「ねえ」
「何?」
「ううん、なんでもないわ」
私は首を振る。
花が咲き誇り、蝶が舞い、風が温かい。そんな花園の中心で、私たちは寝ころんでいた。
「あなたが前いたところはどうだったの?」
「普通。ここみたいに綺麗なところじゃなかったわ」
思い出してうんざりした。あそこは私の好きな場所じゃない。
「そうね、ここは綺麗ね。ドイツの街には無い景色だわ」
「あったらすぐに宅地にされちゃうわよ。美しさなんて関係ないもの」
私たちはお父様の都合でドイツからスペインに移住した。
お父様たちは軍部の高官で、家族ぐるみの付き合いの中、私たちは出会った。
「ねえ」
「何かしら?」
「将来は何になるつもりなの?」
私の質問に彼女の答えは短い。
「軍人」
「あなたもなの?」
「考えることは一緒ね。花もいいけど、私は火薬も好きだわ」
「私は花の方が好きよ。こんな景色を守りたいから軍人になりたいの」
「なれるかしら?」
「この世界には可能性が溢れているもの。手を伸ばせば何にだってなれるわ、きっと」
空に手を伸ばす。色々な物がつかめると信じていた、幼いころの記憶。
成長した私たちはそろって軍学校に入学した。
女性の軍学生は少ないけれど、いないわけじゃない。親にも反対はされなかった。
授業を経た適性試験の結果、彼女は中長距離狙撃、私は近接戦闘の道に進んでからしばらく、それは起こった。
内戦。
それは後に『第二次世界大戦の予行演習』とも言われるスペイン内戦である。
1936年。スペイン領モロッコにてフランコ将軍が武装蜂起で反乱をおこすと、お父様はそれを支持。私を連れて加勢に向かう運びとなった。
移動中、お父様の機嫌が悪い。聞けば彼女の父と決別したそうだ。彼は人民戦線政府に付くと言って聞かなかったという。その話を聞いてまだ彼女の話を聞いていなかったことを思い出す。だが、遅かった。もう、学校には戻れない。
私は兵士として戦場へ送りだされる。
嫌気がさした。
政府側の勢力は労働者を中心とした民兵。訓練もされていない上に統率も取れていないではお話にならない。数で勝ってもそれだけだ。中には拳銃を持って震えたまま失禁している者までいた。情けと思って撃ち殺した。そこにあるのは戦争ではなく、虐殺か。大方倫理なんて消えてなくなっていた。可能性はどこに行ったか。
勢力が拡大していくうちに、私も部隊を任されるほどになっていた。
今まで負けたことがない。戦ったことがあるのかさえ怪しかった。
常勝不敗の神話を持つ勝利の女神。私のことをそう呼ぶ噂さえ聞こえた。吐き気がする。
新しい任務を言い渡される。政府勢力共産党派の毒ガス基地壊滅作戦。
敵の勢力は配置されておらず、毒ガスが製造されていそうな工場もない。捨て駒処理のためのあからさまなブラフだった。私を神輿にするための思惑が見て取れる。誰も彼も愚かしくて仕方がなかった。
現地に向かって私を出迎えたのは、ただ銃弾を乱発し、飛びかかってくるだけの統率のかけらもない民兵。殺戮でしかない光景。216発の銃弾が飛び交った戦場を歩く。寂寥感。
不意に――無抵抗の敵兵をリンチしていた兵士の頭を217発目が吹き飛ばす。
狙撃手。
15秒と経たず、二人目が弾ける。鮮血。
向けられた殺気を、本能だけを頼りに辿って、顔の横でナイフを握りしめる。
持つ左手が痺れ、後ろに控えていた副官が地に伏せる。嫌いな男だった、万々歳。
どうやら、ナイフの刃の上を滑るようにしてはじいたらしい。ひしゃげて使い物にならなくなっていた。
駆ける。次弾が装填される前に。マズルフラッシュは200メートル先の家、その二回からだ。
部隊の一人が撃たれたようだが気にしない。疾駆。
ドアを蹴破り階段へ。途中で男が立ちふさがったが、予備のナイフの一突きで沈黙した。
部屋に突入と同時に発砲される。床に転がって起きあがり、体勢を立て直す、それだけの間に相手はリロードを終えていた。早すぎる。
「ぁ――」
漏れた声。親友であった彼女がそこにいた。
「久しぶりね」
軍学校にいたときと同じ調子で発せられた声。返す言葉は思考を超えて出ていた。
「ええ、久しぶり」
「最近はどう?」
「よくないわ。戦争以上に悲惨な戦場ばかりだわ」
「上手くいかないものね」
「全くだわ」
笑い声が漏れる。まるであの花園にいる気分だった。
「ねえ」
「何かしら?」
「私と一緒に来ない? 反乱軍なんて言われてるけど、軍部のほとんどの人はこちらに来たわ。そこにあなたがいないのが寂しいの」
「考えることは一緒ね。でもごめんなさい。今回は道を違えるみたいね」
「理由は?」
「あなたと一緒じゃないかしら?」
ライフルの銃口が私の心臓をとらえる。発砲しなくても先に付いた銃剣で私を刺し殺せる。同時、私の銃も彼女の額を向いていた。
「ここは戦場。道を違えた軍人同士が出会ったら、することは一つよね?」
瞬間、刃が心臓に迫る。
ナイフで接合部を押さえ、体を反転する。
死角を取るが、柄で打たれてたたらを踏んだ。彼女は体を翻し、尚も心臓を貫かんと迫る。ナイフでさばいても一撃一撃が重い。再び接合部にナイフを差し込み動きを封じる。二つの発砲音は同時。彼女の銃弾が二の腕を裂く。私の銃弾は銃剣の金具を破砕し、ナイフも脆くなった金具を壊していた。頼るもののない刃が落ちる。
その間見に得た光景。
花園。
その中で談笑している、仲が良かったはずの私たち。
何を話していたのか走馬灯のように頭を駆け巡る。
金属音で我に帰る。まるで夢を見ていたようだった。そして、今の現実が悪夢であってほしかった。
ゆっくりと、その左胸に銃口を当てる。
「……上手くいかないものね」
「全くだわ」
トリガーを引き絞る。破裂音と同時、紅蓮の花が咲く。
力が抜けた彼女支え、優しく床に寝かせる。その手を胸の上で組ませて、彼女のライフルを共に横たえ、最後に花瓶に活けられたアルメリアをそっと添えた。
彼女は誰を思ってこの花を活けたのだろうか。
そんな疑問を彼女と共に残して、金具の壊れたドアを閉めた。
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