6.血X絆Xタクト

 しばしの沈黙がその場を流れた。
メイコの目は左上を向いたまま、わずかに泳いでいる。
「やべー、そうだった! ミクー、味噌汁作ってる場合じゃないって、急いでじゅんび――」

沈黙を慌てて破り去り、メイコは後ろに立っているミクの方を向き直った。
ミクは、ゆっくりとエプロンをとっている最中だ。
しかし、髪はきちんと左右両側で結えてあるし、服も外出用の物に着替えてあった。

「ミクはもう準備万端じゃ、それでもお前が起きるのを待っておったんじゃぞ?」
トラボルタがメイコの後ろで、片手でおでこを支えるようにして、首を振っている。

 クリプトンには、わずかながら規則というものが存在する。
メイコ(当時はシンデレラ)が創設当初、定めたものもあれば、後に追記されたものもあるが、
何はともあれ、クリプトンでは16歳にならないと、ギルドでの仕事を請け負っては
ならないという規則が存在している。これは一人で仕事をするのに、責任能力相当であると
みなされるのが、その程度の年齢が妥当であろうという、ありがちな考えによるものである。

これは、本人を守るためでもあった。いまだ、世間ではメルターに対する偏見は根強かった。
ギルドでの仕事では否応なしに、そういった風(かぜ)を感じてしまうこともある。
その風には、幼いままの心では耐えきれなくなる時もある。ということも考慮に入っている。

それは、幼い時からメルト症候群であった創設者本人の希望が強く反映されたいた。

とはいえ、実はミクは誕生日はおろか年齢も正確なものではない。
彼女の本当の年齢を知っている者は、あの事件以降いない。

現在の誕生日や年齢は、ミクという名前になった日を10歳の誕生日として、、
メイコが勝手に決めたものである。昨日は新しい名前になってちょうど六年経った日であった。

「それじゃ、行ってくるからの」
トラボルタとミクが玄関先で、メイコに出発の挨拶をしている。

「あっ、ちょっと待って……」
メイコはそう言うと、慌てた様子で家の中に戻っていった。
玄関からは、カンカンと一定のリズムで金属音が漏れ出ている。

どうやら、家の中をメイコが駆けまわっているようだ。
小気味良いリズムの金属音の正体は、彼女の義足が床と当たって奏でている音だ。

「何をやっとるんじゃ? あいつは……」
疑問に思いながらも「待て」と言われた以上は、このまま玄関先で彼女を待つしかない。

しばらくして、メイコは玄関に戻って来た。その手には何かが握られている。
「ミク!!」名を叫ぶと、メイコはその手に握られていたモノを、勢いよくミクに放り投げた。

なにやら棒状のモノは、シュルシュルと風を切りながら回転して、少女の元へ向かっている。
トラボルタは、それをかわすように、とっさに後ろに飛び退いた。
ミクは、向かって来るモノを、身動きもせず、じっと見続けている。

パシッ という音と共にそのモノは、ミクの手にきっちり納まっていた。
「ナイスキャッチ!!」メイコは片目をつむりながら、賞賛している。

トラボルタは、その飛んできたモノをよく見てみた。
「こ、これは…… 刀…… メイコ、お前の刀じゃないか!」

ミクは、久しぶりにまじかで見るメイコの愛刀を、しげしげと眺めている。
「誕生祝いだー、大切にしろよ」
メイコは、両手を振りながら、二人に届くように大きな声で言った。

トラボルタが慌ててメイコの元へ駆けだした。
「なんで、あんな物騒なものをミクに渡すんじゃ。
前から言ってある通り、ミクには危険な仕事などさせないように便宜を図っておる」
離れた所にいるミクには、聞こえないようにメイコに話しかけた。

「わかってるよ、ちょっとした護身用さ……おーい、ミクー」
簡単にトラボルタをいなすと、メイコは再び大きな声でミクに呼びかけた。

「もう、それはお前のもんだから。お前がその刀に銘(な)を打ってやれ」
自分の武具に銘を打つというのは、剣士の間ではそれなりに崇高な意味がある。

彼女の愛刀には『鬼殺し』という銘があった。
しかし、それは赤のいかずちであったシンデレラの愛刀の銘であり、
ミクに渡した時点で、その銘はすでに過去のものである。

ときに、この刀の過去の銘『鬼殺し』は、実は主人がある時飲んでいた酒のラベルを見て
決めたものであるというのは、ここでは語らない方がいいかもしれない……。

ミクは、鞘に納まった刀をじっと眺めている。
メイコは、ぎゃーぎゃーと文句と言っているトラボルタを、ゆるゆるとなだめている。

それほど時間が経つことなく、刀の銘が決まり、その銘をミクはゆっくり口にした。
「Takt Vom Blut……(タクト フォン ブルート)」

「む? それは旧時代の言葉じゃな…… えーと、確か……」
先ほどまで文句を垂れていた老人は急に静かになり、衰えた記憶を頼りに翻訳を試みている。

「……血のタクト、……いい銘じゃんか」
老人の翻訳が終わるよりも早く、メイコがその言葉の意味を口にした。

「ぅなっ!? なんと物騒な……、いかんぞ!! そんな銘は。もっと女の子ぽい銘に――」
再び、老人は文句をつけはじめた。しかし、その文句は銘をつけたミク本人ではなく、
なぜかメイコへと向けられている。
「そもそも、おぬしがあんなものを――」

「わかった、わかった」とメイコがトラボルタをなだめていると、
ミクが無言のままGOODサインを、メイコに見えるように突き出した。
トラボルタは、メイコの方向を向いているために、そのサインを見ることはできない。

メイコは軽くウインクをしながら、トラボルタには見えないようにGOODサインを返した。
「なーにが、おかしんじゃ。いいか、昔からお前は――」
メイコのウインクだけが見えたのか、老人の怒りはさらに込み上げてきたようだった。

「いいのか? トラボルタ。あいつ一人で行かせても……」
そう言うと、メイコはトラボルタの後方を指差した。
トラボルタは、その突き出された腕をなぞるようにゆっくりと指の差す方を確認した。

はるか遠方、少女の後ろ姿が遠ざかって行くのが老人の目に見てとれた。
「おぅーい、待っておくれよ。ミクや~い」

 メイコは、少女と老人、二人の姿が遠ざかって行くのを玄関先で眺めている。
一人になったメイコは、ぽつりと独り言をつぶやいた。
「違うよ、トラボルタ……『血のタクト』、血にはもう一つ隠された別の意味があるんだ。
それは、繋がり、絆…… 『絆のタクト』。ありがとう、ミク……」

う~ん、とメイコは、天に向かって思いっきり背伸びをした。
「さーて、ミクの作ってくれたお味噌汁でも飲むかー」

メイコは、ゆっくりと家の中へと入って行った。
閉じられた玄関のドアには、CLOSEの文字が見えるように向けられた表札がかかっている。

ライセンス

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紅のいかずち Ep1 ~紅のいかずち~ 第6話 血X絆Xタクト

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http://piapro.jp/collabo/?id=12467

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閲覧数:78

投稿日:2010/06/26 13:39:39

文字数:2,849文字

カテゴリ:小説

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