『キヨテルおめでとう~』
「せめて直で言ってくれませんかね?」
今日は師走4日目。つまり僕の誕生日。
氷山キヨテルとしては発売から10周年らしく、ネット上ではそこそこ賑わっているらしい。かく言う僕らのマスターもそのお祝いに参加するらしいけど、それより家にいる僕を祝ってくれ。
日が変わって本当にすぐに表示された通話画面に出てきたのは、元教え子であり現同居人のLilyさんだった。そう、同居人である。同じ屋根の下に住んでいるんだから、部屋に来てお祝いすればいいものを。そういう意味を込めての苦言だったんだけど、「だってめんどいし」と一蹴されてしまった。今日僕誕生日ですよね?
『わがままだなあキヨテルは。幾つよあんた』
「27です」
『実年齢を聞いてんのよ』
「見た目変わらないのに実年齢にこだわる必要を感じられないですね」
VOCALOIDとしてこの家に来てから早6年。その前も数年ほど倉庫で待機していたので、多分実年齢として考えるんならアラフォーなんだろうけど、いやいや知りませんよ年齢なんて。だって見た目変わらないんだし。
お祝いするだけですか、と聞くと、だってプレゼント用意できなかった……となんとも可愛らしい答え。なんだかんだで僕が何を貰えば嬉しいか考えてくれるんだ、この子は。なにかないの、欲しいもの。彼女がムッとしながら問いかけてくる。僕としては何を貰っても嬉しいけど、ここはわがままを言ってみることにした。
「じゃあ、一緒に作ってくれませんか?誕生日ケーキ」
***
薄く切ったリンゴをフライパンに並べ、グラニュー糖をまぶして煮詰める。その間に買ってあったタルト生地を解凍し、クリームチーズも柔らかくしておきます。その間にリンゴが半透明になってきたので、レモン汁とシナモンを振り掛け煮詰める。そして火を止め放置。
狭いキッチンに大人2人でごちゃごちゃやるのも案外楽しいんじゃないですかね、と提案したのは僕だけど、2人揃って好んでキッチンに立つタイプではないので四苦八苦している。
「ところでなんでこんなリンゴあるのさ」
「すぅさんの御祖父様から頂いたそうです」
「あー…あのお節介じいさん」
「色々頂いているのに何言ってるんですか」
話しながらも作業は続く。常温にしたクリームチーズを混ぜ、グラニュー糖を加えさらに混ぜます。その間に卵を溶かしておき、チーズの中に少しづつ加えては混ぜ、加えては混ぜ。生クリームを入れてさらに混ぜ。ここら辺は腕が疲れてくるので交代しながらやっている。そこに薄力粉を入れて混ぜ合わせ、レモン汁を入れて混ぜ合わせ、僕らはすっかり腕がパンパンになった。レシピを見るとここでやっとこれをタルト生地に流し入れる工程になり、2人してため息をついた。
煮詰めたリンゴをいい感じに置き、余熱したオーブンで45分ほど焼けばやっと完成。焼き上がるまで何か飲もうと、食器棚からペアマグを出した。レンジで牛乳を温め、ココアパウダーを入れたのが黄色の、貰い物の紅茶のパックを入れお湯を注いだのが黒色のマグである。
「唐突にどうしたの?」
「何が」
「ケーキなんてがくぽが作ってくれるじゃんいつも」
「神威さんのケーキ、いつも美味しいですよね」
うちではいつも、誕生日やイベント事で食べるケーキは料理が得意な神威さんや猫村さんが作ってくれることが多い。だが今月から来月末にかけて、うちでは怒涛の誕生日ラッシュの上、クリスマスやお正月まである。さらに今年はマスターが成人するのもあり成人式の前に小さなパーティを催すと言っていた(これは我が家に一番最初に来た巡音さん主催らしい)ので、我が家のパティシエ2人はてんてこ舞いなのだ。
だから僕は自らそのケーキを辞退した、三十路近い僕なんかより、女の子たちにいっぱい美味しいもの作ってあげてください、と。今月はゆかりさん、来月はいあさんや巡音さんの誕生日もあるわけだし、何かと2人と関係の濃い人々故、気力も体力もそっちに削いでもらいたいしね。
「この2ヶ月で6人だもんね~、多いよね冬生まれ」
「冬生まれに縁がある、って言ってましたもんねすぅさん」
「あーあそこの家族も1月生まれの集まりだっけか、本人5月なのに」
焼き上がりを待つこの時間も楽しいんだ、と言ったのは誰だったか。確かにこののんびりとした時間もいいものだと思った。外はもう空気が肌を刺すようだが、日差しだけが入ってくる窓際でなら心地よく過ごすことができる。
日を浴びながら温かい紅茶を飲み、そして恋人と語らいながら過ごす午後。うん、最高すぎる。なにも誕生日だからって特別なことなんて求めない。むしろこうやって一緒に時間を過ごすことこそが特別で尊いものなんだ。
「……なにニヤニヤしてんの、キモいよ」
「酷くないですか!?」
きっと年取ったのねキヨテルも、と言われた時、焼き上がりを知らせる音が耳に届いた。
扉を開けると、ふわっと甘い香りが僕たちの顔を通り過ぎる。焼き加減もちょうど良さそうだ。チーズケーキは焼きたてよりも数時間冷やして食べた方が美味しいらしいので、夕飯の後にみんなで取り分けて食べよう。Lilyさんは待ちきれないようで目を輝かせているので、余ったリンゴの煮たものを小皿に入れて2人でつまむことにした。これも作った者の特権だよね。
「あーこれ最高に美味しい。あたし天才」
「計量とか細かい作業全部やったの僕ですよね?」
「このレシピ選んだのあたしだもん」
「そもそもレシピを検索したのは僕です」
「むー、キヨテルのケチ」
「ケチで結構」
甘いリンゴとおかわりした紅茶の組み合わせは案外よく、際限なく食べてしまいそうだ。と、突然目の前にずいっとリンゴが差し出された。こちらに向けられたそれを持つ彼女の顔は、リンゴのように真っ赤っか。すかさず心のアルバムに永久保存版として収める。こんなLilyさん、ウルトラスーパーレアだからね。
「……食べるの、食べないの」
「たべ、ますとも」
ほら早く、そう急かす彼女は先程より紅くなってきている。Lilyさん側から何かを仕掛けてくることはこの数年間でも片手で数える程度しかない。僕は些か緊張しながら、ゆっくりと口を開いて、目を閉じた。
「ただいま~キヨテルさんい、」
「……」
「……アンタって、本当に間が悪いよね」
結果から言うと、あの後甘い空気になることはおろか、雑談すら弾むことは無かった。レンくん、君のやつだけ切り分ける量少なめにしておくね。
***
いつもより少し豪華な、でもパーティというには物足りないような夕飯を終え、お昼に作ったケーキも好評だった。順番にお風呂に入った後で皆からプレゼントも貰い、心軽やかに部屋に戻る。とそこには、缶チューハイを持ったLilyさんが。
「なんでいるんです」
「あと数十分、誕生日ひとりきりで終わるなんて寂しいかな~って思って」
飲もうよ、と3%の缶を差し出して言うLilyさん。せっかくだから、彼女の誘いに乗って、飲みながら今日を終えよう。
令和最初の僕の誕生日は、こうしてゆったりと幕を閉じた。
あぁ、幸せだなあ。
***
「いやあ、僕は幸せものですよ」
「そうですか、それは良かったよ」
「大勢から祝ってもらえて、恋人とずっと過ごせる誕生日が幸せじゃないなら何を幸せって言うんです」
「……え、あたし達、付き合ってるの?」
「……………………え?」
特別ではないけれど【キヨリリ】
お久しぶりです。
マイページで投稿する小説はじつに3年振りくらいでしょうか。3年前といえばまだ高校生の進路も決めていない頃、今は専門2年目、進路決定時期がすぐそこに迫っています。ああまずい。
それは置いておいて、キヨリリを書きました。
久しぶりに小説を書くのに1日しかかけてない気がします。書こうと思いついて多分24時間とちょっとくらいしか経ってないと思う。
Twitterでは度々登場していたうちの子、気づいたらもう6、7年いるんですよね。だからキヨテル先生達とも長い付き合いなわけで。もちろんキヨテル先生とLilyさんのお2人も長い付き合い……の、はずなんですけどねえ?
改めて、キヨテル先生、ユキちゃんとmikiちゃんも、10周年おめでとうございます。
それでは。
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