夜の舞踏会の会場は、式典の行われた城の中枢とは場所を別にして、少し離れた庭園で行われた。
幾つもの篝火が照らす夜の庭園には、着飾った紳士淑女が歓談している。
その中に一際、人目を集めている二人がいた。
「レン、喉が渇いたわ」
「何か取ってきます。ワインが良いですか?紅茶?それとも果物?」
「ワインが良いわ。赤にして」
「分かりました。すぐにお持ちします」
慣れた様子で命令する美貌の少女も、当然のような顔で少女の側に傅いている召使の少年も、周囲の視線などお構いなしと言った態度だ。
辺りの参加者にリンのように召使を伴っているものは他にない。
本来なら式典はもとより舞踏会にも、レンのような一介の召使が入れる筈もないが、今日だけは特別だった。
今日の舞踏会は王妃となる人の招きで、数多の身分の低い作曲家や演奏家、歌手らの出席が許されているからだ。
いかな召使とはいえ、一国の王女付きのレンの身分は彼らのそれよりはずっと高い。それを理由にリンが、己の召使を伴うことを主催国に承知させたのだ。
「こんながさつな連中の出入りを許すなんて、この国の王妃様は何を考えているのかしら」
場違いに混ざり込んだ彼らの、礼儀に叶っているとは言いがたい立ち振る舞いを目にして、リンは眉をひそめた。
レンが飲み物を取ってくるまでの間、手持ち無沙汰に辺りを眺めていると、一人の青年に目が留まった。
「あ」
思わず声を上げる。昼間の青年だった。
女性にもてそうだと思った感想は誤りではなかったらしく、彼は複数の着飾った貴婦人に囲まれていた。
しきりに話しかけ腕を引く女性達を相手に、少し困ったように微笑んでいる。
「王女?どうしました?」
「レン。ちょっと、あそこの青い髪の人を呼んできて」
リンの命令に頷いたレンは、貴婦人達の間に遠慮もなく割り込んで青年に声をかけた。
レンに示されて、青年の視線がリンを向く。
「こんばんわ、昼間に会ったわね」
自ら声をかけ、リンは青年を取り巻く女性達をちらりと見やって笑みを浮かべた。
「お暇そうね。こちらにいらっしゃいな。少しお話し相手になって下さらない?」
青年が、一言二言、周囲の女性達にやんわりと断りをいれてリンの方へ向かってくる。
なおも背後を追いかけてきた数人が、リンを見て叶わない相手だと悟ったのだろう、悔しげに退いていった。
それらに気付いた様子もなく、青年はのんびりとリンに挨拶を返した。
「こんばんわ、お嬢さん。またお会いできて光栄です」
昼間と変わらない長閑な態度だった。
「随分ともてるのね、色男さん」
「そんなことはありませんよ」
からかうリンに、あっさりと彼は首を振った。
「彼女達は皆、シンセシスの貴族のご令嬢達です。ご自身の好みなどではなく、ご実家の意向でしょう。シンセシスの国王とボカリアの公女の婚礼を機に、ボカリアと良い縁を結びたいのですよ」
「どうかしら。とても、そんな様子には思えなかったけれど」
「シンセシスは小さな国ですが、この辺りでの交易の中心となる港を抱えた豊かな国です。反対にボカリアは目立つ産業はありませんが、北のクリピアとも並ぶ規模を誇る大国だ。この結婚で、シンセシスはボカリアの後ろ盾による自国の安全と新たな交易相手を期待をしているし、ボカリアはシンセシスとの交流を通じて自国の物流の活性化を期待しています。両国の貴族達にとっても、早い段階でお互いに繋がりを持っておくのは――」
リンがそこでひとつ、大きな欠伸をした。
青年は我に返り、決まり悪そうに頬を掻いた。
「女性には退屈な話でしたか」
「本を読むより眠くなるわ。男の方って、こんな話の何が楽しいのかしら」
うんざりとした面持ちで、リンが溜息をつく。
「大体、これが他人の結婚式だって時点で、もうつまらないわ。自分のならともかく」
青年が吹き出した。
「失礼・・・」
「本当だわ、何がおかしいの?」
睨み付けるリンに、青年は弁解するどころか、いよいよ本格的に笑い出した。
「それこそ失礼じゃなくて」
「率直な方だと思って感心したんですよ、気を悪くしないでください。あなたの素直さはとても好ましいと思いますよ」
快活な笑みを浮かべた青年の、柔らかく細めた瞳に見つめられて、リンの頬が薄く染まる。
辺りのざわめきが大きくなった。
楽器を抱え部屋の片隅に控えた一団が、華々しくファンファーレを吹き鳴らし、主役の登場を告げた。
腕を組んで姿を見せた二人に、レンは目を見張った。
若い王も整った容姿だが、今宵、最も祝福された花嫁の美しさは格別だった。昼間の結婚式もきっと美しかったのだろう。
そちらはレンは同席を許されなかったが、賓客として参列したリンが戻ってくるなり、いつか自分が着たい花嫁衣裳のデザインについて、ずっと熱っぽく語っていたくらいだから。
寄り添う二人は辺りに微笑みかけ、互いの手を取ってゆっくりと踊りだした。
動きに合わせて揺れる、長い翠の髪に視線を奪われた、その時。
「いっ――!」
足に激痛が走って我に返ると、リンが怒った顔で睨んでいた。
「何、見とれてるのよ」
「え、いや・・・」
「何よ、あのくらい全然たいしたことないじゃ――!」
言いかけたリンの言葉が止まる。
リンの視線の先に、青年がいた。
その蒼い瞳が一心に少女を見つめている。
静かに主役のダンスが終わると、流れる音楽がテンポを変えた。弾むように。
待ちかねたように周囲の客人たちが、それぞれにパートナーと手を取り合って軽やかに踊りだす。
「あ・・・」
青年が動いた。
踊り終えてお辞儀を交わしている二人に向かって、躊躇う様子もなく近づいていく。
呆然とその背を追うリンの視線になど気付きもせず、その存在すらもまるきり忘れたように、彼の目はただ少女だけを映していた。
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第3話】前編
第3話、後編に続きます。
http://piapro.jp/a/content/?id=28isrvzmd3evj1z5
後編でやっとメインの二人が顔を合わせますよって、どんだけ長い前振りなんですか・・・。次が一番書きたかったシーンになるので、気合入れたいと思います。
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もっと見る自室の扉を閉ざすなり、彼はその場にしゃがみ込んだ。
「やられたよ。まったく役者だな、君は!」
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