「ミク!」
どんな音や風にも負けない、大きく力強い声が名前を呼ぶ。
卓だ。
とても強い力の篭った目で自分を見ている。それは、まるで自分を鼓舞してくれているように見える。だからだろうか、ミクは全身に武者震いのようなものが駆け巡るのを感じた。
僅かな時間の視線の交差。
ミクは自分の胸が熱くなってくるのを感じる。それまでの沈みかけた気持ちが、180度変わって心臓を高鳴らせる。
卓はそれを直感として感じ取ることができた。
今の二人には、それだけで充分だった。
「先輩、バイクをもう少し向こうに寄せてください!俺が傍まで行ってアームを外します!」
「お、おい!馬鹿いうなよ、そんな無理なこと・・・・」
「無理じゃない・・・無理じゃないでしょ!こんくらいの無茶、やれないはずがない!」
そう、無理なはずがない。
誰かを思い、必死になってできもしない楽譜作りをするのに比べたら。
誰かを想い、精一杯に曲を綴ることに比べたら。
誰かとの約束を叶えることに比べたら。
こんなことは苦にもならない。
「そうだろ、ミク!?」
卓はその誰かに問いかける。
だから、少女は迷いなくこみ上げる気持ちに任せて言える。
「・・・・っ、はい!!」
今なら胸を張って言える。
二人なら、このくらいのことは楽勝だと。
はっきりとした二人分の気持ちに、先輩は驚いて苦笑を浮かべた。そして次の瞬間には、彼の瞳が一層輝きグリップが強く握られた。
「たくっ、しょうがねぇ!いっちょやってやんよ!」
言うが早いか、先輩はハンドルを切ってビリーに接近する。
するとまるで行く手を防ぐようにアームが暴風のように掠めていく。その風に体が竦みそうになるが、卓は足を一度強く叩いて自分を叱咤激励する。
正直なところ、怖くないなんていえばそれは間違いなく嘘になる。今だって、どんなに自分を鼓舞しても、どんなにやれると信じても、震えは一向に消えてくれない。出来る事なら、こんな危険なことしたくはないくらいだ。
「だけどさ・・・・・」
だけど、一つだけ―――
さらに振り下ろされる鋼の塊をギリギリで避ける。
あと、4m。
「こんのおおおおおッ!」
リンが全力でコントローラを引いて腕の動きが一時的に止まった。
一つだけ、信じるものがある―――――
「ここで諦めたら・・・・・・」
バイクから腰を浮かせて体重を傾ける。
信じられるものがある―――――
あと2m。
「そんなことしたら・・・」
あと・・・1m、その距離を切った。
その一つだけのためなら――――――
「今だ、卓ッ!」
先輩の声が脳内を駆け巡り、体が躍動する。
何だって、やってのけることが出来る――――――!
「男が廃るってもんだよな!!」
そう叫んで、卓は勢いをつけてバイクから飛び出し、ビリーへと飛び移った。
視界の隅で、レンの姿が見えた。彼は驚くわけでも、ましてや慌てるでもなく静かにしっかりとこちらを見つめていた。
(見せてやるよ・・・・っ)
卓は胸の内で叫ぶ。
(お前らが試したがってた、繋がりってやつを!)
無意識のうちに、口元に不適な笑みが浮かぶ。それを見て、レンの口元が微かに緩む。
そんな一瞬の出来事。
体に走る強い衝撃。一瞬浮いた体を必死の思いでフロントに寄せる。掴めるような突起もなく、卓の体はゆっくりと地面に滑り落ちていく。
だけど卓は動揺しなかった。ただ、彼は緩やかに滑り落ちつつも、確信を持って左腕をまっすぐ横に伸ばす。
そして、その手は仄かな温もりを掴む。
運転席の脇から上半身を踊りだすような状態で前のめりになったミクは、両手を伸ばして卓の左手を掴んでいた。
来ると分かっていたミクの手を、卓はしっかりと握りなおす。そして見詰め合った二人は、言葉にするでもなくただ勝ち誇るように笑って見せた。
これまで見せたことのない、ミクの強気な笑みに卓は更に笑みを深くする。こんな状況でも、そんな些細な変化に喜んでしまっている自分は、きっと馬鹿なのだろう。
でも、それならば。
(こんな馬鹿も、悪くないよな)
そんなことを思いながら、卓は移動を開始する。
そして卓は、体勢を立て直しつつもなんとかアームの接続部へ近寄る。
「これ・・・だよな」
接続部には確かに拳ほどの大きさのボタンがガラスのカバーに守られていた。しかし、如何せん位置が低いので、拳では届きそうもない。
がたんっと車体が揺れる。
「っく、卓さん・・・っ!」
その振動に、ミクから微かに苦悶の声が聞こえた。やはり不安定な状態で男一人を支えるには負担が大き過ぎるのだ。
これ以上負担をかけるわけにはいかない。迷っている時間はないのだ。
(だったら!)
卓は意を決してつま先を叩く。
「急いでくれ、もうこれ以上は・・・っ!」
レンの声が耳に響く。卓はその声を聞きつつも、何とか吹き飛ばされないように体勢を直して右足を後ろに大きく引く。
「うおおおおっ!!」
勢いよく振りぬかれた卓の右足。それはしっかりとガラスを突き破って内部にあるスイッチを押しつぶした。
ピーーッ!
耳に痛い甲高い電子音と共に煙が吹き上がる。そしていくつかのボルトの外れる音がして、アームが接続部からごっそりと外れた。鉄の拉げてこすれる音を上げてビリーから離れていくそれを、卓はぼんやりと見つめる。
「や、やった・・・・・」
安堵のため息が自然と漏れる。しかしまだ事態は改善されていなかった。
「くっ、駄目だ!間に合わない!」
「のああああああああああ?!」
「卓さん!!」
ミクが声と共に卓の腕を強く引く。その勢いで、卓はようやく自分の危機に気づいた。
「・・・・っえ?」
いろんな物がぶつかって吹き飛び、阿鼻叫喚ともいえる光景が広がる中、強い衝撃と轟音が聞こえた先に卓は見た。
それは青い海だった。
「ちょ、まぁああああああああッ?!」
綺麗だなんて思う暇もなく、卓達は次に地球の引力に引き付けられることとなった。
胃が浮いて股の間が縮こまるような感覚。
脳裏に浮かぶ、死と言う一文字。
だからだったのだろうか。卓は死を感じたと同時にそれまで離さなかった手の主を胸に抱きしめた。その間で、はちゅねがこっそりと卓の胸にしがみ付く。
そして、高く高く水柱があがるのだった。
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ご意見・ご感想
warashi
ご意見・ご感想
紫苑さん初めまして!
一気に読んでいただけるとは、大変でしたでしょうに……ありがとうございます!(TωT)
それに面白かったといってただけて、とても励みになりました。
ちょっと止まり気味でしたが、一応用意は出来ているので今週中にはまた続きをUPしたいと思います。
よろしければ、お時間があるときにでもまた読んで頂けたら幸いです。
それでは、コメントを書いていただき、作品を読んで頂いて本当にありがとうございました。
2009/11/26 02:31:03
warashi
ご意見・ご感想
お久しぶりです、@たあさん!
また読みに来ていただいてとても嬉しいです!(^ω^)ノシ
お褒め頂き恐縮です、これだけ長くなってしまったお話をそんな風に言っていただけたら、それだけで本望です。ありがとうございます!(TωT)
あ、すみません。part.3があと一回くらいで終わらせようと思っているので、この物語自体はもう少しだけ続けて書こうとか思ってます。
誤解を招くような文書を書いて申し訳ありません(汗
よろしかったら、また読んでください!@たあさんの新しい作品、楽しみにしています^^
それでは、コメントを頂きありがとうございました!
2009/09/12 18:19:58
@たあ
ご意見・ご感想
お久しぶりです。
久々に読ませて頂きました。食い入るように読みいってしまう物語は、センスの成せるものなのでしょうね´ω`
もうすぐ終わってしまうなんて少し寂しく感じます。どんなラストが待っているのか楽しみにしています。是非書ききってくださいね。
でわでわ[・ω・]
2009/09/12 03:47:14