第七章 戦争 パート7
その頃、レンは混乱を続ける戦場の中で一人、メイコの姿を探して駆けまわっていた。緊急を伝える銅鑼の音で飛び起きたまでは良かったが、赤騎士団とは少し離れた場所に宿舎を構えていたレンがメイコと合流できた訳もなく、とにかく直属の百名程度の歩兵部隊と共に乱戦の中に飛び込むことしか出来なかったのである。一人騎馬を行うレンではあったが、人間の脚と馬の脚では走行速度が違いすぎる。一団となって緑騎士団と戦うはいいが、なかなか目的の場所に辿り着けなかったのだ。
被害は甚大であった。闇夜を焦がすかのように燃え盛る火に照らされている死体の殆どが着の身着のままで飛び起き、逃げ遅れた黄の国の兵士であったのである。何人か顔見知りの兵士の死に顔を見て小さく歯ぎしりをしたレンは、言いようのない怒りに駆られてさらなる放火活動を続けようと火炎瓶を振り上げた緑の国の兵士を愛用のバスタードソードで真正面から切り裂いた。皆、明日があったはずなのに。帰りを待つ家族がいるはずなのに。興奮の為か上気した頬を熱風に晒しながら、レンはその様なことを考えた。先程見た青年兵は確か新婚の妻がいたはずではなかったか。武功を立てて出世すると笑顔で言っていなかったか。
死んでしまえば、意味のないことなのに。
胸が焼ける様に彷彿した感情に任せるままに、レンは剣を振るった。緑の国は一部隊十名程度の部隊で行動しているらしい、と気が付いたのはその頃である。一体どれほどの兵力で夜襲を仕掛けて来たのか皆目見当つかないが、黄の国の心の隙間にまるでウィルスの様に侵入していた油断という異常事態を上手く利用したと評価せざるを得ない。どうして油断したのだろう、とレンは後悔した。風邪のひき始めに油断をして結果重病を招いた愚かな人間のように、今の黄の国の軍勢はまるで重病人の様に抵抗力を無くし、緑の国の思い通りの攻撃を受けている。
殺さなければ、殺される。
剣の訓練の時、メイコ隊長に何度も言われた言葉をもう一度思い出しながら、レンは同行する兵士達と共に緑の国の小部隊を一つ全滅させると、更に東へと進路をとった。東側に行くにつれて、敵の密度と火炎の量が増加して来る。敵の本隊は間違いなくこの近くにいる、と判断したレンは心持ち愛馬の速度を上げようと手綱を緩めた。二人の騎士が激しい決闘を行う姿がレンの目に映ったのはその直後のことである。火災に照らされた二人の姿はシルエットしか確認できないが、その内の一人の槍捌きはレンにも記憶のある人物のものだった。メイコ隊長に違いない、と確信したレンは部下に向かってこう叫んだ。
「メイコ隊長に加勢する!周りの敵兵は蹴散らせ!」
そして、レンは歩兵部隊に遠慮することなく、馬の腹を思いっきり蹴った。愛馬が最高速度で駈け出すと、熱風が顔に当たり、圧のかかった風がレンの肌を焦がした。煙が入ったのか目が多少痛んだが、それを気にすることなくレンはたった一騎でメイコへと向かって駆ける。メイコと戦う騎士も相当の腕前だった。今までメイコ隊長と互角に戦える騎士を見たことのないレンは、その肉食獣のような鋭い槍捌きに感嘆の溜息を漏らした。あれが緑騎士団隊長のネルに違いない、と踏んだレンは僅か数十秒でネルまでの距離を詰めると、無言でバスタードソードを振り上げた。そして、力の限り振り下ろす。しかし、ネルはレンの姿にとうに気が付いていたらしい。軽く振り上げた槍でレンの剣を抑えると、両手に持った槍を上方に跳ね上げさせ、そしてレンの剣を弾いた。その軽々しい槍捌きにレンは流石、と痛感したが、隙は作ったはずだ。メイコが攻撃を仕掛けると考えてレンがメイコに視線を送った時、瞳に映ったのはメイコの呆れたような表情であった。
「噂通り、立派な騎士ね。」
レンとも、メイコとも一定の距離を確保したネルが少し目元を緩ませながら、そう言った。
「一騎打ちに誘ったのは私だからな。」
メイコが満足したかのような表情でそう告げた。なぜその様なことを言うのか分からず、レンは剣を構えたままで沈黙を続ける。
「メイコ殿の騎士道精神、感謝申し上げます。殺すに惜しい人物ですが、これも戦の常。一騎打ちの続きは後日と致しましょう。」
笑顔でネルはそう言うと、緑の国の全軍に撤退命令を出した。堂々と駆け去って行く緑の国の軍勢に対して、メイコはただ苦笑したような表情で黙するばかり。その理由が分からず、レンはメイコに向かってこう言った。
「追撃をしないのですか?」
「あの状態で追撃をかけられるほど、出来た人間ではないからな。」
メイコは肩を竦めながらそう言った。ネルと決闘している最中に遠慮なく放っていた殺気は既にメイコの気配からは消えうせている。緑の国の撤退の手法も立派なもので、ほんの十数分の後には全ての部隊が撤退を完了していた。メイコは、小国ながら立派に戦った敵軍に対する敬意を込めて敢えて追撃を見送ったのである。残されたものは未だに黄の国の野営陣地を燃やし続ける火炎だけであった。まずはこの処理をしなければならないか、と考えたメイコは、再び合流した副隊長のアレクに向かって、消火活動を行うように指示を出した。
翌朝、早朝の軍議の席で、ロックバード伯爵は文字通り苦虫を噛み潰したかのような表情で重々しく、こう口を開いた。
「かなりの被害が出たようだな。」
手元に持つ被害報告のレポート用紙を握りつぶすのではないかというくらいに手に力を込めたロックバード伯爵の様子を眺めながら、レンは今報告のあったばかりの被害状況を頭の中で反芻した。敵兵の被害はせいぜい百名程度であることに対し、黄の国の被害は五千名に上っている。たった一夜の戦いで総兵力の六分の一を失った計算になる。完敗と言って過言ではない被害であった。
「出来るだけ早く、敵将ネルを打ち破る必要があります。」
努めて冷静に、メイコはそう言った。メイコの声が低いのはそれだけ被害状況に危機感を覚えているせいだろう。
「これ以上、緑の国の好きにさせる訳にはいかんな。」
ロックバード伯爵はそう答えると、従者に地図を用意させるように命じた。従者は粛々と緑の国全図を軍議用の長机の上に広げ、地図の四隅を重石で固定する。その時期を見計らって、ロックバード伯爵は両腕を組んだまま地図を覗きこんだ。今黄の国が陣地を築いている場所はミルドガルド山地の麓から十数キロ東に進んだ地点になる。このままオデッサ街道を東進すれば本日中にはインスブルグの町に到達するな、とロックバード伯爵は計算した。インスブルグの町からは二つの街道が伸びている。一つは東西に走るオデッサ街道、そしてもう一つ、北に延びる街道は先日の遊覧会で訪れた、パール湖へと続くパール湖街道である。この交通の要所を押さえれば緑の国に相当の圧力を加えることが出来るが、果たしてこの町で戦いを仕掛けてくるのか。市街戦となると厄介なことになる。地の利が敵軍にある以上、複雑に入り組んだ町での戦闘行為は極力避けなければならない。敢えて迂回するべきか。余計な時間をかけて青の国からの介入を招くとより厳しい状況に追い込まれるな、と判断したロックバード伯爵は、インスブルグの町を迂回し、一直線に緑の国の王宮へと向かう進路を計算した。インスブルグの町から緑の国の王宮まではおよそ一日の距離である。今から出発すれば、後二日で王宮に辿り着くだろう、と考えたロックバード伯爵は、自身の判断を待つメイコとレンに向かってこう言った。
「このまま直行で緑の国の王宮へと向かう。インスブルグの町は迂回し、余計な戦闘を避けて最短距離で緑の国を陥落させる。道中敵襲が予想されるが、粛々と対処するように。」
その言葉に頷いた二人の様子を眺めてから、ロックバード伯爵は深刻な表情で頷いた。果たして、この進路に対して緑の国はどう出るのだろうか。王宮に到達する前にもう一度仕掛けてくるのか、それとも籠城を選択するのか。籠城作戦をとられる前にネル殿の首だけは頂戴したいものだな、とロックバード伯爵は考えた。
ハルジオン31 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第三十一弾です!」
満「ここのところ戦闘シーンばかりだな。」
みのり「そうだよね。またオリキャラが増えたし。」
満「数回前からさりげなく登場しているアレクだな。前作『小説版 悪ノ娘』では『副隊長の男』という表記しか無かったが、今回で名前が付いた。」
みのり「どうしてまた。」
満「前作ではあくまでピアプロでの投稿という点を意識して、極力オリキャラの登場を抑えたんだ。だけど、今ある構想を考えるとボカロと派生キャラではどうしても登場人物が足りないのでオリキャラを追加している。」
みのり「今回はロックバード伯爵視点の文章も多いよね。」
満「ああ。今キャンペーン中だから。」
みのり「き、キャンペーン!?」
満「すなわち格好いい中年オヤジキャンペーンだ。前作のロックバード伯爵はなんだかリンには逆らえない、戦もメイコの方が上手いし、というとても情けないキャラだったけど、今回は軍を率いる歴戦の強者という感覚で記載している。一応、軍略はロックバード伯爵が担当し、実際の戦闘はメイコが担当するというように意識しているんだ。」
みのり「なんでまた。」
満「レイジも後二年で三十だから、自己防衛だろ。」
みのり「理想の中年像?」
満「そんなところだ。」
みのり「まだ若いあたし達には分からない感覚だけど・・。とにかく、次の投稿をお待ちください。これから出かけるので、次は夜になるかな?それではまた!」
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裏方くろ子
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ファントムP
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