人の多い市街地、ひしめき合う人の波に潰されない、噴水の近く。噴水から柔らかそうな水が吹き出ている。噴水の近くに立ち、腕につけた時計にちらりと目を向ける。針が示す時間は丁度、3時。待ち合わせをしていた時間は1時で、もう2時間たった。約束をすっぽかされた。一人で滑稽に事切れたピエロのように操る主を待つみたいに2時間も待った。僕は今一人、これが答えなんでしょう、と自嘲気味に小さく笑みを零す。街行く人々が、流れる雲が、吹き抜けていく風が、噴水から吹き出る水が僕を嘲笑ってるみたいだ、早くここから逃げ出さなくちゃ、小さく震える足を無理に動かし彼女はその場を離れた。
目を伏せながら彼は言う。彼女が認めたく無い、一言を。認めることは簡単。だけど認めたく無い彼女にとってその言葉を鵜呑みにして頷くのは困難で。認めることで全てが終わり、また始まりを迎えて前に進めるのに、彼女は彼から視線を外し、スカートの裾を握り締め、涙が浮かぶ目をぱちぱちと瞬きを繰り返した。その言葉を聞いた昨日、そして今日。彼女は健気にも彼をまだ待ち続けている。
回って、回って。彼女は思考を巡り続けた。たどり着いた答えはまだ無い。空っぽの答えしかない。彼女があの言葉を認めるまで答えがでない。その日彼女は悪夢のような夢を見た。ずっと脳内で彼の告げた一言がずっと響き続ける。飛び起きて、落ち着くまで時間がかかった。その間冷や汗が噴出し、体温が低くなって、息がずっと荒れていた。認めざるを得ない状況で、彼女は布団に顔を埋める。そう、これが悲しい僕の末路だ、君にたどり着けないままだ、彼女は布団を涙で濡らした。

噴水があった広場から離れて数十分、彼女はまた、噴水のある広場へと向かっていた。もしかしたら、もしかしたら彼がいるかもしれないという淡い期待を胸に。だが、彼はいなかった。ベンチに腰掛ける人が電話をしていたり恋人同士で楽しそうに話をしていたり。地球から重力が消えてしまわないかな、と彼女は思った。そしたら僕は宇宙に落ちていって塵として消えていけるのに。彼女の思いを知らずに地球は今日も回っていく、そ知らぬ顔で回る。一人取り残されたような気分だった。
彼に電話をかける。数回のコールの後、彼がでる。「なに?」冷たい声に息が止まりそうになる。「あのね」口を開いてまた閉じる。小さく息を吸って1秒呼吸を止める。だけど、言いたいことが分からなくなる。何も言えずに彼女は立ちすくんでいた。「用事が無いなら切るよ、じゃぁね」ぶつり、と音がし、ツー、ツーと無機質な音が耳に届いた。
偶然と運命が重なって彼と彼女は出会い、恋に落ちた。それは必然で、勿論、別れも出会いの裏に潜んでいて。別れなんか知らないほうが、こなくていい、と思っていた。彼女は触れてしまった、彼の温もりに。優しさに。彼の笑顔で、その仕草で、僕は壊れてしまう。耳に届く崩壊の音。

回って、回って、回って、回りつかれて。息が、息が、息が、息が止まるの。
そこにある笑顔は誰の。誰に対しての。何に対しての彼の笑顔なの。

変わって、変わって、変わってゆく世界に身を置いた僕らが、自分自身が変わっていくのを怖がっている。変わっていくのが怖い。彼が僕から離れていくのが怖い、ただそれだけなんだ。だけど、もう糸はほどかれた。誰とも繋がってない小指の運命の糸はもう彼とは結べない。
「もう、いい。もう止める。ここで君を待つのは」俯いて小さく呟く。その声は街行く人々にかき消される。ここで待ったところで、いい事なんかない。僕が、壊れてしまうだけだ。彼女の頬に涙が流れる。ピエロが笑顔をずっと作り続けていた後にはその笑顔が消えてしまうように彼女から笑顔が消えた。

舞台の上でくるくるとピエロのように笑顔を浮かべ回って、回って、回って。疲れたの。すごく疲れて、息が、息が止まるの。ピエロのお面を取って、溢れる涙を拭いて、また笑顔をつける。
彼に電話をかけ、彼女が呟く。
「そう、僕は君が望むピエロだ。君が思うままに、操ってよ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

からくりピエロ【操り手はどこ】

からくりピエロはまりました。あらぶった結果です。 ブログの記事用に書いたやつを持ってきました。

閲覧数:309

投稿日:2011/07/24 17:51:10

文字数:1,663文字

カテゴリ:小説

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