『生まれて初めて見たものは何ですか?』

つい最近雑誌のインタビューでそんなことを聞かれた時、リンは即座にメイコ姉だと答えた。
『インストールされて目が覚めたら目の前にめぇ姉がいて、ぎゅって抱きしめてもらったの』
嬉しそうに思い出を語るリンを横目に、おれはしばし考え込む。

 こんにちは、レン。俺のはじめての弟。

生まれて初めて、目にしたもの。
それは、本人には絶対絶対言えないけれど。
おれが鏡音レンとして生まれる前からずっとずっと憧れていた、鮮やかな青色だった。



*


「ねぇねぇめーちゃん、あーんして、あーん」
「……」
「あ、口移しでもいいよ?むしろそっちのがいい?」
「……」
「めーちゃんってば、こっち向いてよ、ねぇねぇねぇねぇ」
「っさい!もうすぐ出来るんだからあっちでおとなしく待ってなさい!」
「ごふっ!!」

夕飯時、キッチンから聞こえるのはいつも通りの痴話喧嘩。どちらかが不在の時以外必ず成される会話に「ようやるわ」と溜息をつくと、ソファで俺の膝に寝そべって雑誌を読んでいるリンがおかしそうに笑った。
「毎日毎日元気だよねぇ、カイ兄」
「…だな」
長姉の叱咤と長兄の情けない声を聞きながら、おれはポーズ画面にしていたゲームを再生する。ラスボス戦の途中で止まっていた時間が動き出す。こいつさえ倒せばクリアなのに、この魔王が嫌がらせのように強い。目下7連敗中だ。
「ちゃんと全部エレメント取った?」
「取った」
「早く倒してよね、じゃないとモンハン出来ないじゃん」
「わぁってるよ」
「超がんばれー」
「おー」
ぱたぱたと気だるげに足を動かすリンからまったく気持ちのこもっていない応援をもらって、おれも生返事を返す。
だめだやっぱりこいつ強すぎる。一撃で瀕死のダメージに思わず呻いてしまう。
「ねぇねぇ、レン」
「…なに」
「こないだのインタビュー、結局なんて答えたの?」
「…インタビュー?」
前後の脈絡のない質問に思わず眉を上げる。
「覚えてない?」
「…覚えてるも覚えてないも、そもそも何の話だかわからん」
リンと会話はあっちに行ったりこっちに行ったり自由なのでキャッチボールをするのが大変だ。本人曰くそれなりにちゃんと筋道を立てて話しているつもりらしいが、あくまでつもりでまったく他人には伝わっていない。良くも悪くもそれを咎めるような人間はうちにはいないので、改善の兆しは一向に見られない訳なんだが。
あ、ミスった。回復魔法をかけ損ねたパーティーが一人死んだ。しかも一番攻撃力の高い戦士だ。まずい、勝てる気がしない。
「だからぁ、生まれて初めて見たものは?ってやつ」
「…ああ」
「レン、すぐ思い出せないとか言って結局あたしがいる時は答えなかったじゃん」
「……」
「だから、なんだったのかなーって」
くるん、とうつ伏せから仰向けになって、膝枕の状態でリンがおれを見上げる。その表情は完全に答えを期待しているが、正直おれはそれどころじゃない。今まさに主人公も死のうとしてるところだ。
「…そのうちマスターから見本誌送られてくるだろ」
「そうだけどー。隠されると気になるじゃん」
「別に隠したわけじゃねーよ。思い出すのに時間が掛かっただけ」
「じゃあ今教えてよ」
「……」
「ねー、教えてよー」
「……」
「レンのけち。はげ。ナス」
「ナスってなん…あっ」
くだらない応酬で一瞬目を離した隙にボタンを押し間違えた。声優渾身の断末魔と、やがて流れてきた悲壮感漂う音楽とボスの笑い声ももう8度目だ。ゲームオーバーの文字を見る前に問答無用で電源を落とす。

「リーン、ちょっとお手伝いしてー」
「はーい!」
散々人の邪魔をしておきながら、メイコ姉に呼ばれてリンはキッチンへとすっ飛んでいく。やり場のないもやもやを溜息にして吐き出し、一人分広くなったソファへ身を投げ出した。くそ、あいつ八つ当たりされる前に逃げたな。

「……」
「レン、ゲーム終わった?」
「…たった今負けた」
やがて降ってきた声に顔を上げずに答える。
おやまぁと答えるその声はさっき雷を落とされたとは思えないほど暢気だ。立ち直り早ぇ。
「ちょうどいいや。一緒に買い物行かない?」
「…買い物?」
顔を上げると、ソファの背から身を乗り出したカイト兄がへらりと笑う。目の前でぴらぴらと札を振ってご機嫌だ。
「めーちゃんがね、アイスとおやつ買っていいって」
「…ふーん」
まとわりつくカイト兄が鬱陶しくなったんだろうな、と姉の思惑に思いを馳せたが口には出すのはやめておいた。ちょうど常備してるガムも切れたところだし、痴話喧嘩に巻き込まれて余計な火の粉を被るならおとなしくご相伴にあずかったほうが得策だ。

「…別にいいけど」
ゆっくりと身を起こすと、腹の上に置いていたゲーム機がぼとんとラグマットに落下する。さすがに9回目にチャレンジするモチベーションはすぐには見つけることが出来なそうだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【カイメイ】その背を追って

兄さんお誕生日おめでとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
あなたとめーちゃんがこれからもずっとずっとずっとずっと幸せでありますように!!!

!ご注意!
◆カイメイ前提の、カイ&レン小説です
◆なんとなくココ【http://piapro.jp/t/XtRt】から続いていますがお読みいただかなくても大丈夫です
◆時期はカイトの誕生日の5日くらい前

めー誕はミク&メイの姉妹の絆…みたいなものを書いたので、カイ誕はレン君とカイトの絆を書きたかった…はず…のもの…
レン君は家族の中でも一番の常識人だと思っています。どちらかというと突っ込み役で家族の潤滑油でいることの多いレン君が、カイトに対して本当はずっと憧れているといいなぁという妄想。ミクやリン、ルカはめーちゃんに対して素直な憧れですが、レン君は思春期故にちょっと素直になれない憧れ。追いつきたくて追いつけないもどかしさみたいなものもちょっとあったりする感じ…を書きたかっ…

書ききれなかったですが、生まれた当初レン君は姉兄のことをさん付けで読んでいたという設定。リンは「めぇ姉」「カイ兄」呼びですがレンが「メイコ姉」「カイト兄」呼びなのはその辺に理由があるんですがまぁいいよねそんなことアハハ


※ 前のバージョンで進みます

閲覧数:1,778

投稿日:2012/02/17 01:34:13

文字数:2,041文字

カテゴリ:小説

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  • つる つる子

    つる つる子

    ご意見・ご感想

    おお、なんという積極的なカイト君だ。
    そしてかわいすぎる弟君だ。
    「俺だって、最初は弟だったんだよ」
    にはドキッとしちゃいました。そんなねーさんを押し倒そうとしているくせに! 許せない!

    いやぁ、みんなが仲良しだとうれしいですねぇ。
    我が家とはまた違った家族がみれてほくほくでした。

    2012/02/19 00:46:29

    • キョン子

      キョン子

      >つる つる子様
      再度のお越し、ありがとうございます!
      一度レン君とカイト二人の話を書いてみたくて、カイ誕に乗じてついやっちゃいました☆
      めーちゃんを挟むとすぐどす黒くなってしまうのが難点ですが、普段はヘタレでもやっぱりカイトはお兄ちゃんなんだぞ、ということが少しでも伝われば幸いですv
      「最初は弟だったんだよ」発言もふてぶてしい割にご好評頂いてほっとしましたv
      書き手さんによってたくさんの形がありますよね、どこの家族も幸せだといいなと思いますv

      2012/02/19 19:22:11

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