次の日目覚めても、夢は夢のまま、現実に戻ることはなかった。
その次の日も、そのまた次の日も。
ここが過去であったとして、未来に戻るわけでもない。
ただただ、ここにいる時間だけが空虚に過ぎていく。
ふと、私はあの時代から、あの現実から弾かれたのではないかと思った。
しかし、その考えもすぐに掻き消えていった。
>>05
興味を持っても、すぐに飽きてしまう私を見兼ねたのか何なのか、カイトは自分のことをよく話すようになった。
興味関心がなかったとしても、聞いたことは記憶するのだと理解したからだろう。
もしかすると、カイトは私のことを未来人だと思っているから、記憶に残しておいてほしかったのかもしれない。
カイトは今、大学院を出て、いわゆるアルバイトの掛け持ちで生計を立てているらしい。
科学の分野が得意らしく、そういう職種につきたい願望はあるが、今のところ就職先は決まっていないそうだ。
そんな彼はカレーライスとカップラーメンが好きだと言う。
そういえば父もラーメンをビーカーに入れて作ったりしていたな、と思い出したが、将来そんな風になるのではないかと思うと口に出せなかった。
あと、友人は多いが、恋人はいないとかいう話も聞いたな。
私にとって関係のない情報ばかりだったが、きっかけはどうあれ、一応同じ家にいるのだから、少しぐらい理解してやるのも悪くないのだろう。
そんなわけで、もたらされた情報はきっちりと整理しておく。
「メイコさん、たまには外の空気でも吸いに行きませんか?」
思いつきのように口にした彼に、私は考えもなしに頷いていた。
カイトが財布をポケットに入れて、急かすように私の手を取って外へ出ていく。
楽しそうなカイトの横顔が、私の中に疑問を投げかけていたが、気にしないことにした。
疑問の声ははっきりと言葉にならず、自分の中で消え失せる。
「仕事ばかりで疲れちゃって。メイコさんは、家の中ばかりで疲れてませんか?」
笑いかけてくる彼を、私はただ不思議に思っていた。
表情などほとんど浮かべていない私に話しかけて、何が楽しいのだろう。
わからない、という言葉で頭の中が埋まっていく。
握られた手が熱い。
手から彼の感情が私の中に入ってくるのではないかと、わけのわからないことを考えてしまう。
「わからないよ。家の中にいても外にいても、同じだろう。時間の流れは変わらない。何故君は、」
疑問が口から零れそうになって、きゅっと唇を引き結んだ。
無意味なことだと私は知っている。
他人の意見を聞いたところで、自分の考えと人の考えは違うのだ。
一気に頭が冷めていくのを感じた。
柄にもなく、ここへきてから少しばかり熱くなっていたらしい。
途中で止めたにも関わらず、私の中の疑問を感じ取ったカイトが「んー」と唸った。
私が答えを必要としていないとは露とも知らず。
「本当に変わりませんか? 時間の流れは同じでも、そこでの選択によって見えるものも聞くものも違います。それは全て退屈なことでしょうか?」
口を噤んだまま、私は答えられない。
返す言葉は、私の中になかった。
いつだって私の中は空虚で、人に答えるための自分の意見などない。
確認のための言葉、事実、それは私の意見ではない。
苦しい、息ができないみたいだ。
「今、僕はメイコさんの手をとって外へ繰り出しました。僕の手の温度に初めて触れて、あなたは何か感じたはずです。それは、本当に退屈なことですか?」
わからない。わからないよ。
胸が締め付けられるように痛むのは、彼の手が熱く感じるからなのだろうか。
久しく触れていなかった人の体温に触れて、自分の心音がちゃんと聞こえてきた気がしたのもそのせいなのだろうか。
わからない。わからない。
頭を抱えそうになる。
わからない。わからない。怖い。
真摯な青の双眸が私を見据えている。
「あなたがする選択で、あなたの関わるものは限定されます。メイコさんはきっと、今まで世界を狭める選択ばかりを選んできたんですよ。関心を持てないんじゃなく、知らないものや事象が怖いだけなんでしょう。考えることを拒否するのは、自分の中に答えがないかもしれないということも怖いからなのだと思います。ただ、臆病なだけだ」
ざわざわと胸の辺りが音を立てた。
事実を告げられたからなのかと自分に尋ねてみるが、返ってきたのは嵐のような激情の熱。
「違う……違う、私は恐れているわけじゃ、」
「メイコさん……」
気付いた時には、手を引かれて彼に抱きしめられていた。
言葉で否定しても、視界が滲むのが止まらない。
それが涙なのだと気付くのに、数分を要した。
悲しかったのか、苦しかったのか、嬉しかったのか……私にはわからなかったが、涙はどうしても止まらない。
一生分の涙を流したのではないかというほどに、私は泣いた。
その間中ずっと、カイトは私を抱きしめたままだった。
――この日私は、初めて世界と人の温かさを知り、人間となったのだろう。
まだ、自分では気付いていなかったが。
>>06
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