運ばれてきた食事を、夢中で食べるリンちゃんを尻目に、サナギちゃんは考え込んだ。
ベニスズメさんの伝言が書かれたメモに、じっと見入っている。

「どうしたの。冷めちゃうよ。早く食べなよ」
早くもデザートの皿を引き寄せて、サナギちゃんに声をかけるリンちゃん。
彼女は言われて顔を上げたが、ふたたび小首をかしげる。

それでも、さかんにすすめる声に、皿が並んだ机に来ると、一口、二口、スープをすすった。
「アタシ、もういいよ。あんまし食欲ないし」
そうつぶやいて、スプーンを置いた。


●悪いけど、あたしは先に

「えー、なんで?」
「ウン。やっぱ、あたし帰るよ、家に」
まだ食べ続けているリンちゃんに向かって、サナギちゃんは言った。

リンちゃんは目を丸くする。
「え、これから?もう遅いよ。泊まっていこうよ」
「リンは、泊まるの?」
そういうと、そういうと、部屋の壁の時計を横目で見ながら彼女は言った。
「まだ、電車もあるしさ。何か、ヘンなんだもん。ごめん、アタシ先に帰るね」

サナギちゃんは荷物をまとめおえると、スマホを取り出した。
「いちおう、断っとこう。お礼も言って」
根は、生真面目なサナギちゃんだった。
「…出ないわ。ベニスズメさん」

しばらくスマホを耳に当てていたが、彼女はあきらめたようにそれをしまうと、言った。
「リン、悪いけど、アタシ先に帰るね。お疲れサマ。ベニスズメさんに、よろしく言っておいてね」


●“今夜は、外に出ないでください”

彼女はリンちゃんに向かってうなずくと、止めるまもなくそそくさと靴を履いて、ホテルの部屋を出ていった。

あとに残されたリンちゃんは、呆気にとられて、彼女が出て行ったドアをみつめた。
「なによ、あいつ、何を慌てて帰っちゃうのよ。料理ももったいないな」
口を拭きながら、ぼんやりと机の上に残った料理の皿をながめる。
「ま、いっか。あとでまたお腹がすいたら、食べちゃおうっと」

そうは言いながら、さすがに相棒が急いで帰ってしまうと、彼女もちょっと不安な気持ちになってくる。
彼女は、机の上にサナギちゃんが置いていったメモを手にとった。

「“今夜は外に出ないでください”…か。なんでかな」

そういいながら、彼女は部屋のドアを開けて、廊下を見渡してみた。
こじんまりとしたホテルの廊下には、いくつか他の部屋のドアが並び、薄暗い明かりに照らされている。
なにか起こりそうな気配は、ない。平穏な感じだった。ただ、とても静かだった。

彼女は考えた。
「あたしも、帰ったほうがいいかな?」(-_-)

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玩具屋カイくんの販売日誌(255) ホテルの夜 ~その2~

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投稿日:2015/07/05 13:42:55

文字数:1,077文字

カテゴリ:小説

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