あっという間に四月になり、俺たちは三年になった。クラス替えも行われたが、俺とリンは同じクラスだった。初音さんもまた一緒で、リンは喜んでいた。リンが喜んでくれると、俺も嬉しい。
 演劇部の新入生歓迎公演も無事に行われ、好評を博した。結果として新入部員を十人獲得できたので、皆喜んでいる。例によって、ほとんど女子だけど。
 まあそんなわけで、三年としての滑り出しは順調だった。高校生活最後の一年。しっかり過ごしたい。俺は、そう思っていた。


「新入生歓迎公演が終わったから、今度は学祭の演目を決めなくちゃいけないんだ」
 公演が終わった次の日の放課後に、俺はリンにその話をしていた。もともと、この話のこと自体はしてある。グミとの約束のことも。
「恋愛物で、文学作品でしょう? 少し難しいと思うの。文学だと真面目な話が多いから」
 リンは神妙な表情でそう言った。うーん、やっぱり難しいのか……。まあ、前回もリン、かなり悩んでたしな……。
「あの……それで、思ったんだけど。レン君、いっそのこと『ロミオとジュリエット』をやらない?」
「……え?」
 俺はびっくりした。もちろん、『ロミオとジュリエット』は知っている。シェイクスピアの作品の中で、一、二を争うぐらい有名な奴だし。ただ、正直言うと俺の趣味じゃない。
 いやでも、グミとしてはああいうのがいいかもしれないし……うーんでもなあ……。そもそも、グミはちゃんと話の中身を理解しているんだろうか。『ロミオとジュリエット』って、正直、悲恋というイメージだけが一人歩きしている気がする。実は登場人物の台詞、結構シモネタだらけだったりするし。ヒーローのロミオは、はっきり言ってかっこいいとは言いがたい。それに。
「うーん、シェイクスピアは衣装とセットがなあ……」
 これが一番の問題だ。全員のルネサンス時代のイタリア風の衣装なんて、とてもじゃないけどマイコ先生に頼めない。『マイ・フェア・レイディ』の時だって、かなり気が咎めたんだ。女子連中は大喜びしてたけど。みんな揃って「アトリエ訪問」しに行ったらしく、冬休みが明けた後は盛大にはしゃいでいた。
「演出でカバーできない?」
「どういうこと?」
「前にね、そういう演出のオペラを見たことがあるの。みんな時代衣装じゃなくて、シンプルな衣装を着ていたのよ。飾り気のない白いチュニックとかワンピースとかを。セットも抽象的なものばかりで。鉄の柱とか板とかが組んであるだけなの」
 ふーむ……俺はその様子を想像してみた。だぶっとした白いチュニックとかなら、調達するのもそんなに難しくなさそうだ。セットは……鉄の柱や板を用意するのはあれだから、机や椅子を組んでみる。あ……面白いかも。
「……そういうのも面白そうだ」
 そう言うと、リンはにこっと笑った。
「やれると思う。でもリン、それなら、シェイクスピアの他の作品でもいいんじゃないか? 『テンペスト』は無理にしても、他にも『真夏の夜の夢』とかあるわけだし」
『真夏の夜の夢』は、妖精とか出てくるし、ハッピーエンドだし、リンの好みじゃないのかな。なんで、『ロミオとジュリエット』なんだろう。
「『真夏の夜の夢』は、必要なキャストが多すぎるわ。端役を使いまわしたとしても、かなり難しいと思うの。それに、こういう抽象的な演出とはあわない感じがするわ」
 ふーむ……『テンペスト』と同じような理由か……。
「それ以外の喜劇は? 『空騒ぎ』とか『お気に召すまま』とか、色々あるよね」
 とりあえずグミは、グミヤとラヴシーンがやれれば満足なわけだし。この辺りはどれも、恋愛要素が強かったような。
「タイトルを聞いてすぐわかるような、有名な作品の方がいいと思うの。抽象的な演出の舞台の上で、何が起きているのかをわかってもらうには」
 あ~なるほど。確かにシェイクスピアは悲劇が有名すぎて、喜劇の知名度が全体的に低い。比較的知られているものとなると、『真夏の夜の夢』か『ヴェニスの商人』か『じゃじゃ馬ならし』ってことになるが……。『真夏の夜の夢』は前述の理由で難しいし、『ヴェニスの商人』は恋愛要素が薄い。『じゃじゃ馬ならし』は、グミが脚本見た瞬間に激怒するだろう。内心結構あいそうだなとは思ったりするが。一緒に幸せになるんだしさあ。
「それで、『ロミオとジュリエット』か」
「ええ。『ハムレット』よりは『ロミオとジュリエット』の方が、グミちゃんの要望にあうと思うの」
 まあ、グミの注文は「ラヴストーリー」だしなあ……。この際仕方ないか。小っ恥ずかしくなるような台詞が大量にあるが、グミヤ、耐えてくれ。
「じゃあ『ロミオとジュリエット』にしよう。それにしてもグミがジュリエットか……イメージ壊さなきゃいいけど」
 俺の言葉を訊いたリンは、首を傾げた。うん? 俺、何か変なこと言ったか?
「グミちゃんならぴったりじゃない?」
 おいおい、リン、何言い出すんだよ。グミのことは知ってるだろ。
「グミが好きな人と一緒に死ぬわけないだろ。あいつ、三途の川の渡し守張り倒して、ロミオ連れ戻すぜ」
 リンはくすっと笑った。きっとその様子を想像したんだろう。
「けど、オフィーリアよりはジュリエットの方が、グミちゃんのイメージじゃない?」
「その二択ならそうだけど……」
 何せオフィーリアは思いつめて気が狂うもんな。気が狂ったあげく入水自殺だ。グミがオフィーリアなら、ハムレットのところに乗り込んで行って、襟首つかんで揺さぶるだろう。グミなオフィーリア……喜劇にするんだったらありかもしれん。
「悲劇だけど、ジュリエットは前向きで意志のはっきりしたヒロインよ。お父さんにパリスと結婚しろって言われても『絶対に嫌!』って言えるし」
 あ~、言われてみればそんなシーンあったな。読んだのがかなり前だから忘れてた。そうして考えるとまあ、グミのイメージとあわなくも……いやいや……。
「だからグミちゃんなら、ちゃんとジュリエットを演じることができると思うわ」
 ……リンは、舞台の『ロミオとジュリエット』を見たことがあるんだよな。俺は原作を読んだだけだ。ここは、リンの意見を尊重しよう。
「わかったよ。じゃ、グミヤには舞台で愛を叫んでもらおう」
 そういうわけだから耐えてくれ。お前部長なんだし。
「あ、そうだリン。実際の戯曲を全部やるのは大変だから、多少改変したいんだけど。長すぎる台詞削ったりとか。また手伝ってもらえる?」
 シェイクスピアの台詞って、とにかく長くて回りくどい。まあそれがいいって言う人もいるだろうが、俺たちでこれを全部再現するのは無理がある。
「え、ええ……わたしで役に立つんなら」
「リンじゃないと駄目なんだよ。リン、舞台見たことあるんだろう?」
「あるけど……わたしが見たのはグノーのオペラとプロコフィエフのバレエで、原作に忠実な舞台じゃないわ」
 前に見せてもらった『チェネレントラ』と一緒で、改変されているんだな。けど、大体の雰囲気はつかんでるだろうし。
「それでも、誰よりもストーリーの雰囲気をちゃんと把握してるよ」
 リンはちょっと考え込んだ後、おずおずと微笑んだ。
「あ、ありがとう……わたし、頑張るね」
 リンは、前ほどすぐ自分を卑下しなくなってきたようだな。こういうリンの方が、見ていて可愛い。
「ねえレン君、他の配役のことなんだけど……」
「うん? 何か意見でも?」
「マーキューシオをミクオ君にやらせてあげてほしいの。あのね、ミクちゃんが、ミクオ君に一度くらいかっこいい役をやってほしいって」
 初音さんの頼みか。初音さんの前でいいところを見せられれば、クオも喜ぶだろうな。マーキューシオはロミオの友人で、かなり目立つ役だ。……途中で死ぬけど。こいつが刺されたのが原因で、ロミオはぶちキレてジュリエットの従兄のティバルトを刺してしまうんだ。
「わかった、かけあってみる」
 クオは、かなり運動神経がいい。剣を持って立ち回りをする役だから、むしろあうだろう。武士の情けで下ネタはカットしておいてやるか。
「ありがとう」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第五十五話【この世で一番妙なる響き】

 学祭での戯曲を何にするのかは散々悩んだのですが、結局これになってしまいました。別の作品にすることも考えたのですが、「恋愛要素」が薄すぎたんですよね……ちょっと残念です。

閲覧数:722

投稿日:2012/03/15 19:05:32

文字数:3,331文字

カテゴリ:小説

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  • モモコ

    モモコ

    ご意見・ご感想

    初めまして。モモコと申します。

    私は、注目の作品でロミオとシンデレラを見つけて、すぐに一話から読み始めました!
    結構前から読み始めたんですが…。テストやらが色々あって、追いつくのに時間がかかりましt((言い訳乙

    リンちゃんとレンくん、同じクラスでよかったですね^^
    クオだけが違うのが少し残念ですが…。ミクとクオならクラスが違っても仲良くやっていけると思います。

    「ロミオとジュリエット」ですか~。リンレンはそんな恋にならないようにして欲しいですね…。


    急なメッセ&乱文、失礼しました。最後に、ユーザーフォロー、させていただいています!

    これからも応援しているので頑張ってください!

    それでは。続き楽しみにしています。

    2012/03/17 17:18:00

    • 目白皐月

      目白皐月

       初めまして、モモコさん。メッセージありがとうございます。

       結構ハイペースで更新しているので(ちょっと個人的な事情もあるのですが)一度に全部読めなくても仕方がないと思います。
       これだけ長くする予定はなかったのですが、気がついたらこういうことになってしまいました。

       作中にも書いていますが、クオのみ理系なので、文系の三人とは同じクラスにはなれないんです。書き出した時から、これはこういう設定でした。
       まあ、クオはミクと一緒に住んでいますし、その気になれば幾らだってチャンスはあるはずです。問題は本人の意識というか。

       二人の恋の先行きに関しては、もうプロットは決まっているので、後は書くだけなんですが。この先も幾つか試練を越えてもらうつもりです。
       ちなみに『ロミオとジュリエット』の不幸は「敵対する家に生まれた」こと以上に、「親がちっとも話を聞いてくれない」ことが大きいと思っています。上の立場の人から「いがみあうのはやめなさい」と言われているのに、やめないんですから。

       続きも随時アップしていきますので、待っていてくださいね。

      2012/03/17 22:54:54

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