第五章 祖国奪回 パート3
「案外、すんなりとことが進みましたな」
フィリップ市役所の一室でロックバードが言った。フィリップ市を陥落させて数日が過ぎた日のことだ。
「ちょっと汚い手だとは思ったけど、仕方ないよね。それに思わぬ収穫もあったし」
リンは笑顔でそう言うと、アレクが楽しげに頷いた。
「お陰さまで、五百近い精鋭がわが軍に加わることになりました」
元帝国兵たちである。捕虜となった二千ほどの兵のうち、自ら志願してきた兵らを革命軍に編入したのだ。残る千五百は武装解除の上、捕虜としてフィリップ市の一角に軟禁している。今の革命軍には帝国兵を素直に解放するほどの余裕を持ち合わせてはいないのだ。
「これで六千ほどの軍容となりました」
満足そうにロックバードは言うと、眼下の地図を指さした。
「ゴールデンシティには恐らく五千名ほどの兵が常駐しておると思われます。そろそろ、帝国軍の動きが気になってくる頃合いですな」
続けて、帝都とゴールデンシティを結ぶ街道を指でなぞる。
「帝都からゴールデンシティまではおよそひと月、早馬であれば二週間と言ったところでしょう」
「そろそろ、カイト皇帝の所に報告が届く頃ね」
然り、とロックバードが頷く。
「帝国軍の援軍が訪れる前にゴールデンシティを奪回します。ひと月以内、欲を言えば三日で陥落させたい」
「その意図は?」
リンが尋ねる。
「援軍を迎え撃つのは、ここが最適だからです」
指さしたのは天嶮ザルツブルグであった。ミルドガルド大陸を南北に貫くミルドガルド山脈において数少ない東西へ抜ける街道であり、元来は黄の国と青の国の国境線にもなっていた街である。
「ゴールデンシティ奪回に時間をかけ過ぎ、帝国軍がザルツブルグを抜ければ他に迎撃に適した場所はありません。未だ数においては有利を誇る帝国軍、野戦は避けるべきと考えます」
「かと言って、ゴールデンシティに籠城もできないしね」
はい、とロックバードが頷いた。
「軍備が不明の状態での籠城は危険極まりない行為です。しかも、我々には援軍が存在しない」
籠城の基本は他の城との連携、とリンは以前ロックバードに教わった軍略を思い起こした。援軍のない籠城は飢えを待つか、相手の厭戦を煽る以外に勝ち目はない、とも。
「それじゃ、早めに出立した方がいいよね」
はい、とアレクが答える。
「既に準備はできております。明日にも出立できるかと」
分かったわ、とリンは頷いた。
「では、明日の早朝に出立しましょう。ここからなら一週間と掛らずにゴールデンシティに到着するはずだし」
「問題はその後ですけれど」
それまで沈黙を続けていたグミが口を開いた。
「どうやって、あのゴールデンシティを陥落させるおつもりですか? 多少兵力は増したとはいえ、それでもどうにかゴールデンシティ駐在軍と互角、という程度の兵力しかありません。力攻めで落ちる城ではないかと」
「それについては、ボクに考えがあるんだ」
リンはそう言ってメイコを見た。
「アレは帝国軍にばれてはいないのでしょう?」
「アレ、ですか」
得心したようにメイコが頷いた。
「恐らく、発覚はしていないものと思われます。アレの存在を知るのは黄の国でもごく僅かに過ぎませんし。ただ、もう数年放置してあるはずですから、滞りなく利用できるかどうかは」
「多少の賭けは慣れっこよ」
そこでリンはくすり、と笑った。
隻眼となったハンザ少将が軍務に復帰したのは数日前のことだった。フィリップ陥落の報を受けて最も激昂したのはゴールデンシティを預かるシューマッハ元帥ではなく、これまで幾度となく辛酸を浴び続けていたハンザであった。あと少し早く復帰していれば或いは、とも考える。これで旧緑の国と合わせて、大陸の南西部はほぼ全域が反乱軍の手に堕ちたことになる。次の狙いは当然、このゴールデンシティであろう。その前に、叩きつぶす。
そう決意して上申を行ったハンザであったが、回答は思わしくないものであった。
「既に反乱軍の軍容は我が軍と匹敵する規模となっている。貴殿は全軍を以て野戦に立ち向かえと申すか?」
「無論。これ以上きゃつらに大きな顔をさせる訳には行きませぬ。ここは堂々の会戦を行うべきかと」
「貴殿に勝てるのか?」
その声は懸念と言うより嫌悪に満ちていた。射すくめるような視線に思わず肩を竦める。
「貴殿は二度戦い、二度敗れた」
「しかし、三度目の正直と申します」
「二度あることは三度ある、とも言うぞ」
ふん、とシューマッハが鼻を鳴らした。
「この後に及んで貴重な兵力を博打に費やす訳にはいかぬ。城に籠り、皇帝の援軍を待つ。各地の統治に当たらせている兵もできうる限り呼び戻す。これで数を頼みに籠城することができる」
「しかし、それでは反乱軍を図に乗らせるばかりではありませんか?」
「乗りたければ乗れば良い。いずれにせよ、今の反乱軍にこの城は落とせぬ。空でも飛んでくる、というのならば別だがな」
そこで会談は打ちきりだ、とばかりにシューマッハは手を振った。せめて手勢だけでも、と訴えたハンザの進言は同様に退けられ、ここにゴールデンシティ籠城戦が開始するのである。
市民の反応は二つに分かれた。
戦を嫌悪し、行くあてもなく逃れるもの。
解放軍として革命軍を迎え入れるもの。
過去に自らの手で王政を妥当した事実のあるゴールデンシティの市民は自らの運命は自らで切り開くもの、と達観している様子であった。逃避を選択した市民ががらがらと荷馬車を引き連れる中で、着の身着のまま、棒きれのような武器を持って革命軍に参加した市民も多い。この地でも、帝国の支配に対する怨嗟がふつふつと醸造されていたのである。さしたる抵抗もなくゴールデンシティに到達した革命軍は臨戦体系のまま総督府を包囲した。かつて自らの居城とした地に、リンは漸く足を踏み入れたのである。
陣幕が整うと、リンはすぐさま軍議を招集した。今は感傷にふける時間すら惜しい。今もなお刻一刻と帝国軍の増援が迫っているのだ。
「城の見取り図だけれど」
リンが用意したものは記憶を頼りに作成した城内図であった。所々、リンが足を踏み入れなかったような場所、厨房の場所や騎士の詰所などはメイコとアレク、そしてロックバードが補足している。逃亡する時はまさか再び王都に舞い戻ることなどあり得ないだろうと考えていたし、メイコが逃亡する時は城内図を掻っ攫う余裕が無かったのだ。
「シューマッハ元帥は普段、第三層で寝食を行っております」
メイコが言った。リンが首を傾げる。
「第四層ではなくて?」
第四層は城の最上階、元々リンの部屋があった場所である。
「カイト皇帝が駐在されていた頃は利用されていましたが、現在は貴賓室として利用されているはずです」
「ただ不便に感じただけかも」
リンが悪戯っぽく笑った。屋敷は二階くらいまでが丁度いいと思う。それ以上高いと登るだけで疲れてしまうから。或いは、とメイコも笑い、話を続けた。
「詰所の場所は以前と変わりありません。合計五か所、いずれも数百名は駐屯できるようになっています。また、馬場も城内にありますので、天主に突入するまでは騎馬戦になるでしょう」
「こっちは徒歩なのにね。やっぱりガクポを連れてくれば良かったかな?」
「そこは私たちの魔道でどうにかするわ」
ルカが言った。期待しているわ、とリンが答える。
「ともかく、城壁を越えて城内に入り、いずれかの城門を開放する。これが第一段階となります」
ロックバードが言った。
「続けて、全軍で天主を攻める。天主にも数千の兵がいると考えてよいでしょう。魔術師も配備されているかも知れません。本来ならもう少し削っておきたかったのですが」
「まるで貝殻みたいに籠ってしまったものね」
ゴールデンシティに至るまで、一度は野戦があるだろうと踏んでいたのである。実際は援軍を頼みにしたのか、ただ一度の会戦もなくゴールデンシティに到達してしまった訳だ。
「シューマッハ元帥は手堅い戦を好みますからな」
からかうようにロックバードが言った。その口調には余裕が見える。何しろ知りつくした城を相手にするのだ。攻城戦としては比較的楽な部類であるだろう。
「手筈通り、東側より攻め立てます」
「その間、西側の門を開くのね」
はい、とロックバードが答えた。あの、とグミが口を開く。
「その、私には未だに理解できないのですが。どうやって城門を開くのですか?」
「それはね」
リンが笑った。
「私の逃亡経路を、逆に利用させて貰うと思って」
ハーツストーリー73
今度こそ完成させたい(遠い目)
ハーツストーリー第一話
http://piapro.jp/t/8eRM
South North Story 第一話
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ハルジオン 第一話
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Re:present 第一話
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