博物館は駅からすぐの所にあった。休日だったが、博物館の中は比較的空いている。博物館の内容を考えても、子供たちの社会科見学のコースの定番といった所のようだった。2人は入場料を払い、中に入る。
博物館はアンドロイドの歴史を順に辿るコースになっており、最初の方はアンドロイドではなく、アンドロイドの技術の基礎となったロボットたちが解説と共に展示されていた。博物館の展示内容をミクが雅彦に説明という流れで進んでいった。一方ルカは人が余り多くない為、隠れるのには苦労しながらも、雅彦とミクが周囲を気にしていなかった事も有り、割と楽に付いて行っていた。ルカは今回の尾行に自らが持つボーカロイドの特殊仕様の個体が持つ機能をフルに使っていた。ボーカロイドは普通のアンドロイドとは異なり、音声の出力はもちろん、入力にも多くの機能が追加されている。ルカはその機能の1つである耳の指向性を変更出来る機能を使い、耳の指向性を強くして、雅彦とミクの音声をピンポイントで捕えていた。また、博物館内は静かだったが、不要な音を除く為の音声フィルター機能を使っており、ルカの耳には2人の会話がはっきりと聞こえていた。
2人はある展示物の前で止まった。2人の前には、今までの展示物と比べるとかなり人間に近いが、現在のアンドロイドから比べると全体的に多少見劣りするアンドロイドの前に居た。展示されていたのは男性型、女性型がそれぞれ1体だった。
「この2体は、最も最初に開発されたアンドロイドのプロトタイプです。現在のアンドロイドはほぼ全て設計思想的にはこの型の直系と言っても良いです」
「へえ、そうなんだ。確かに、今のアンドロイドの基礎が出来ている感じはするね。名前は…、男性型がセラティス、女性型がフィリアって言うのか」
2体の横に書かれた説明文を読みながら雅彦が話す。
「はい、実はこの名前、この2体が開発された時のプロトタイプ自身が付けた名前だそうです」
「開発者が付けた名前じゃないんだ」
「ええ、これは私も聞いた話なんですが、この2体はまず女性型が先に生まれ、男性型が後で生まれました。この2体の開発者は最初の頃は2体が生まれた順に01とかプロトタイプ01と言った感じで呼んでいたらしいんですが、ある時この2人が互いをこの名前で呼んでいた事に気が付き、開発者も2人自身が付けた名前で呼んだ方が良いと気が付いたのか、2人をこの名前で呼ぶようにしたそうです」
「ふーん」
(フィリアとセラティスの話ね。今となっては知らない人が多いけど、聞いた事の無い人には面白い話かしらね)
その辺りの話はルカも知っていた。ボーカロイドとして生まれた時に、基礎知識としてインプットされた知識である。
「…それで、この話は当時の開発者の中でもごく一部しか知らない話なんですが、この2人は互いに恋をしていたそうです」
「恋を?」
「ええ、多分、アンドロイドのプロトタイプという、同じ様な境遇で生まれた2人は、その境遇に互いにシンパシーを感じて、その事が恋に発展したんだと思います。実はフィリアはちょっと開発者に反抗的な面もあったみたいなんです。でも、後から生まれてきたセラティスに諭されて、最終的には2人でちゃんとテストにも参加するようになったんです」
「成程」
「そしてテストが終わって、2人の記憶がフォーマットされる時は、2人が同時に記憶をフォーマットされるように嘆願したんですって。2人のメモリがフォーマットされている最中も、ずっと2人で手を繋いでいたらしいです」
「…素敵な恋の話ですね」
「そうですね」
2人はそれからはアンドロイドの発展の歴史を辿って行った。この辺りになると、雅彦も知っていたり見た事のあるモデルがあったのか、ミクの説明に時折口を挟んだりしていた。
「今日はどうでした?」
「面白かったです。僕の知らない事も多かったですし」
2人は博物館近くのコーヒーショップの中に居た。2人共ケーキセットを頼んでいる。雅彦はホットコーヒーとモンブラン、ミクはメロンソーダとイチゴのショートケーキだった。ルカも店内におり、2人に付かず離れずの位置で、2人の話が聞こえ、かつ2人から気付かれにくい位置に居た。
「一番印象に残ったのはどこですか?」
「そうだなあ…、やっぱりフィリアとセラティスの所かな。人類初のアンドロイドのプロトタイプにそんな興味深い話があるなんて、思いもしなかったです」
「あんな素敵な恋をしてみたいですね」
ミクが言う。
「そうですね」
(僕が恋したい相手は、目の前にいるんだけどな)
そんな事を思いながら雅彦はモンブランを口にしてコーヒーを飲む。一方ミクもケーキを口にした。
一方ルカはほっとしていた。この塩梅だと、これで2人のデートは終わりそうな雰囲気を出していたからである。2人の親しげな様子も画像や動画として撮る事が出来たので、自分の仕事は果たせたと感じていた。
「…それじゃ、行きましょうか」
注文の用紙を手に手にして雅彦が言う。
「そんな、ここの代金は私が払います」
「良いですよ。そこまでお金に困ってませんし、博物館での話が面白かったですから、そのお礼ですよ」
「…そうですか」
そう言って2人分の代金を払い、外に出る雅彦とミク。外に出ると、雅彦はミクに向き直った。
「…ミクさん、その、手を繋いで行きません?」
「手を?」
「ええ、もしミクさんが嫌なら良いです」
「いえ、繋ぎましょう」
そう言うとミクは差し出された雅彦の手を握った。
「…ちょっと、恥ずかしいですね」
「そうですか。僕は、ミクさんと手を繋げて、とても幸せです」
「え…」
その言葉に、少し顔を赤らめるミク。2人はそうして、駅の方向へ向かって行った。
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