うららかな日差しに思わずうたた寝をしたくなる、ある日。とあるマスター宅で、一つの事件が起きた。
 「レンーー!!」
 りんちゃんのおへやというプレートがかかっている部屋から、悲痛な叫び声が響き渡る。
 また何かやらかしたのか、とレンは嘆息し、入るぞ、と声をかけると戸を開く。
 「今マスターが俺らの新曲の歌詞書いてくれてる途中だろ、あんま余計なこと……」
 やらかすな、という言葉は宙に消えた。振り返ってるリンの目から、幾筋も涙が流れていたのだ。
 「レン……」
 見る間に表情が崩れ、ついにはわっと泣き出す。
 「レンが死んじゃったーー!」
 「勝手に殺すな!?」
 びえびえとみっともなく泣きじゃくるリンをどうにかなだめつつ、レンは訳を聞き出す。
 「とにかく落ち着けって。悪い夢でも見たのか?」
 彼はすっかり困惑してしまっている。開口一番自分が死んだと言われれば誰でもそうだろう。
 「ちが、違くて」
 「じゃあなんだよ?」
 「よその家の私が我儘で、でも私じゃなくてレンで、レンが私でそれで……」
 ようやく落ち着きを取り戻したリンの話を聞き、レンはああ、と呟く。
 「よその俺の話か。で? どういうこと?」
 カチカチとパソコン画面をスクロールさせ、二つの動画を表示するリン。
 「『悪ノ娘』と『悪ノ召使』……ぐすっ」
 すんすんと鼻を鳴らすリンをよそに、画面を食い入るように見つめるレン。彼は、この動画に見覚えがあった。
 「リン! これマスターが勝手に見ないようにって言ってたやつだろ! 何見てるんだよ!」
 数ヶ月前の話だ、とレンは記憶を探る。その時のリンの反応は確か……
 「だって、私だってフリフリで可愛いドレス着たいんだもん!」
 そう、リンはマスターに言われたときもこうして駄々をこねたのだとレンはまた嘆息する。正直理論は破綻している気がするが、まあリンはいつもこの調子だ。
 あまり言うことを聞かないと、おやつを抜きにすると脅されてようやく大人しくなっていたはずだが……レンは天を仰ぎ、頭を抱えた。またマスターに叱られる。
 「ていうか、どこでこの動画見つけたんだよ?」
 あの時サムネイルは見せてもらえたが、動画の名前は見てないはずだった。リンがサムネイルだけを頼りに探せるとも思えず、レンは小首をかしげる。
 よくぞ聞いてくれましたとでも言うように目を輝かせたリンは
 「りんちゃっと!」
 と叫びドヤ顔でレンを指差した。
 「……は? チャット?」
 怪訝な顔つきのレンにチッチッチと指を振ると説明を始める。
 「世界各地津々浦々のリンちゃんの、リンちゃんによる、リンちゃんのためのチャット。略してりんちゃっとだよ!」
 ああ、とレンは頷く。
「俺もレン君のレン君によるレン君のためのチャット、略してレンチャットやってるな。で? そのりんちゃっとがなんだって?」
 「この子がいたからどうしても気になって、それでリンク貼ってもらった……」
 チャット画面を操作し、一人のプロフィールを示す。
 「この子が悪ノ娘を演じた子__悪ノリンとかリリアンヌとか呼ばれてるの」
 悪ノ、という単語を聞き、レンもおもむろにスマホを弄る。
 「その悪ノ、召使だけどレンチャットにもいるぞ?」
 「じゃあその子が処刑されちゃった王女様演じた子なんだ!」
 関わったことなかったなーと呟きつつ、プロフィールを眺めるレン。
 「なあ、さっきから言ってる『演じる』ってどういうことだ? 俺らはVOCALOIDだから『歌う』の間違いじゃないのか?」
 そんなとことも分からないとは、と肩をすくめて馬鹿にされる。少し苛立ちながらもハイハイ、と流してレンは相変わらず悪ノ召使のプロフィールを見続ける。
 「“リリアンヌ”っていうのはあくまで私達をモチーフにした別のキャラクターなんだって。だからこの子は、単純に王女様の歌を歌うんじゃなくて仮面を付け替えるみたいに演じて"語る"んだって」
 「……等身大じゃない歌って大変そうだな」
 「そうだね、ウチのマスターはそんな歌創らないし」
 ずいっとスマホ画面を突きつけるレン。
 「召使の名前はアレンみたいだよ。この歌以前にもいくつか歌ってるみたいだけど……」
 リリアンヌとアレンか、とつぶやきながら部屋をうろうろするリン。
 「演じるとか正直よくわからないけど……会ってみたいな……」
 そうだね、とレンも応える。少しの合間、沈黙が流れる。弾かれたように顔を上げたリンは、そのままの勢いでレンの肩を掴み激しく揺さぶる。
 「マスターに、許可もらいに行こ? 会いに行こう!? よその家の私達に会いたい! リリアンヌ様に会ってみたいよ!」
 「はあ!? てか揺らすな! 痛いって! くっ首もげるからっ!」
 ガクガクと揺さぶられ、レンも叫ぶ。
 「そうと決まったら善は急げー!」
 「あっ待て馬鹿!」
 静止も虚しく、リンは転がるように階段を駆け下りる。
 見るなと言われた動画を勝手に見て、あまつさえその二人に会いたいと言い出したらマスターがどんな反応をするか……
 『ええええ!?』
 案の定、家中にマスターの素っ頓狂な声が響く。あー、と頭を抑えたレンの目が死んでいる。
 「……怒られるな、こりゃ」
 にこやかに笑いながら大人でも震え上がるほどの怒気を含ませた声で静かに怒るマスターを思い出して身震いをし、それでも俺も会いたいもんな、と諦め顔で一階へ降りた。

 たっぷり絞られたあと、マスターは溜め息を吐きつつ
 『あまりに哀しくて凝った曲だからこうなるの分かってたし、だから見せたくなかったんだよ』
 と三日間おやつ抜きの罰を言い渡し、しょげてる二人に笑いながら告げる。
 『ダメ元で悪ノPにコンタクト取ってみるよ。放っておいたら勝手にオフ会とかしだしちゃいそうたし』
 顔を輝かせて見合わせる。すでに浮足立った二人にとって連絡が来るまでの間はずいぶんと長く感じた。
 悪ノPという名前とは真逆に、むしろ善ノPとでも呼び全くなるほど優しい彼は、夏の間なら二人の録音はない、と承諾してくれたらしい。
 その日から二人の家が毎日お祭り騒ぎになったのは言うまでもないだろう。

 予定を早めて六月某日。とある喫茶店で四人は初めて顔を合わせた。同じ姿、同じ声。これだけよく似ていても少し違うとわかるのは、VOCALOID同士特有の感覚。
 「はじめまして【猫好きりんちゃん】さん。悪ノ娘ことリリアンヌです」
 「僕はアレン。よろしくお願いします【常識苦労人】さん」
 二人から溢れ出る圧倒的なオーラに目を瞬かせつつ、囁き合う二人。
 「……なんだよそのアホ丸出しなハンドルネーム……」
 「レンだって人のこと言えないじゃん! 厨二病だよっ」
 小突き合いながらも自己紹介を終わらせ、なんとなく世間話をして、ふと無言の瞬間が訪れる。
 「リリアンヌさん、演じるってどういう感覚なんですか?」
 おずおずと尋ねるリン。リリアンヌは両手に挟んだグラスをしばし眺め、やおら口を開いた。
 「カバー楽曲を歌うときに似てるかな。私が歌ってるけど私じゃない誰かが歌ってる感覚。それに似てるの。動くときは“私”という人格の上に“悪ノ娘”という人格を乗せて、その人ならこう振る舞うんだって思い込みながら振る舞うんだ」
 「僕ら本来の性格とはだいぶかけ離れてる部分とかもあるから大変なときもあるけど、いろいろ役を演じ分けるって楽しいよ」
 アレンも微笑む。リリアンヌに向かい、そういえば、と続ける。
 「これ、マスターは連続大作にするつもりだって言ってまよね?」
 「いつかあの二曲もリメイク版歌うのかね」

 夕焼けの中二人、並んで歩いていく姿を眺めた後、帰路につくリンとレン。
 「私達も、もっと歌いたいね」
 「マスターが創ってくれてる新曲、頑張ろうね!」

 東の空には一番星が輝いている。橙色に包まれ、星の光に見守られながらリリアンヌとアレンは歌っていた。
 「幸せな歌、歌いたいね」
 「……そうだね」


 次の日、アレンは家で暴れていた。
 「僕だって、死にたくなーーーい!!」
 「アレンうるさいよー。マスター今ミク姉の曲創っているんだから黙ってよ」
 ぶすーと頬を膨らませ、不平不満を垂れ続ける。
 「リリアンヌはいいよね! なんだかんだ生き続けるんだもん!」
 『アレンー。ちなみに君はそのまま転生せずにBLACK BOX行きだから』
 「踏んだり蹴ったり!」
 頭を抱え、もだもだとするアレンにさり気なくとどめを刺すリリアンヌ。
 「私はあと二回転生するし、なんなら世界の終末見届けるよ」
 「ずるい!」
 『まあ最終的にキーパーソンになって五百年後くらいに壊れた世界を直すからいいじゃないか』
 「僕だって……僕だってすぐに幸せになりたかったーーーー!!」



             To be continued……?

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とあるVOCALOID達のてんやわんや

もしVOCALOIDが人格持ちで現実にいたら、と想像して書きました。
ところどころ曲に似せた表現とか打ち込んでます。

閲覧数:332

投稿日:2018/09/28 16:37:14

文字数:3,693文字

カテゴリ:小説

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