朝というものはいつ何時でも穏やかなものだ。
 大都会の中心でさえ、あの喧騒を取り戻すのは昼に近い。
 まして、人々が日々生活を営むこの高級住宅は平和という言葉が相応しい。
 爽やかな風が全身をすり抜けるように空間を流れ、
 顔を覗かせて間もない太陽の日差しが眩しく、
 聞こえるのは、かすかな生活音、鳥の囀り、その程度である。
 だから俺も、もう三人の付添い人もこのときばかりは歩みの速度を緩め、周囲の平和な光景を観賞するかのように眺めていた。
 ああ、数ヶ月という年月も、過ぎてしまえばまるで昨日起こったことのようだ。
 こうして、彼女の下へ訪ねに行くことは、実に七ヶ月ぶりだ。
 そして、月日は経ち、遂に彼女を迎えに行くことが出来た。
 彼女に出会えることが、楽しみでならない。
 そう思うといつの間にか歩みは足早となり、それに気がつく頃には目的地は目前だった。
 俺と三人の付添い人は一つのとある。
 「ここだ。」 
 「そうですね。」
 「マジでここに居んの?」
 「早く会いたいですぅ!」
 俺の記憶には、確かにここだと在る。
 一度訪ねた場所。忘れはしない。
 大理石の表札には、語るまでも無いあの人の名前が刻まれていた。
 「マスター、これって、あみばしりって読むんですか?」
 「違う違う。これはな、あばしり、って読むんだ。」
 「へぇ~。」
 付添い人の一人にそうと教えてやる。
 俺達は一歩踏み出すと玄関前の扉で足を止めた。
 そして、俺は、迷いなくインターホンに手を伸ばす。
 さぁ、やっとこのときが来た!

 
 何かの音で、目が覚めた。
 一人きりのベッドの上で、目が覚めた。
 あたしの隣には誰も居なくて、ただ、抱きしめていた雑音の枕がぐっしょりと濡れている。
 そのとき、もう一度あの音が鳴った。
 インターホンの音だ。
 何だろ・・・・・・客かな・・・・・・。
 あたしはパジャマのまま、玄関に歩いていった。
 玄関扉の窓には、何人かの人影が写っていた。でもガラスでぼけていてよく分からない。
 恐る恐る、扉を開いた。
 「おはよう・・・・・・ネル!」
 「ネル!」
 「・・・・・・よう。」
 「ネルさん!」
 えっ・・・・・・?
 一瞬、驚いて、声が出なかった。
 そこには、この前まで一緒に暮らしていた、ボーカロイドの仲間達が、全員顔をそろえていた。
 「敏弘・・・・・・ハクも、アカイトも・・・・・・カイコまで!!」
 「ネル・・・・・・迎えに来たの。」
 「帰ろうぜ。みんなの家に。」
 「ネルさん、やっと戻ってきてくれるんですね。」
 みんな、あたしを迎えに来てくれたの・・・・・・?
 そう思ったら、なぜか、また目蓋から涙があふれてきた。
 「ネル、どうしたの?」
 あたしの頭を、柔らかい何かが包み込んだ。
 これは、ハクだ。
 「な、何でも・・・・・・何でもないよ!」
 「ははーん、みんなが迎えに来てくれて、嬉しいんだろ?」
 と、敏弘が笑う。
 そうかも・・・・・・。
 あたしに向かって、こんな笑顔を向けてくれる仲間達に、
 今まで、心配させてたんだから・・・・・・。
 ハクは、あたしの両肩に手を置いて、目を見つめた。
 「ネル。雑音さんのことは聞いたわ。」
 「えッ?!」
 敏弘を見ると、黙ってうなずいただけだった。
 「でも寂しがることはないのよ。ネルには、わたし達がついてるから。これからまた、一緒に暮らしましょ!雑音さんだって、すぐに返ってくるわよ!」
 「ハク・・・・・・。」
 「あのさ、実は家で、お前のお帰りパーティーの準備が出来てんだけど。だから、その・・・・・・早く帰ろうぜ。ネル!」
 「アカイト・・・・・・。」
 「またネルさんと遊びたいです!!」
 「カイコ・・・・・・。」
 みんな、あたしに集まって、あたしのことを、抱きしめた。
 あたしって、こんなに、愛されていたの・・・・・・。
 「さてと、じゃあネル。帰ろうか。みんなの家に!」
 「・・・・・・うん!!」
 あたしは敏弘に、元気よく返事をした。
 一度部屋に戻って、パジャマをたたんでタンスの中に入れると、あたしが初めてここに来た時の服に着替えた。
 そして、四人の仲間達に迎えられて、七ヶ月間過ごしてきた、雑音と網走さんの家を後にした。
 帰り道で、その家で過ごしてきたときの思い出が、頭の中に蘇ってきた。 
 雑音と一緒に家事を手伝ったり、一緒にテレビを見たり、一緒に寝たり、一緒にお風呂に入ったり・・・・・・。
 あの家には、数え切れないほどの思い出がある・・・・・・。
 正直、離れたくない。
 だけど、敏弘やハクを見ていると、このみんなと一緒なら、また新しい思い出をたくさん作れる気がするんだ。 
 ・・・・・・そうだ。
 五人で肩を並べて歩いている最中、思いついた。
 「ねえ敏弘。」
 「どうした。」 
 「このままさ、ピアプロ行かない?」 
 「おお・・・・・・やる気満々だな。」 
 「ほら、みんな、行こう!!」
 あたしはみんなの先頭に立って走り出した。
 「あ、おいネル!」
 「かけっこなら負けないわよ!!」
 「すぐに追いついてやる!!」
 「ま、待ってくださいぃ~!!」
 あたし達は、全員ピアプロに向かって走り出した。
 そう。歌うために。
 雑音と一緒に歌って、過ごして、分かったんだ。
 あたしが、何のためにあるのか。

 
 「では・・・・・・準備はいいな?ネル。」
 「いつでもいいよ。」
 「一分後に録音を開始する。」
 録音スタジオ。
 今からここで、あたしの作った歌を収録する。
 朝みんなで走っている途中に、頭の中に浮かんできた曲。
 曲名も、歌詞も、メロディーも、全部あたしが考えた。
 そう。あたしが始めて、自分の力だけで作った曲。
 敏弘もすぐに簡単なメロディーを作ってくれた。流石ボーカロイドマスターだ。
 今までは、雑音や敏弘に頼るところも多かったけど、これからは、あたしが自分の力でやっていこうと思う。
 雑音がいない間は、、いや、返ってきた後も、あたしはあたしで自分の力をつけておくんだ。
 雑音が返ってきたら、びっくりするだろうな。
 あたしの歌を聞いて。
 「開始三十秒前。」
 そうだ。雑音が返ってきたら、一緒にデュエットできるようにしておこう。
 一緒に歌う約束も、してあるから。
 きっと、あたしだけで歌うよりすごいだろうな・・・・・・。
 それまでに、ちゃんと歌えるようにしておこう。
 一番大事な、記念すべき曲だから。
 ただの自作曲じゃない。あたしにとって大切な意味を込めた、そんな曲だから。
 「開始十秒前。」
 七ヶ月前、あたしは何にも自身が持てず、死のうとすら考えてた。
 だけど、雑音と出会ったことで、色々と考えが変わって、一緒にいることで、自身がついた。
 そして、雑音と歌うことで見つけた。あたしの存在意義を。 
 「三・・・二・・・一・・・スタート!」
 それが、この歌の曲名。
 
 
 I for sing and you
 
  
 「敏弘さん。」
 「ハクか。」
 「ネルはどうしました?」
 「今は調教室さ。」
 「あら、一緒にいてやらないんですか?」
 「新しい歌詞が完成したら呼びに来るそうで、それまで休んでて、とね。」
 「まぁ。」
 「ところで・・・・・・。」
 「何だよ。」
 「敏弘さん、このごろ、煙草吸いませんね。」
 「いや・・・・・・煙草はもう吸わない。」
 「え?」
 「健康に悪い。お前達にも・・・・・・ネルにも。」 
 「そうですか・・・・・・そのほうが、ずっといいですね。」
 「ねぇ敏弘さん。」
 「今度は何なんだ?」
 「今夜のことなんですけど・・・・・・。」
 「敏弘ー!」 
 「おおネル。もういいのか。」
 「うん!早く来て!」
 「ほら、呼んでいますよ。」
 「敏弘!」
 「ああ。まってろ今行く。」
 「ほら、見て!我ながらいいセンスなんだから!!」  
 「ほぉー凄いじゃないか!!」
 「ふふふ・・・・・・よかったね・・・・・・ネル・・・・・・。」
 
 
 わたしは、歌と、それを聞いてくれる、あなたのために。
 
 
―――――――――――――――――――了――――――――――――――――――――





ライセンス

  • 非営利目的に限ります

I for sing and you 最終話「I for sing and you」

第二作、無事終了しました。
いやーこれは割と早めに終わりましたね。ストーリー上長続きするようなモンじゃありませんし。
で、この作品ですが、次回作へと続くフラグが満載です。この物語そのものといってもいいです。
で、問題の次回作ですが、正直、ジャンルは戻します。アチャチャー。
主に三編に分かれていて、前編は少し時間をさかのぼってます。
しかも、皆さんご存知、「あのヤンデレロイド」さんに大活躍してもらいます。故人ですが。(もしかすると・・・・・・?)
ものすんごい、とてつもなーい、っちゅうか前々作のキャラも登場しますので、まぁ、ご期待ください!!
ああ、これで僕が雑音さんと同じくらい好きな、「あのコ」が出せるよムフフ。
勿論、パロディ要素もやっちゃるぜ!!!


今作ですが、百合表現がかなり過激なものとなっております。
規約違反に接触せぬよう細心の注意を払いましたが、今一度確認すると要注意なものが多数見受けられます。
もし不快に感じた方は、タグ、コメント、メールでお知らせください。
その際には、全ての百合表現、または指摘された部分の修正を行います。

なお、運営からの指示であれば削除も視野に入れております。

閲覧数:245

投稿日:2009/05/10 05:36:05

文字数:3,453文字

カテゴリ:小説

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  • sukima_neru

    sukima_neru

    ご意見・ご感想

    最高でした!私は亜種、いや全ボカロの中で亞北ネルが大好きです。
    雑音×ネル、考えたこともなかったですが大いにアリでした。

    内容の方ですが、多くの伏線と某キメラ含む期待できる登場人物がたくさん出てきましたね。
    あのヤンデレロイド、まさか…!次も近いうちに読ませていただます。

    2010/04/23 12:37:15

    • FOX2

      FOX2

       ありがとうございます!!
       雑ネルはもう、黒と黄の最高のカップリングとしか言いようがありません!
       もう二人はひたすらイチャイチャしてたらいいのですよ!!
       
       はい。今回は次回作に続く伏線まみれと致しました。 
       某キメラ、某ヤンデレと、次回では様々なお方達が「再び」大活躍です。
       ぜひご期待ください!!
       
       ちなみに、現在今まで執筆したものの修生を行っています。
       もしかしたら誤字脱字等お見苦しい点がございますが、どうかご了承下さい。

      2010/04/23 17:28:38

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