第四章 05 後編
「しかし……それほど劣勢だったのであれば、犠牲も多かったのではありませんか?」
男はそこで、ようやくそれを聞く事が出来た。
焔姫が一番触れられたくないと思っている話題。だがそれこそが、焔姫の考えを一変させる事が出来る。
「そりゃあそうだ。だけど、姫様がいなかったらそんなもんじゃ済まなかっただろうよ。この街なんてあっという間に占領されて皆殺しになっちまってるかもしれねぇ。そりゃ犠牲はあったが、姫様はそれ以上にこの街の大勢の人々を救って下さったんだ」
客が自慢そうに言い終えたところで、今度は店主が告げる。
「それに、姫様は死んじまった奴らの事をないがしろになんかしなかった。俺らにちゃんと伝えた上でまる一日かけて弔ってくれた。そこまでして下さる将軍が他の国にいるか?」
店主の言葉に、男は首を横に振る。
「いえ……言われてみれば、他の国では聞いた事がありませんね」
たいていの場合、戦に勝った将軍はまた新たな戦場を求めるだけだ。過去を振り返る事など滅多にしないだろう。
「だろ。この街に焔姫の事を恨む馬鹿なんていやしねえよ。死んだ奴らだって、姫様の役に立てたんだから誇らしいに決まってらあ。あんちゃんも焔姫の事を話す時は気をつけな。ちょっとでも馬鹿にしてみろ。あっという間に街中の奴らにボコボコにされるからな。そんときゃ、俺だってキツい一発をくれてやるからよ」
店内の客も声を揃えて「俺らだって一発くれてやるからな、気をつけろよ!」と笑った。
その言葉こそが、男が焔姫に聞かせたい事だった。
男はそれを聞かせるために焔姫をここに連れてきたのだから。
「めっそうもない。焔姫が素晴らしい人格者だという事はよく分かりましたよ」
「……」
焔姫は言葉を発する事が出来ないままだ。見たところさっきから変わらない様子に見えるが、その琥珀の瞳は潤んでいるようにも見える。
「何だ。キンディーのやつ勝手に死にやがって何て思ってたが、言われてみりゃ旦那の言う通りだな。ちゃっかり姫様に弔ってもらってやがる。あいつずいぶんな幸せもんじゃねぇか」
「俺も戦に出りゃよかったな。生き残れば姫様の活躍に貢献出来て、死んだって姫様が手厚く弔ってくれる。どっちに転んだっていいこと尽くめじゃねぇか」
酒場の客たちが口々にそんな事を言う。その誰もが焔姫を褒め称え、恨み言を口にする者など誰一人としていはしなかった。
それを目の当たりにしてもまだ信じられないのか、焔姫は唇を引き結んで黙っている。
「おめぇさんが姫様の事に興味津々だから、嫁さんが嫉妬してるぞ」
そんな焔姫の様子を見て、店主がそう言う。店主の勘違いを正すわけにもいかず、男も苦笑を返すしかない。
男はようやく麦酒を口にして、微動だにしない焔姫を前にほほ笑んでみせる。
「これが……民の声ですよ。貴女はこれだけ民に慕われ、敬われている」
「……」
「確かに、命を落とした者たちを悔やむのは必要な事なのかもしれません。ですが、姫はこうやって救う事の出来た多くの人々の気持ちも知るべきです。そして、自分自身を許す権利がある」
「……」
焔姫の瞳には、はっきりと困惑が見て取れた。それは男が今までに見た事のない、焔姫が今まで誰にも見せた事のない弱さに他ならなかった。
「……そうじゃな」
ようやく、焔姫はふっと笑みをこぼしてそう言った。
「余も、余自身を許してやらねばな」
男の知る限りもっとも柔らかなほほ笑みを浮かべて、焔姫は麦酒をあおった。
「――っ!」
途端、激しくむせた。
「だ、大丈夫ですか?」
「何じゃこれは……こんな苦いものをよく飲んでられるの……」
咳き込む焔姫に、男は目を丸くする。
「麦酒……飲んだ事がないのですか?」
初めて見た焔姫のそんな姿に、男は思わず笑みを見せる。
「おいしいのに」
そう言って麦酒をあおる男に、焔姫はふてくされたような視線を向ける。
「どこがじゃ。好き好んでこんな苦いものを飲むなれの気が知れぬ」
再度酒杯に恐る恐る口をつけ、焔姫は顔をしかめる。
「……では、葡萄酒を頼みましょう。それは私がいただきますよ」
そう言って酒杯を取ろうとすると、焔姫はその手を払った。
「……姫?」
「これは余のものじゃ」
「しかし、嫌いなのでしょう?」
「そこまでは言っておらん」
「……相変わらず、負けず嫌いでいらっしゃる」
「……何とでも言うがいい」
笑う男に、焔姫はむすっとして酒杯をあおると、ものの数秒で飲み干した。
「――っ」
ほほが上気し、赤く染まる。少しとろんとした焔姫の視線に、男はどきりとしてしまう。
「余のものを取ろうとするとは、不届き者じゃな」
「いえ、そういうつもりでは……」
釈明するが、焔姫は妖艶な笑みを浮かべている。からかわれているのだと遅れて気づいた男は苦笑してしまった。
店の外から弦の音が響いてくる。
流れの吟遊詩人が大通りで演奏を始めたようだった。見れば流れの吟遊詩人は、男が普段使っている弦楽器の仲間ではあるが、やや異なった形のものを手にしている。吟遊詩人の手前にはうら若き踊り子がおり、曲に合わせて踊りを舞う。
どうやらそれは、焔姫の歌のようだ。
しかし、男の聞く限り、それは鮮烈に耳に残るような旋律でも歌詞でもない。よくあるありきたりな曲にありきたりな歌詞だった。
だが、今この場においてはそんな事は些細な事に過ぎなかった。
店内に流れてくる歌に皆は陽気に手を叩き、踊り子に誘われ店から出る者もいる。焔姫自身も、心地よさそうに聞き入っていた。
店の外では、店から出ていった者たちが吟遊詩人や踊り子の周りで踊りだしていた。その光景を、焔姫はどこか羨ましそうに眺めている。
「どうかされましたか?」
「いや……。余は、幸せじゃなと思ってな」
男は自らの勘違いに気づく。
焔姫の視線は“羨ましさ”では無かった。それは、自らのやんちゃな子どもを見るかのような“慈しみ”だったのだ。
焔姫は誰よりもこの国と民を愛してやまない。王宮にいる者でその焔姫の思いに気づいている者は皆無に近いかもしれないが、それでもこの国の民はその事をよく理解している。その事実に、焔姫はようやく納得出来たのだ。
自らの悩みも苦しみも、そして苛烈な振る舞いですら無駄ではなかったのだと分かった事が、きっと嬉しいのだろう。
「ここに来た事、無駄では無かったでしょう?」
「……よかろう。くだらぬ事だと言ったのは余の過ちじゃ。認めようではないか」
焔姫は降参したように苦笑する。
「……せっかくじゃ。帰る前に余と踊れ」
焔姫は立ち上がり、男を店の外の踊りへ誘う。
「私が……ですか?」
「なれの他に誰がおるのじゃ」
「歌はともかく、踊りなどやった事が――」
「余も、こういった踊りは初めてじゃ。余だけに恥をかかせるつもりかえ?」
つまらない言い合いなどさせるなと言いたげに、焔姫は男を引っ張り立ち上がらせる。
そこまでされて拒否も出来ず、男はテーブルの空の酒杯の横に代金を置くと、焔姫に手を引かれて店の外に出た。
麦酒のせいか、焔姫はいつものしっかりした足取りではなく、少々ふらつく危う気なものになっていた。
「姫、大丈夫なのですか……?」
「ふふ……そう思うなら、なれがしっかりと支えればよかろう」
焔姫の優雅なほほ笑みには、ほんのりと色香が漂ってさえいるようだった。男は返事など出来るはずもなく、顔を赤くしてしまう。
それは、日が沈み暗くなっている事に、心底感謝してしまうくらいだった。
店の外では、吟遊詩人と踊り子の周囲に小さな輪が出来ており、人々がそれぞれ思うままに踊っていた。
焔姫はおもむろに踊り子の横まで近づくと、見様見真似で踊りだす。しかし、そこはやはり元々の気品さが物を言うのか、焔姫の踊りも踊り子に負けずとも劣らない優雅な舞だった。
「なれも早く来てたもれ」
踊りながら焔姫はそう誘うが、男は中々踊りの輪に入り込めない。
「まったく、世話の焼けるやつじゃ」
笑いながら、焔姫は男の手をつかんで引っ張り込む。美女が男を引っ張るその光景に、周囲の者たちが喝采をあげた。だが、明らかに踊れそうもない男の様子に笑いがあふれる。
「うわっ、ちょっ……!」
周囲の者に聞こえてしまう事をおそれ、男は「姫」と呼びそうになるのをぐっとこらえる。
男は焔姫に引かれるまま輪に加わると、ぎこちない足取りでステップを踏む。周囲の者には笑われてしまっているが、目の前の焔姫は今までにないほど上機嫌だった。その様子を見て、焔姫が喜んでくれているのならそれでいいか、とも思う。
「……カイト」
踊りながら、焔姫は男にだけ聞こえる声で男の名を呼ぶ。
男はステップに必死で返事をする余裕も無く、ただ焔姫を見てまぶたをぱちくりとさせた。
「……ありがとう。何もかも、なれのお陰じゃ」
焔姫は一瞬だけ男を見るが、踊りを続ける彼女がどんな顔をしているのかは推し量る事が出来なかった。もしかしたら気恥ずかしかったのではないだろうか、などと男は考えてしまう。
慣れない事を言う、その気恥ずかしさを紛らわすためにこんな事をしているのではないか、と。
それはまた、焔姫の知られざる一面を知り得たのではないかと男には思えた。
ようやく焔姫の曲を作るきっかけが見えた気がした。
曲作成の依頼から実に九ヶ月以上かかって、やっと曲の輪郭が見えてきたのだ。これで駄作など作ろうものなら、男は自分自身を呪うだろうとまで思った。
その代償だったと思えば、下手な踊りでみっともない真似をさらすくらい、どうという事もない。
そう思っていると、大通りの向こう――王宮の方から、近衛兵たちが慌てて走ってくるのが見えた。
物々しいと言うよりは混乱した様子の彼らを見て、男と焔姫は二人の時間の終わりを悟ったのだった。
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