近付いてくる人影に、花嫁は伏せていた顔を上げた。
会話も無く寄り添う二人は、まるで美しい絵のようだが、互いを見つめるでもない視線はどこか余所余所しく、ぎこちない。
「お兄様・・・」
その声に花婿もやっとそちらに視線を向け、蒼い髪の青年の姿を認めた。
二人の男は無言で向き合い、儀礼的に会釈を交わした。
「花嫁をお借りしても?」
青い髪の青年の言葉に金髪の青年は頷き、引いていた花嫁の手を対面する相手に預けると、その場をあっさりと離れていった。
その背を横目に見送って、やっと青年――カイザレ・ボカロジアは妹と向き合った。
踊りに誘う手を差し伸べながら、打って変わったように優しく微笑む。
「新しい住まいとなる国は気に入ったかい?」
「ええ。お兄様。朝夕に市が立つ大通りも、港に並ぶ大きな船も、船員達の歌声も、夕凪の時間も。この国はとても美しいわ」
賞賛する言葉とは裏腹に、少女は物憂げに答えた。
「あの男は?」
「美男子ね。やっと今朝顔を合わせて、まだ挨拶以外一言も話はしていないけれど。良かったわ。少なくとも、ダンスも遠慮したいほどではなかったもの」
手を取られ、抱き合うように身を寄せて踊り始める。
息の合ったステップは淀みないが、どこか少女は不機嫌そうな様子だ。
「――・・・浮かれて寝室に鍵を掛け忘れないようにな」
釘をさすように低くなった声に、少女の背が緊張した。
「それは、お父様の命令?それともお兄様の?」
「父上の命だ。僕からは・・・お願いだな、切実にね」
「いつまで」
「今夜も、明日も、明後日も」
曲に合わせて踊りながら、密やかな声で二人は会話を続ける。
「いつまでも続けるのは難しいわ。そうでなくとも、この国に来てからずっと疲れで臥せっていることになっているのに・・・。二、三日なら疲れや病で誤魔化せても、長引けば悪い噂になってしまう。せっかくの結婚が逆効果よ」
「では、大人しく身を任せるつもりかい。随分あの男が気に入ったようだ」
棘を含んだ揶揄に、少女が怒りの篭もった声を上げた。
「その相手を選んだのはお父様とお兄様よ!そうでなければ、こんなお芝居には付き合わないわ!わかりました、今夜も、明日も、明後日も、必要ならずっと、病に臥せっていますわ。海風が体に合わないとでも言って!」
ぴしゃりと言って黙り込む。
小さな眉間にしわを寄せた姫君に彼は苦笑した。
「・・・悪かった。今のは僕が言い過ぎた」
宥めるような軽いキスがこめかみを掠める。少女が拗ねたように横を向いた。
「私のことより、お兄様こそ、さっきは可愛らしい姫君を相手に楽しそうでした」
カイザレは驚いたように目を見張り、続けてそれはどこか皮肉げな笑みに変わった。
「顔を覚えておくといい。あれが我々の最大の脅威だ」
「あれが・・・」
「もっとも、本人は至って無邪気なお嬢さんだ。とても可愛らしい、ね。あと2年もすれば、翠の姫君と並び称される美姫になるだろう」
「あら、随分、気に入られたのね」
「そんなことないさ。ただ、お前があれくらい無知であってくれたらと思わないでもないな」
戯れのような言葉に、少女は咎めるように兄を睨み付けた。
「私は何も知りません。いつだって、あなたは何も教えてくれないわ、お兄様。肝心なことは何も」
「教えなくたって、ミクは気付くからさ」
カイザレが笑んだ。
二人が重ね合わせた手の中に何か小さく固いものの感触が紛れ込み、ミクは息を呑んだ。
それは小さな指輪だった。
「持っておきなさい。武器は多いほうがいい」
「お兄様・・・」
ステップの合間、互いの手を組み替える時を狙って、指輪を指に押し込む。
何事も無かったように再び手を取り合って、二人は顔を寄せた。
「きっと、私でも気付くことを、気付かないほど暗愚な人ではないわ」
「その前に片を付けるさ。だから、お前は自分の身だけをくれぐれも守っているんだ、ミク。絶対に」
背に回る腕に力が篭った。
曲はもう終わりに近い。
ミクは兄を見上げていた視線を辺りに向けた。
周りを取り囲み、抱き合って踊る人々の向こうに、つい先ほど夫となった人が数人の貴族と談笑している。
くるりとターンをして視点が変われば、その先にはダンスにも加わらず一人立ち尽くす幼さの残る少女がいた。
一瞬その視線が交わり、少女が乱暴にドレスの裾を引いて身を翻した。
燃えるような激しい瞳が灼き付く。
憂いの眼差しで指輪を見つめ、ミクはすぐ傍らの肩に頬を寄せた。
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第3話】後編
第4話に続きます。
http://piapro.jp/content/igxk62e4k9chj76w
とりあえず勢いで書き上げたところまで一気にうpしました。
二人のダンスは絶対に書くぞ!と決めていたシーンです。その割りに描写が薄いですが。手の位置も足の動きもわからないので、ちょっと逃げました・・・サーセン。
続きはちょっと間が空くと思います。
コメント2
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もっと見る自室の扉を閉ざすなり、彼はその場にしゃがみ込んだ。
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nobo-mさん
わ、さっそくいらして下さってありがとうございます!レスが遅くてすみません、なにぶん話が長いのでお疲れでないでしょうか。
カンタレラでダンスシーンはどうしても書きたかったので、思いっきり趣味に走ってしまいました。
ミクレチア嬢はちゃんとツンになってましたか。良かったですw 時々、ちゃんとデレも入れていきます(笑)
兄さんは基本デレデレのつもりなんですが、役がいけないのか気を抜くとなぜか鬼畜が降臨しそうな気配が恐ろしいです。えーと、兄さんのヤンデレはありですか・・・?(汗)
悪ノと話がちゃんと繋がると良いな~と思いながら、少々見切り発車気味です。がんばります。
あの素敵イラストの宿題は作中、必ず果たさせて頂きますので!!その際にはこそっとご報告にあがりますね。
遅筆ですが、続きもまた読んでいって頂けると嬉しいですvありがとうございました!!
2008/06/23 01:21:35
nobo-m@亀返信中、近況はプロフに
ご意見・ご感想
こんばんは・・wwカンタレラ小説と聞いて・・拝見させていただきました~><
それぞれの思いの動く様が実にわかりやすく楽しませていただきましたww
しかも悪ノとのミックスとは・・・!!これは楽しみです~!!どんどん続きが気になってしまうww
レンミクもカイリンも出会いがすごくかわいい・・姉さんの今後も気になりますし・・♪
なによりミクレチア嬢とカイザレ様の会話がたまらんです・・・!!素直になれないお嬢様とお兄様ww
ダンスしながらのツンミクは最高でしたww意地悪な言葉をかける兄さんにも惚れたぁぁ!!
こちらこそいいもの見せていただいてありがとうございます!自分もテンション上がりました><
今後も楽しみにしてますwwブクマ頂きました!!
2008/06/19 02:04:21