第二章 ミルドガルド1805 パート17

 「うぁあ、美味しそう。」
 リンが目の前に用意された食事を見て、その様に声を上げた。その後結局、リンの一行はロックバード邸に一晩の宿を借りることにしたのである。ロックバード邸は流石かつてのルワール王国の居城であっただけあり、その敷地は相当の広さを誇っている。今リン達がまさに食事を取ろうとしている食堂も、派手ではないが十分な面積を持つ一室であった。
 「お口に召しますかどうか。なにしろ、人様のために食事を用意するのは久しぶりですので。」
 謙遜をしながら、それでも笑顔でフレアはそう言った。その口調にはしかし、夫と離れ離れとなっている、待つしか出来ない女の哀れさは微塵も見えない。むしろ家長の代理として堂々と振舞うフレアの姿にリンは微笑を返し、そしてこのように答えた。
 「とても美味しそうよ、フレア。それにいい加減旅の簡易食に飽き飽きしていたところだったから。」
 リンはそう言うと、両手を組んで食前の祈りを捧げ始めた。それに合わせてハクが、続いて全員が祈りを捧げる。修道女として生きるようになって以来、リンの日常ともなっている行為だったが、それだけではない。今日もまた、飢えることなく日々の食事を取ることができる。飢饉を発端とした黄の国の滅亡を経験して以来、それ自体が奇跡だとリンは考えるようになっていたのであった。
 その豪華とは言いがたいが十二分に舌を満足させるだけの食事を終えた後、リーンは眠たそうな眼をこすりながらすぐに用意された寝室へと引っ込んで行った。それに合わせるようにルカとメイコとウェッジが連れ立って食堂から退出してゆく。相当疲労が溜まっているのだろう、と考えながらリンはリーンを見送り、その後はフレアと一緒に食事の後片付けを始めたのである。当然、ハクも一緒であった。
 「そんな、リン様にお手を汚させる訳には行きませんわ。」
 突然に白磁の皿を持ち運び始めたリンに対して、フレアはそう言って恐縮の態度を示したが、それに対してリンは笑顔でこう返した。
 「今のあたしは女王でもなんでもないわ。それに、この人数分を一人で片付けるのは大変でしょう。」
 リンはそう言うと慣れた手つきで食器を片付け始めた。それに驚いたのはフレアである。
 「リン様、いつの間にこのようなことを・・。」
 複数枚の皿をいとも簡単に持ち上げたリンは、皿を落とさないように上手くバランスをとりながらこう答えた。
 「黄の国が滅亡してから、あたしルータオ修道院で修道女として過ごしているの。当然食事は自分で用意しないといけないし、このくらい簡単よ。」
 リンはそう言うと食堂の隣にある厨房へと向かって歩き出した。その後ろに同じように皿を両手に持ったハクが続く。その様子を見て、フレアも何かを諦めたのだろう。結局リンとハクと一緒になって後片付けを始めたのである。まるで仲の良い母娘のように楽しげな言葉を交わしながら後片付けを終えた後、ハクは何かを思い出したかの様にリンに向かってこう言った。
 「ねぇリン、今日はまだ早いし、少し星を見に行かない?」
 
 「案外、平穏な旅ができているわね。」
 食堂とは別室、フレアから少人数の会合に適した小部屋に移動したルカは、同行させたメイコとウェッジに向かってそう声をかけた。小ぶりのテーブルを挟んでそれぞれが任意の椅子に腰掛けている。ガラス製のテーブルの上に置かれたものはメイコが街の酒場から用意したウィスキーのボトルと、三人分のグラスであった。
 「青の国から詮索が入ると思いましたが、裏街道を通って来て正解だったのでしょう。」
 メイコはそう言いながらルカとウェッジ、そして自身のグラスにウィスキーを満たしていった。暗黙の了解とばかりに三名それぞれがグラスを手に持ち、そして乾杯とばかりに軽くお互いのグラスを合わせる。小さくグラスの音が室内に響き渡った。
 「でも、ロックバードが旅に出ていることは意外だったわ。」
 ルカはウィスキーをゆったりと味わうように舌で舐めてからそう言った。メイコが一口でウィスキーを飲み干した姿とはまるで対照的である。
 「まだ、レンが生きていると信じていらっしゃるのですね。」
 僅かに視線を落としながら、メイコはそう言った。四年前にロックバードが釈放され、自由の身となったとき、メイコは結局ロックバードの元を訪れることは無かった。新体制となったゴールデンシティ総督府の体制確立のために多忙だったということもあるが、それは本当の理由ではない。結局、メイコは最後まで戦い抜いたロックバードから逃げたのである。ロックバードが裏切った私にどんな想いを抱いたのか。恨みか、怒りか、おそらくその様な感情なのだろうとメイコは推測している。そのロックバードに対して、どんな表情で対面したらよいのか、未だに分からない。今も尚、ロックバードの不在に対して安堵している自分がいるのだから。
 「本気で黄の国を再興させるおつもりなのでしょうか。」
 沈黙が覆いかけたその瞬間に口を開いたのはウェッジであった。黄の国の再興。それは即ち、いまや史上最大の国力を有したミルドガルド帝国に対して反旗を翻すことに他ならない。いまや私兵程度の兵士しか持たぬロックバードは一体どんな戦略で大陸最強の帝国と戦うつもりなのか。ウェッジの言葉にそう考えたルカは暫く考えるように自身のふくよかな唇の上に軽く曲げた人差し指を当てて、そしてこう言った。
 「或いは、贖罪のためか。」
 「贖罪、ですか。」
 ウェッジの問いかけに、ルカは小さく頷いた。あのロックバードが今も尚生き続けている。黄の国はロックバードにとっては全てであったはずであり、滅亡と共に自害してもおかしくはなかった。それを拒否する明確な理由。それは逃亡したとされるレンを探し出すことであり、黄の国を復興させること。それだけを目的としてロックバードは今を生きているのではないだろうか。そのロックバードとリンを対面させれば、果たしてロックバードはどのような行動に出るのだろうか。本気で黄の国を取りに行くのか。それともリンに対して改めて永遠の忠誠を誓い続けるのだろうか。リンを危険な場所に立たせることはロックバードも本意ではないでしょうけれど、とルカは考え、そしてウェッジに向かってこう言った。
 「いずれ縁があればもう一度会うこともできるでしょう。」
 ルカはそう言うともう一度ウィスキーを僅かに口に含んだ。そして言葉を続ける。
 「明日以降の行路を確認するわ。地図を。」
 その言葉に対して、ウェッジが懐に手をやりながらルカにこう訊ねた。
 「全国版と地方版がありますが。」
 「地方版でいいわ。旧緑の国の記載はあるわね?」
 「勿論です。」
 ウェッジはそう言うと丁寧に折りたたまれた地図を取り出して、テーブルの上に広げた。その直後にメイコとルカが地図を覗き込む。続けてルカは地図の一点を指し示した。目的地の場所、即ち迷いの森と呼ばれる一角である。
 「直に迷いの森へと向かうこともできるけれど、一度グリーンシティに立ち寄ったほうが良さそうね。」
 ルカはそう言いながら指先を僅かに南下させた。グリーンシティと迷いの森の直線距離はおおよそ十キロと言ったところである。
 「まさかこんな形でグリーンシティへと戻るとは想像もしておりませんでした。」
 そのルカの言葉に、感慨深げにウェッジはそう答えた。そのウェッジに一つ頷いたルカは、続けてメイコへと視線を移した。直接的な要因を作った訳ではないとはいえ、メイコは未だに緑の国の虐殺を発生させた原因は自分自身にあると考えている節がある。そのメイコが素直に虐殺現場となったグリーンシティへと赴くとは考えにくい。そう判断した上でのルカの行動ではあったが、そのルカの視線に気が付いたのか、メイコは妙にはっきりとした口調でこう答えた。
 「大丈夫です、ルカ様。過去を受け止める覚悟は出来ておりますわ。」
 強がるように、無理をするようにメイコはそう言った。そのメイコに対してルカは軽い溜息をつくと、続けてこう言った。
 「必要以上に無理をすることはないわ。」
 私も甘いな。ルカはそう考え、珍しく自虐するようにその表情を軽く歪めた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South North Story  35

みのり「お待たせしました!第三十五弾です!」
満「レイジから伝言だ。『昨日夜更かししたから眠い。』っておい!」
みのり「ということであたし達のコメントも短めにお願いだって。」
満「あの野郎。」
みのり「仕方ないよね。最近忙しいし・・。では次回もよろしくお願いします!」

閲覧数:294

投稿日:2010/09/12 16:29:49

文字数:3,401文字

カテゴリ:小説

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  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    こんばんはー。更新お疲れ様です。
    なんか話の続きが気になります。ものすごく。
    やっとテスト落ち着いたのでゆっくり見れました。

    またハクの上目遣い見たいですね(^▽^)
    次の更新も頑張ってくださいね。
    更新は自分のペースが大事ですから。もちろん、体調管理もです。
    では、失礼しました。

    2010/09/12 18:57:09

    • レイジ

      レイジ

      テストお疲れ様でした!
      お読みいただきありがとうございます!

      ハクの上目遣いもう一度だそうかな?。と思いました☆
      可愛いですよねハク・・。

      では今後も頑張ります!続きをお楽しみください!

      2010/09/12 19:48:26

  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    ご無沙汰しています。sunny_mです。

    ロックバード・セリスとはすれ違いでしたが、それはそれで良かったような。
    ちょっと彼らをゆっくり休ませてあげたいような。
    そんな気分です。
    だけどきっと、この休息もすぐに破られてしまうんだろうな~。と、どきどきしています。
    アクも動いているし、ジャノメもなんか気になるし、ウェッジはなんかもう!もっと頑張って!!だし!ハクの上目使いは最終兵器だし(今更なネタでごめんなさい)!!!
    つ、続きが気になります、、、!!!

    それぞれ何を考えているのか、何を思って戦うのか、とか考えると切ないです。
    ちなみに私的に一番切ない人は、アクかもしれません。強いからこそ切ない。
    なんて、また妄想が暴走しそうだ(笑)

    それでは、長々と失礼しました。

    2010/09/12 17:33:47

    • レイジ

      レイジ

      改めましてお久しぶりです!

      いや、凄いタイミングでしたね(笑)
      お読みいただいてありがとうございます!
      ロクセリはもう暫く後に活躍し始めます。もう少しだけのんびりまったり旅を続けてもらいましょう♪

      いや?なんかそう言っていただけると本当に嬉しいです♪
      続きが楽しみって言葉が一番のエネルギーになりますから!

      アクはある意味でヒロインなんですよね。仰るとおり、多分一番悲しい運命を背負うことになるのかなと思います。
      妄想大歓迎ですよ!また作品作っていただければ本当に嬉しいです♪

      ではでは、続きもご堪能くださいませ!

      2010/09/12 19:46:57

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