【カイト】


 家を抜け出して広場に向かう。
 それにしても、養父はこの国に居る間中俺を閉じ込めておくつもりなのだろうか。
 そんなことをしたって、何の意味もないのに。
 広場に行けば、ミクとレンくんが何か話し込んでいた。随分真剣な表情をしている。一体何の話をしているんだろう。
 二人に近づき、声を掛ける。
「二人とも、どうしたの?難しい顔して」
「っ!」
「カイトさん!」
 二人ともびくっと肩を揺らして、慌てて俺を振り返る。何だか反応が似ていてちょっと微笑ましい。それにしても、本当に一体何の話をしていたんだろう。
「どうしたの?」
「あ、いえ…ちょっと、ね?」
「は、はい」
 誤魔化すように、ミクとレンくんが視線を交わしあう。話しにくい、内緒話か何かなのだろうか。だったら、無理に問いただすのも悪い。
 気にならないと言えば嘘になるが。
「まあ、話したくないならいいけど」
 そう言えばミクはあからさまにほっとした顔をする。本当に解かりやすい反応をする子だ。そういうところが可愛いのだけれど。
 昨日は急に居なくなってしまったレンくんとミクがちゃんと話を出来ていたのならそれでいい、ということにしよう。
 それよりも。
「そういえば、レンくんはいつまでこっちに?」
「あ、今日、正午の馬車で帰る予定です」
「え…?じゃあ、もう行った方がいいんじゃないか?もう十一時半を過ぎてるよ?」
「えっ!?」
 レンくんが慌てて懐中時計をポケットから取り出して確認する。薔薇の印が刻まれた、金色の時計。ミクを見ても何も気づいていないらしいのを見ても、普通に使っていれば気づかれないものなのだな、と改めて思う。
「本当だ!すみません、じゃあ、僕はこれで!」
「うん、気をつけて」
「慌てて人にぶつからないようにね?」
「はい。じゃあ、失礼します」
 ぺこりと頭を下げて走り去っていくレンくんを見送る。いつもしっかりした雰囲気をしているけれど、ああして慌てた姿を見ていると年相応だな、と思う。
 レンくんの姿が見えなくなって、ミクと視線を合わせる。
「間に合うかな?」
「まあ、今から走れば待ち合いには十二時前に着くと思うし、大丈夫だと思うけど」
 待ち合いはこの城下町の東端にあるが、それでも走れば十分とかからずに着けるだろう。これを乗り過ごすとまた丸一日待たなければいけないし、慌てるのも無理は無いが。
「そうですね」
 ミクは納得したように頷く。そういえば、今日も来たときはミクは歌っていなかった。もう歌い終わったのだろうか。
「そういえば、今日はもう歌ったの?」
「はい」
「…そっか、聞き損ねたな、残念」
 もっと早く抜け出してくれば良かった。
 ミクの歌声を聞くのが楽しみで抜け出してきているのに。
「お昼御飯を食べたら、また歌いますけど」
「…うん、流石に昼まで抜け出しているのはバレるからまずいなあ」
 昼食が運ばれてくる前に戻らないと、バレてしまう可能性が大きくなる。そうすると更に抜け出しにくくなるのは間違いないし、それは歓迎出来ない。
 まったく、これじゃ何のために抜け出して来たのか解からない。
「そんなに言ってもらえるのは嬉しいですけど。明日もまた歌うんですから、明日聞きに来てください」
「うん、そうする」
 まるで子供を宥めるような口調で言われてしまった。そう言われてしまうのも、無理はないけど。まったく、今の俺は我がままな子供と変わらない。
 彼女も昼食をとると言うし、俺も戻らなければいけないから、今日はそこまでだった。
 明日会う約束が出来ただけでも良しとしよう。
 そうして会う約束が出来るだけでも、気分が浮き立つ。
 この気持ちは、恋なんだろうか。



 昨日よりは早い時間に部屋を抜け出して、空を見上げる。
 今にも空が泣き出しそうな天気だ。今日は居るんだろうか。また明日と約束したけれど、こんな天気だと少し不安になる。
 それでも足は広場に向かう。それまでの道も、この天気のせいか常より人が少ないような気がした。晴れた時は暖かな雰囲気をもたらす街並も、この天気では灰色にくすんで見える。
 広場に着いて、あの緑の髪が見えないかと見渡すが、姿が見えない。やっぱり、今日は来ないのだろうか。それとも、もう少し後から来るのだろうか。待ってみた方が良いんだろうか。
 そう自問自答していた時だった。
「ねえ、あんた!」
 声がして振り返る。まさか自分を呼ぶ声だとは思わなかったけれど、反射的に。すると、その人物は確かに俺を呼んでいたようで、見覚えもあった。
「あなたは…」
 恰幅の良い、元気の良さそうな女性。初めてミクと一緒に歌った時に、彼女をからかって笑っていた人だったはずだ。随分親しそうな雰囲気が印象に残っている。
「あんた、青の商人の息子さんなんだって?まあそんなことはいいよ、あたしはミクちゃんの住んでるアパートの大家なんだけどね、最近あの子がご機嫌でうちを出てくもんだから、あんたと上手くいってんだなあってこっちも嬉しくなっちゃってねえ、って、それも今はいいんだよ」
「はあ…?」
 一体何が言いたいのだろう。全然関係無いような話を捲くし立てながらもどこか慌てているようだった。
「あのね、さっきミクちゃんが、どうにもどっかのうちの衛兵らしき男たちに連れて行かれたんだけど、あんた心当たりあるかい?」
「衛兵?」
 思わず眉を顰める。
「うちみたいな小さいアパートに住んでるようなあの子が、そんな衛兵と知り合いになるとも思えないしさ、様子も変だったけど…流石にあたしも腰に剣ぶらさげているようなのに声を掛ける度胸もなくって…」
「……衛兵は、何人?」
「二人だけど」
「どっちへ行きました?」
「あっちの、裏路地の方に…」
 大家と名乗る女性が指差す方角を確認する。衛兵、と聞けば自分の知り合いの可能性も高い。いろんな貴族の家に出入りしていただけあって、その辺の顔は広い。しかし、俺と関係無いところでミクに用のある兵が居たとしても、おかしくはない。
 どちらにしろ、穏やかな様子じゃなさそうだった。
「解かりました、有難う御座います」
 細かい事は後だ。兎に角ミクを探し出す事が先決と、俺は女性が示した方向に走り出す。
 裏路地、と言っていた。
 迷路のように狭い道に入り込み、どっちへ行けばいいかと周囲を見渡す。入り組んだ道では迷う可能性がある。緑の国の裏道には慣れていない。気は急くのに、何処へ行けば解からない。
 そんな時、ミクの声が聞こえた。
 ほんの少し、ようやく聞き取れるぐらいの声だ。でも間違いない、聞き間違うはずがない。その声がする方角へと走る。
「嫌!カイトさん!カイトさん、カイトさん!!」
 その声が聞こえたのと、ミクを視界に捉えたのはほぼ同時、そして二人の男がミクを囲み、剣を振り上げているのを認識するよりも早く間に割って入っていた。
 キィン、と高い音がする。咄嗟に取り出した短刀で男の剣を受け止め、睨みつける。
「カイト、さん…」
 震えた、弱々しく、気の抜けてほっとしたような声が聞こえて、逆に俺の方には次第に怒りが込み上げてきた。
 こんな、真似をするなんて。
「あなた方には見覚えがあります。大臣の家の衛兵ですね。お嬢さんの命令ですか」
 文句があるなら、俺に直接言えばいい。俺を非難したいなら、いくらでも受け入れる。だけど、ミクを巻き込むのは、筋違いだ。
 そんな怒りが、声にも表情にも表れていたのだろう、一瞬男たちが怯んだ。俺だって、こんな風に怒ったことなんて無かった。でも、これは、許されることじゃない。
 短刀を押し返して振り払い、男は一歩後退り、そして俺の持つ短刀に視線を集中させる。
「それは、まさか…」
 呻くような声に、もう一人の男も短刀を見つめる。青い宝石で作られた、菖蒲の印を刻んだ短刀。青の国の宝。それを、こんなところで目にするとは思ってもいなかったのだろう。おそらくは、ミクも呆然とこの短刀に視線を注いでいるのだろう、気配で何となくそれを察知する。
「青の王家を敵に回したくなければ、二度と彼女には手を出さないことです」
 これは、脅しだ。実際に青の国がこのために動くことはない。
 でも、男たちにはこの脅しは有効だった。二歩、三歩と後退る。
「ま、まさか、偽物に決まってる!」
「そ、そうだ、紛い物を手に入れて騙っているだけだ!」
「なら、確かめては如何です、ガクポ陛下に問いただしてみればいい」
 事実は事実、問われれば答えるだろう、あの人は。余り、公に触れまわって良いことでも無いのだが。
「おい、まずいぞ、本当に…」
「あ、ああ…」
「俺の事を黙っていてくれると言うのなら、今回の事は不問にしましょう。ですが、二度目はありませんよ?」
「わ、解かった、解かったから…」
 そう言うだけ言って、男たちは走り去る。
 まあ、好んで青の王家と敵対しようなんて者は居ないだろうが。
「カイトさん…」
 呟かれた声にはっとする。慌ててミクを振り返り、屈み込む。
「ミク!大丈夫?怪我はない?」
「はい、大丈夫、です。……カイトさんは、青の、王家の方、だったんですか?」
「うん、内緒、だけどね。表沙汰にする訳にはいかないし、出来ればあんな脅しも本位じゃないけど、あれ以上に有効な手もないし」
 そう言って笑うが、上手く笑えている自信は無い。
「でも、君だってそうなんだろう?緑の国の姫君?」
「……っ!」
 俺が、括ってある髪の片方につけてある髪飾りに手をやれば、ミクは息を呑んだように固まる。
「いつから…」
「最初から、かな」
「だって、こんな髪飾り、百合の印が刻まれたものだって、たくさん、あるのに…」
 確かに、普通なら解からないだろう。
 髪飾りなんて種類はいくらでもあるし、本物の緑の国の宝を見たことがある者など城下町の人間でさえそう居ないに違いない。
 俺は短刀をミクに見せる。そして、ミクの髪につけてある髪飾りを取る。
「三国の宝は同じ職人の手によって作られたものだから、見れば解かるよ。いつも持ち歩いている物だし、これでも俺は商人の息子だからね」
「そう、なんですか…」
 どこか放心したような表情だ。色んなことが一度に起こって混乱もしているのだろう。
 初めて会った時から、ミクが緑の国の王族だということは解かった。解かったけど、どうでも良いことだった。きっと、何か事情があるのだろう、それならそれで、構わない。俺は王族としてのミクではなく、一人の女の子としてのミクと一緒に居るのだから。
「カイトさんも、あたしと同じだったんですね…」
「同じ、かどうかは解からないけど、似ているんだろうね、きっと」
 だから、惹かれたのだろうか。でも、それならきっとレンくんも同じだ。それでも、俺はミクが良い。先程ののことで解かった。俺は、どうしようもなく彼女を失いたくない。失うかも知れないと思った瞬間に、他のものなどどうでもよくなった。
 今更ながらに心が震える。
 もし、もし、間に合わなかったら。あの大家さんが、俺に声を掛けてくれなかったら、ミクの声を聞き逃していたら、そうしたら、ミクはもう此処には居なかったかも知れない。
 そんな恐怖が、心から体へと広がる。
 恋だとか何だとか、細かいことはどうでもいい。この想いにどんな名前をつけようと、それが変わることはない。俺にとって、彼女は誰よりも、何よりも大切な人だということ、その事実だけがあればいい。
「カイト、さん?」
 気が付けば彼女を抱きしめていた。失いたくない、何よりも、誰よりも。
 その時には、養父のことも、ルカのことも、リン王女のことも、何も頭になかった。ただ、俺の隙間を満たしてくれるたった一人、彼女の事だけしか。
「無事で、良かった…」
「はい、カイトさんが、助けにきてくれたおかげです」
 彼女の腕が俺の背にまわる。
 失いたくない、傍にいたい。こんなにも誰かを想ったことなんて、あっただろうか。
 きっと、他の誰にも、こんな想いは抱けない。
「ミク、俺は、君のことが―――…」
 好きだ、と言おうと思った。何より言葉にして伝えたかった。だけど、その言葉が出てくる前に激しい頭痛が襲う。
「っ!」
「カイトさん…?」
 ミクから体を離して頭を押さえる。
 痛い、痛い、痛い。
 誰かが強い声で、頭の中で何かを叫んでいるようだ。ガンガンと響く頭の中の声、視界が回る。
「あ、あっ…」
 まともな声が出ない。
 駄目だ、と何かが叫ぶ。駄目だ駄目だと、ひたすらに頭の中で。
 そう、叫ぶ声がする。その圧倒的な声に、頭の痛みに、気が狂いそうだ。
 頭が、割れる―――…。
「カイトさん!!」
 気を失う寸前に、そう叫ぶミクの声だけを、聞いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第十三話【カイミクメイン】

 まだまだ謎がいっぱいのカイト。
 展開についていけるでしょうか…。

閲覧数:459

投稿日:2009/05/06 20:20:02

文字数:5,264文字

カテゴリ:小説

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  • 甘音

    甘音

    その他

    >エメルさん
    こんばんは。
    調声お疲れ様です。無理せずに頑張ってください!

    結局生き物たらしですね、わかりますw
    大家さんは書いてて楽しかったです。割と勢いにまかせて書くタイプなので、キャラが勝手に動いてくれます。まあ、止まるとなかなか進まないのですけど。
    そうですねー、鋭いKAITOっていうのは結構いると思うのですが、うちの兄さんはやたらと何でも出来すぎるので特殊かも知れません。少数派だというのは結構自覚があります。
    告白シーン、ドキドキしてくれたようでうれしいです。やっぱりここはときめいたりドキドキしてもらわないと困りますからねー。喜んでもらえたようでなによりです。
    間の悪い頭痛、こちらは必然。
    いつまでも楽しいままではいられないのも、ゆっくりと覚悟していってくださいな。

    続きの感想もお待ちしております、いつも有難う御座います。

    2009/05/16 20:51:19

  • エメル

    エメル

    ご意見・ご感想

    こんばんわ~
    ミクの調声がKAITOより難しくて半泣き状態です;;ペンタブをここまで拒絶するとは思わなかったorz

    ただの生き物たらし視点って・・・
    何言ってるんですかー!!カイトはすっごく謎をもっていて、びっくりするような特殊能力をもっている生き物たらし・・・ってオイ^^;
    大家さん素敵なキャラですね~話すとすぐに横道にそれて長話になっちゃうような、急いでるのに典型的なおばちゃんなままっていうところがなんだかツボです。キャラの個性がちゃんとしてていいですよ^^
    ここのカイトってほんとにあまり見かけないタイプですよね。鋭いKAITOなんてほとんど見ない気がしますし。ん?でも私の双子KAITOの片方はここのカイトほど凄くはないですが観察力にすぐれてるし、たしか時給310円さんのところのカイトもぽややんとしてそうで鋭い一面ももってたような・・・案外いるかもしれないですねw(考えを改めた
    カイトの告白シーン、ドキドキしました。今回はほとんどカイトの想いがミクに向けられていたし、ミクが襲われるなんて事件もあったから告白は自然の流れだったとは思いますが。でも、それでも何も考えずただミクのことだけしかなくて・・・きゃー(壊れ気味)
    だっていうのに!なんて間の悪い頭痛。そりゃわかるよ、大切な伏線だってことはわかる。でもでもでもでも・・・(ギャグ的感想だったらここでKAITO`sの乱入→私沈黙→代わりにKAITOが話すの流れになりますがマジメのつもりなんでクールダウン)

    (実際に10分経過)頭痛に叫び声、駄目だという言葉、すごく気になりますね。最初に特殊能力もっているとか書いたけどこれは予想できませんでしたよ。先が楽しみです~次の話も上がってるので明日には読もうと思っています。さすがに今日・・・あ、日付変わってる(汗 えっと今夜はまだ完全に治ってないので一眠りして冷静になってからということで。ではでは~

    2009/05/16 00:37:40

  • 甘音

    甘音

    ご意見・ご感想

    >時給310円さん
    ただの生き物たらし視点ですw

    いつもありがとうございます。
    はい、大家さんに教えてもらっての登場シーンです。超能力で察知したとかそんなことは言いません(笑)自分でも大家さんはいい役どころだなあと思います。ああいうバイタリティのあるおばさんって好きです。
    まあ、カイトが悪人だったら大変なことになってるでしょうね。実際は真逆の人間ですけど。もともと鈍くない、鋭いという設定だったのはこのためでもあります。ええ、本当にこんな人が実際いたらもう…。
    心理描写、気に入ってくださって嬉しいです。これからもがんばります。もう、思うがまま書いているだけですが。
    すごい引き方ですよね、すみません。ちゃんと説明はしますので!
    次回も頑張って書きますね。

    2009/05/09 08:51:59

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    なんだ、ただの生き物たらし視点か。 ←自重

    こんばんは甘音さん、読ませて頂きました。
    なるほど、大家さんに教えてもらっての、ヒーロー登場シーンだったんですね。カイトの女たらし疑惑の時といい、何気に大家さんGJですねw
    短刀を印籠代わりに、青の王家の威を借ったカイト。前回の人たらし能力を濫用した件といい、こいつが悪人じゃなくてホントに良かった……と思う今日このごろです。王家であることは事実らしいですけど。と言うか、ミクがお姫様だって最初から知ってたんですね。すごい観察能力だ。つくづく、こいつが悪人(ry
    カイトがミクに告白しようとするまでの、カイトの心理描写のくだりが、個人的にお気に入りです。ここらへんは、さすが甘音さんだなぁと。これからも期待していますw
    これからと言えば、今回は終わりがすごい引き方ですね。カイトにいったい何が? 刮目して次回を待たせて頂くことにしましょう。
    今回も面白かったです、がんばって下さい!

    2009/05/07 00:20:33

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