眠る獅子

 黄の国王都より遠く南西。緑の国へと続く街道から外れた位置にある小さな町。大陸南を走る主要街道から取り残されたような田舎町の一角で、栗色の髪の女性が木剣を振るう若者達を眺めていた。時に遅れている者を指導し、時に自らが構えを取って手本を見せる。
 不慣れな様子の若者達に対し、鞘付きの剣を持つ女性はごく自然だった。まるで剣を扱うのが日常であるかのように、昔から誰かに教えていたかのように。
「よし! 今日はここまで!」
 女性が訓練の終了を告げると、若者達は一斉に姿勢を正し「ありがとうございました!」と唱和する。腕前はまだまだでも活力に満ちた教え子達に笑みを浮かべ、本日の稽古を終えた女性はその場を後にする。
「メイコさん。またよろしくお願いします!」
 去り際に背中へかけられた声に、メイコと呼ばれた女性は軽く手を挙げて答えた。
「ああ。また明日」

 あれから六年も経ったのか。ふと王宮を去った頃を思い出し、町を歩くメイコは過去を振り返る。
 突然の罷免を受けてから、リン王女とレン王子に謁見出来ないかと王宮に何度も頼んだ。しかし門前払い同然にされて取り合ってもらえず、ついには反逆の意思ありと見なされて命を狙われ、後ろ髪を引かれる思いながらも王都を出奔せざるを得なくなった。
 帰る場所も行く所も無く、当分は武者修行も兼ねて大陸東側の各地を放浪していた。護衛や盗賊退治など、幸か不幸か戦う力が必要とされる機会は多く、騎士時代に鍛えた剣の腕は旅人として生きる為の力になり、国の庇護が届きにくい人達を守る力にもなった。
 旅から旅への生活を続けていたある日、町を襲う野盗を退治してくれと依頼された。自警団が何とか対処してくれているものの、いつ本格的に攻められるか分からない。戦いになれば一溜まりも無く町は滅ぼされてしまう。助けて欲しいと。
 依頼を完了した後、本来ならメイコは旅の空に戻るはずだった。だが野盗を掃討する際に協力をしてもらった自警団を見て痛感したのは、彼らに町を守れる程の力と強さが足りなさすぎた事だ。気概は紛れも無く本物なのだが、戦い方の基礎や剣の基本がなっておらず、とても町や住人を守れる状態ではなかった。
 場所的にも軍や分隊はすぐには来られず、同じ事が起こった時に都合良く旅人に助力を頼めるとは限らない。助けを待つにしろ、彼ら自身が戦えなければ手詰まりになる。
 メイコはしばらく町に留まる事を決め、自警団の指導をさせて欲しいと町長にかけ合った。メイコが黄の国近衛兵隊長メイコ・アヴァトニーであったのを知った町長は快く承諾し、むしろこちらからお願いしたいと申し出た。
 以来、メイコは武器を扱う基礎すらなっていなかった自警団を徹底的に指導した。現在の自警団は人に教えられる者がいるまでに成長し、町の治安を守っている。
 町に住み着いたメイコは彼らを束ねる立場となり、自警団長として日々を送っていた。新人達に剣を教えるのも仕事の内である。

 近衛兵隊長から団長か……。父さんと同じだ。
見回りも兼ねて歩きながら想いを馳せる。騎士団と自警団の違いはあるが、団長であるのは変わらない。十年前の戦争で逝った父も黄の国近衛兵隊長を務め、のちに騎士団長として国と王家を守っていた。リン王女とレン王子が父を「団長のおじさん」と呼んで懐いていたのが酷く懐かしい。
「団長!」
 突如呼ばれたメイコは思案を打ち切る。自警団員が小走りでこちらにやって来ていた。
「良かった。入れ違いにならなくて」
「どうした」
 足を止めた団員の青年は息切れをしており、休まずに走っていた事が窺える。急な知らせと判断したメイコが問うと、一先ず息を整えた青年は連絡を口にする。
「メイコ団長に会いたいと言う人が来ています。この近辺の人ではありません」
 屯所で待って貰っていると聞かされ、訝ったメイコは再び問いかけた。
「どんな人?」
 今日は来客の予定は無い。そもそも自分を尋ねて来るのはここの住人か近隣の町村に住む人程度だ。ただの旅人が田舎町の自警団長にわざわざ顔を見せに来たとは考えにくい。
 青年は困惑した表情を浮かべ、「それが」と前置きをして答える。
「綺麗な緑髪をした十五、六くらい女の子……じゃなかった、少女です」
 私生活と同じように呼びかけたのを言い直し、相手の特徴を話す。
「雰囲気も明らかに俺達とは違ってて、付き人が二人もいるんですよ。何だかお姫様とかお嬢様のような感じです」
 田舎町に似つかわしくない気品と美貌。高貴な身分の方がお忍びで来たと推測して盛り上がり、屯所では大騒ぎになっているとの事だ。
 全く身に覚えが無いメイコは眉を潜める。緑の髪と言う事は西側の人だろうが、向こうの国には友人も知り合いもいない。もし間者だとしても目立ち過ぎている。
「分かった。丁度戻る所だ。すぐに会おう」
 とにかく会わなければ事が進まない。疑問を棚に上げておき、メイコは青年団員を伴って屯所へ向かって行った。

 屯所に戻ったメイコをまず迎えたのは、建物の周りに群がる住人達だった。野次馬を散らせて中に入り、今度は自警団員のざわめきを耳にする。
「すっげぇ美人」
「こんな田舎に何の用があるんだろ」
 浮ついた調子の団員に、メイコはからかいも込めて若干低い声で話しかけた。
「随分楽しそうだな」
 団長の登場に驚いた団員は瞬時に背筋を伸ばす。それをきっかけにして屯所内の喧騒が徐々に治まり、やがて厳粛な静けさに変化する。
 足音を響かせてメイコは客人へ歩み寄る。背を向けて座っていたその少女が振り向いた瞬間、納得したメイコはやや目を伏せた。
 成程。これじゃ大騒ぎにもなるはずだ。
 頭の両側で結んだ浅葱色の髪は艶やかで、この辺りではあまり見かけないのも相まって人目を引く。高貴さが漂う美貌とドレスに近い格好では、団員が姫と呼んだのも頷ける。
 それにしても、とメイコは来訪者を眺める。付き人が二人もいる彼女は一体何者なのか。
「メイコ殿ですね?」
「そうですが……」
「貴女に協力を頼みに来ました」
 挨拶も名乗りも無い少女の不遜な態度に少々気分を波立たされたが、メイコは不快感を微塵も見せずに尋ねる。
「協力とは? そもそも貴女方は何者ですか?」
 話が唐突過ぎる。大体、いきなりやって来た正体不明の相手に協力する気は無い。察するに穏やかではないのであれば尚更だ。
 少女が顔を顰め、すぐに気を取り直したように表情を引き締めた。
「周りの人を下がらせて貰えますか」
 内密であれば説明をする気はあるらしい。慇懃無礼な印象が抜けきれない少女にメイコは提案する。
「いえ。団長室へ案内します。詳しい話はそちらで伺いましょう」
 部屋には近付くなと念の為に団員へ命令し、メイコは少女一行を連れ立ってその場から姿を消した。

 部屋の隅から運んだ椅子を少女に勧め、メイコも自分の席に腰を落とす。付き人の一人は廊下で見張りを、もう一人は無言で少女に控えている。
 やはり付き人ではなく護衛か。
 男二人の佇まいに戦う者の気配を感じ取り、メイコはますます少女へ戸惑いを覚える。上流階級のお嬢様が何の協力を求めているのか。自分の名前を知っていた事と言い、謎が深まるばかりだ。
「改めてご挨拶を。私はメイコ。この町の自警団長を務めています」
 王宮を去って以来、名乗る時は姓を伏せるようにしている。騎士時代と同じように名字まで告げて面倒が起こった事も少なくない。
 貴女の名前を教えて欲しい。メイコに促され、少女はようやく自己紹介をする。
「緑の国王女ミク・エルフェン。メイコ殿。貴女の名は西側でも有名でした」
「緑の王女? 失礼ですが、証はありますか?」
 メイコはすかさず応じる。高名な人間や組織を騙るのは良くある手口だ。黄の王女と王子とは顔を合わせていた時期があったが、緑の王族は顔を見る機会に恵まれなかった。証拠が無ければこの少女が本当にミク王女なのか信じがたい。
 疑われた事に対してなのか、それとも自分を知らない事に対してなのか、ミクと名乗った少女はまたもや顔を歪める。心外は尤もだと思うが、身元を明かせなければこちらも信用するのは難しい。
 二人の間に気まずい沈黙が続き、見かねた護衛の男性がミクに囁く。
「でも……。……そうね」
 僅かな会話を終えたミクは腰に手を伸ばすと、鞘に納まった短剣を差し出した。
 メイコは短剣を受け取って検分する。全長は肘から掌ほど。鞘には宝石がちりばめられ、鍔にも緑色の宝石が一つ埋め込められた剣は実用を離れた美術品に近い。柄に刻まれた模様に目を止め、メイコは思わず呟いた。
「これは……」
 息を飲んで目の前の少女を見やると、彼女は待っていたとばかりに口を開く。
「緑の王家に代々伝わる二振りの宝剣の一つ、エルフェゴートです」
「間違いないようですね」
 緑の国の紋章が刻まれた宝剣。疑いを払拭したメイコは少女をミク王女と確信し、短剣を持ち主に返す。
「メイコ殿。国内の情勢がどうなっているかご存知ですか?」
「いいえ。詳しくは……。黄が青に侵攻したのは知っていますが」
 戦争が勃発したのは伝え聞いている。何分王都からも国境からも離れた田舎故、情報は遅れが出て世辞には疎くなってしまう。
 ミクは険しい口調で説明する。
「黄の国は現在、レン王子の暴政によって乱れています。傍若無人な振る舞いに耐えきれなくなった国民は、王宮を打ち倒そうと立ち上がりました」
 嫉妬に狂った王子はカイト王子を暗殺し、青の国を滅ぼす為に騎士団を送った。反逆の名目で臣下の貴族を一斉に粛清した。忠臣に濡れ衣を着せて処刑した。それがきっかけで悪ノ王子を打倒する考えが急速に広まっている。
 流暢にレン王子の悪行を語られたメイコは呆然とする。『悪ノ王子』とは何だ? レン王子が本当にそんな行いをしたのか?
 混乱する思考の中でミクの言葉が届く。
「貴方なら国民をまとめ上げ、黄の国に革命を起こせるはずです」
 締めくくりの一言で我に返り、説明を理解したメイコはミクを見据える。すなわち彼女が求めていた協力とは、反乱軍に参加して欲しいと言う事だ。動機は不明だが緑の王女は黄の国の革命を援助するつもりらしい。
 了承しない訳が無いと、ミク王女は興奮冷めやらぬ面持ちで自分を見ている。目を爛々とさせる相手にメイコは静かに告げた。
「つまり、私に王子を殺す手助けをしろと言う事ですか」
 空気が一瞬にして張り詰める。先程よりも重い沈黙が落ち、静寂が団長室を包み込んだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第40話

 物語も終盤。やっとメイコが再登場です。

グミ「色んな意味で久々で変な感じが。何か浦島太郎の気分」
ハク「前にここに出たのが八月。つまり約半年前。暑かった夏から、寒くて花粉が飛び始める季節に」
グミ「出番が無さ過ぎてフェードアウトの可能性も考えたよね。リンとカイトのあの回は出られる雰囲気じゃなかったし」
ハク「作者、武器の解説していくって言った(書いた)手前、単に引っ込みが付かないだけなんじゃ……」
グミ「その辺考えたらマジできりがないよ。出番があって嬉しいと思うしか」

グミ「って事で久しぶりに行きます。ミクが持ってる短剣は『ダガー』と呼ばれる剣で、サイズが小さかったり刀身が反っている物もあります。柄は片手で持てる程度の長さなので両手持ちは無理です」
ハク「先生。形が似ているナイフとの違いが分かりません」
グミ「答えましょう白ノ娘。ダガーは『武器としての刃物』の事。刀身が厚いので強度がある。両刃なのも特徴の一つ。
 ナイフは『ありふれた刃物一般』として考えれば良いと思う。ぺティナイフとかツールナイフとか日常で使うのもあるし。ちなみにほとんどが片刃」
ハク「戦闘用かそうでないかで分けるのね」
グミ「両方に言える事だけど、小さいからとにかく敵に接近して、しかも的確に狙って攻撃しなくちゃいけない。だから武器としての威力は低いとか」
ハク「と言うか、敵の懐に飛び込むって時点で難易度高すぎない? 当然間合いを詰めれば有利だろうけど、そうするまでが怖い」
グミ「メインで使うには腕前が無いと厳しいだろうね。まあ、短剣って補助の武器として使われていたのが多かったらしいし」
ハク「多かったって事は他にも使い方が?」
グミ「利き手じゃない方に持って相手の剣を受け止めたり払ったりする、いわゆる『盾』としてのダガーもある。マインゴーシュとかパーリングダガーって呼ばれる防御用のが」
ハク「確かにゲームで見た事ある。防御力より回避率が上がるんだよね」
グミ「パリィを閃くキャラは大体決まってる」

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投稿日:2013/02/17 17:47:05

文字数:4,346文字

カテゴリ:小説

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