答えてあげる。だけど今は、あの子を追ってあげて」
「あの……子?」
 リンは訳が分からないまま、呆然と彼らの話す単語を繰り返す。
「君の事がどれだけ大切な存在だったのか、ようやく分かったと言っていたよ。でも、今さら何を言えばいいのか分からないって」
 その言葉だけで、さっき拭ったばかりの涙がまた溢れてきた。けれど、この涙は先ほどの涙とは全く違うものだった。
「本当に大切なものは、一度失ってみないと分からないものさ。まぁ、それについては俺達も人の事を言えたものじゃないけどね。さ、今ならまだ彼も正面玄関くらいに居るだろう。早く行ってあげな」
「会える時に会っておかないと、言えるうちに言っておかないと、後悔するわ。私達みたいにね。リンさん。貴女は、私達みたいになっちゃ駄目よ」
「!」
 二人の台詞がミクの台詞と重なって、リンは衝撃を受ける。
 そして、だからこそ、二人の言葉を信じられた。
 二人に感謝の言葉を告げる事も忘れ、慌てて病室を出る。
 顔馴染みの看護師達とすれ違う度、病院内を走っている事を咎められたが、構わずに全力疾走して正面玄関を目指す。


「レン!」


 正面玄関で、リンは呼吸も整わないまま叫ぶ。
 周囲の視線など一切気にならなかった。
 自動ドアから今まさに出ていこうとする見慣れた背中が、リンの叫びにびくりと身体を震わせる。
 その背中に、リンは駆け寄った。


 何度も何度も失敗して、その都度何度も何度もやり直す。人生とは、そんな繰り返しを積み重ねていく行為の名だ。
 リンも、そしてレンも、これから何度だって失敗するだろう。その度に挫折して、その度にやり直して、少しずつ前に進んでいく。
 アクションに対するリアクションが正しいのか。
 行動に対する反応が悪いのか。
 そこに正解など存在しない。
 けれどそれでも。
 彼らは再び動き出していく。より良いこれからを目指して。
 何度も後ろを振り返りながら。
 それでも、前へと。

 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ReAct 14  ※2次創作

第十四話こと、最終話

一応の最終話です。
ここまでおつきあい戴き、ありがとうございます。
また、すばらしい原曲を作曲、公開してくださった黒うさ様には最大限の感謝を。この曲と出会えて本当に幸せでした。

トータルで行くと、前々作「ACUTE」の約2.5倍弱程度の文章量になっています。あいかわらず話が進まない割に文章量が多すぎてすみませんでした。

この第十四話からは、原曲からすると若干蛇足の気がありますが、容赦下さいませ。
あいかわらず前のバージョンにおまけがあります。内容が内容なだけに全然おまけになりきれていないのですが……。

閲覧数:635

投稿日:2014/02/02 17:10:08

文字数:4,042文字

カテゴリ:小説

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