ミクはソファーの上でダウンしていた。
うーん……心休まらない食事だった。ミクはもの凄い形相でオレを睨みつけるように見ていた。そんな視線を感じながらの食事というのは……たぶんこの先あり得ない状況だろうな。おかげで味がよくわからなかった。
そんな妙な緊張感を孕んだ食事が終わると、ミクは力尽きたかのようにソファーに横になったという次第だ。
「しかしアンドロイドも風邪を引くのか?」
「……引くわけないでしょ」
面倒くさそうに、額に手を当てながら答えるミク。呼吸も荒い。少し苦しそうだな。
「いや、どう見てもそれは風邪だろ?」
「風邪じゃないわ。そう見えるかもしれないけど、風邪とは別物よ」
「そ、そうか……」
とりつく島がないって感じだな。まあ、体調が悪いから機嫌も悪いんだろう。ここはそっとしておくか。
相変わらず砂の粒は飽きもせずに窓ガラスを叩き続ける。ガタガタと揺れる。不安定なリズムを刻みながら。だが、その音は不思議と不快ではなかった。むしろ心地良い気がする。
いつもミクを見るなり飛びついてくるミライも、今日は大人しく自分の宝の山の上で寝ている。ミクの調子が悪いのと、外が砂嵐になっている事を理解してるのだろう。やる事がないと悟ったのか、今日一日自分の寝床で寝て過ごすと決めたらしい。ホント、この小動物はお気楽だな、おい。
オレもする事がないので、ソファーに寄りかかってダラダラする。
部屋に響くのは、窓を叩く砂粒の音だけ。あとは静寂。
これはこれで悪くない。たまにはこういう無駄な一日があってもいいかもな。
そんな時だった。
「……が来るとね、こうなるのよ」
「……ん?」
急にミクが呟くようにしゃべり出した。おかげでちょっと聞き取れなかったが。
「砂嵐が来ると、こうなるのよ」
あ、ああ……風邪の話の続きか。
「ここは“砂塵”が濃い所なの。だから砂嵐になると、ここの“定常領域”が乱れるのよ」
“定常領域”──それは“砂塵”の影響から電子機器を守る空間。かつて世界中に“砂塵”が広がった際に生み出された技術。その技術のおかげで、“砂塵”で低迷しかけた人類文明は何とか持ちこたえ、そしてさらなる繁栄を手にした。
だが先の大戦は、ことごとくその“定常領域”を潰し合った。
人類にとっても、“セカンド”にとっても、電子機器は重要だった。生活する上でも、戦争する上でも。だから潰し合った。
その結果、栄華を極めた文明の大半は失われた。
生き残った人々は、各地にわずかに残っている“定常領域”をよりどころに生活をしている。そうやって、何とか残っている技術を使って細々と暮らしているのが現状だった。
「お前……まさか“定常領域”の中じゃないと生きられないのか?」
「私は“抗体”を持ってるから、“定常領域”の外でも生きていけるわ。一応ね」
「コウタイ……?」
そんな間抜けな声を出すオレを、ミクは苦しそうに顔を上げて見ていた。心なしか、その表情の中にもいつものようにオレを見下している色が入ってるような……。
「簡単に言えば、私の体の中に小さな“定常領域”を作ってるようなものよ」
「凄いな……。じゃあ、お前は世界中どこでも住めるのか?」
「……残念ながら、そんなに万能じゃないわ。確かに私は“定常領域”の外でも生きてはいける。“砂塵”の濃度が低いところだったら、という条件が付くけどね」
そこで一息吐く。やはり長く喋るのは辛いようだな。
「でもここは違う。時々起こる砂嵐はとてつもない濃度の“砂塵”を吹き付けてくるのよ。それも、“定常領域”を乱すほどにね。生身のあなたにはわからないだろうけど……アンドロイドの私にとっては苦痛だわ。わかる? 全ての制御系に不具合が同時に発生するのよ。自分が起きてるのか寝てるのか、立ってるのか歩いてるのか……そんな簡単な事すらもわからなくなるのよ」
「そうか……」
オレにはそれ以上何も言いようがなかった。
「喋るのも疲れるわね……少し休むわ」
「……ああ」
ミクはそう言って顔を天井へ向けて目をつぶった。苦しいのか、呼吸が荒く、胸が上下していた。その姿はまさに高熱に耐える少女だった。
やるせない気持ちになった。オレはこんなにピンピンしているのに、ミクだけが苦しそうにしている。その姿を見ていると、胸が痛んだ。
それと同時に、世界が彼女の存在を許容していない事を思い知らされる。
かつて人類が築いてきた機械文明。全てのデータをデジタル処理することで、全ての情報の共有化が急速に進んだ。その結果、それまで人類社会の大きなカテゴリとして存在していた“国家”というものや“宗教”というものが形骸化していったらしい。オレもそれらの事は言葉でしか知らないから、どういったものだったかのは知らないが。
機械文明の発展は人類社会に多大な繁栄をもたらした。だが、それと同時にこの星を破壊していった。人類社会が繁栄すればするほど、大地に砂漠が増えていった。大戦の前にあったいくつかの戦争は、これらの住環境の争奪戦だったらしい。それほどまでこの星は疲弊していたってわけだ。
その戦争の最中、“砂塵”が生まれてしまった。最初は、戦場で敵の電子機器撹乱のために使用されたらしいが、どういうわけか世界中に広がってしまった。そして、この星での電子機器の存在が否定される事になってしまった。それはつまり、電子機器の塊であるアンドロイドもその存在を否定される事になった。アンドロイドにとって、もはやこの星は死の惑星に他ならない。
──つまりミクは、世界にその存在すら否定されている。
“砂塵”に対する耐性がある事から、“定常領域”の開発後に造られたアンドロイドである事は間違いがないのだろう。だが、その頃には労働力としてのアンドロイドは時代遅れになっていて、その生産量も減少していったと歴史では習ったが……。
ミクはボーカロイドだと言った。それが、アンドロイドが不要になった時代になってもミクが造られた理由なのかもしれない。
そしてその理由こそが、オレ達に未来を──
「……ねぇ」
そこでオレの思考は途切れた。どうやらミクに呼ばれているらしい。
見ると、ミクは顔だけをこちらに向けていた。相変わらず顔は赤い。
「どうした?」
「眠れないのよ」
「そうか」
「……ダメね。全てのセンサーの測定値がおかしいのよ。気持ち悪くて眠れやしないわ」
「横になってもダメか……」
「幸い、聴覚は生きてるわ。測定値はおかしいけど、ソフト側で修正すれば何とか通常通り聞き取れるわ」
「そいつは良かった」
途切れる会話。そして、ミクはオレを睨んできた。
「……どうしたんだ? 不機嫌な顔がますます不機嫌になってるが」
「あなたってさ、本当に気が利かないわよね」
そう言って、苦しそうにため息を吐く。
な、なんでオレがそんなにガッカリされなきゃならんのだ?
「なんでそんなにガッカリされるのかわからないって顔してるわね?」
「お前、オレの心が読めるのか?」
「あなたがバカ正直過ぎるのよ。まったく……」
わ、悪かったな!
「あのね、私は眠れないのよ?」
「それはわかってる」
「つまり、退屈なの。それもわかる?」
「ああ、そうだろうな」
そしてまた途切れる会話。
ミクは苦しそうにしてるくせに、また盛大にため息を吐いた。くそ、なんかムカつくな。さっきまでコイツの事を心配して損したぜ。
「……あなたに的確な配慮を求めた私がバカだったわ」
なんだと、コラ。
「何か話してよ。私はこんなだし……とにかく気分を紛らわせたいの」
そう言いながら、ミクは顔を逸らした。顔がますます赤くなってるのは気のせいか?
最初からそう言えばいいじゃねぇか。まったく、素直じゃないな。
「何かって何だよ? オレはそんなに話題持ってないぜ?」
「だから何でも良いって言ってるでしょ。……例えば、あなたの事でも良いわよ。その、よく考えたらあなたの事、よく知らないもの」
「オレの事なんて聞いても、何にも面白くないと思うけどな」
「面白いか面白くないかは私が決めるわ。病人の言う事もきけないって言うの?」
病人ですか。都合が良いことだけ強調するなぁ。アンドロイドってこんなに利己的な考えをする生き物なのか? オレのイメージとは全然違うんだが。
「しょうがねぇな。……面白くなかったからって、怒るなよ?」
「それは、内容次第ね」
「……お前、いい性格してんな」
「そう?」
何事もなかったかのように彼女はオレを見る。負けたぜ、ちくしょう。
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A
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触れずに遠いまま
「ちょっと」呼び止めて
肩を叩いただけで...勘違い?

古蝶ネル
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