――――――――――#6

 『ハッ、同じ町に住む赤の他人、それだけの存在でしかないですよ、私にとっては』

 俺達が守るべき普通の人達をお前はどう思っているのか、その問いに返ってきた答えだ。他人。見下す見下さない、対等も差別も何も無い、知らない人、それだけの存在。

 『殴っていいですよ?さあ?』

 この男なら思っている事をはっきり言うだろう、臆せずに言辞を弄せずに言うだろうという期待は、自分自身の思っても見なかった浅はかさを突きつけられるという、一つの有り得る形で応じられた。

 『あなたは銃が扱えて私も銃が扱える。以前と何か変わりましたか?私が楽器屋にピアノの修理を依頼するとき、楽器屋はピアノの修理を出来ない私を見下しているとでも?』

 無言の神威に対して、氷山は淡々と言葉を微笑にのせる。

 『しかし、私にしては月並みな話ですよね。でも、この程度の理屈ですら町の人は嫌がる。理解しようとしない。貴方が感じた、私が他人を見下しているという印象は、恐らく正しい』

 氷山が自分で言った、神威が嫌悪していた事を、いかにも冷静に、わかりやすく。

 『攻響兵?なんですかそれは?核兵器を撃ち込めるミサイルより使い出が良いのですか?ICBMよりも量産できるのですか?私には価値がわかりませんが?』

 酷薄そうに薄笑いを浮かべているが、神威から視線を外さない。タガを外した様な狂気が目の中にある気がする。

 『神威、強さとはなんですか。ミサイルを買うお金を節約できる能力が、強さですか』

 氷山は反問を続ける、攻響兵の強さなど通常兵器で代替出来るではないかと、そういう意味だろうか。

 『私は自分が攻響兵である事には文句を言いませんが、攻響兵を制式にするのは反対でした』

 ところが、想像以上にとんでもない事を言い出した。「VOCALOID」や「VOCALION」をクリフトニア軍で運用する体制を設計した最高責任者の、言う事ではない。

 『ですから、クリフトニアの攻響兵は全て天才だけで揃えます。UTAUは艤装を使うのも躊躇ないですから、忙しくなりますね』

 『だが、それでは尚更に攻響兵が孤独に、孤高の存在になるが、』

 初めて返事の言葉が出た。動揺してたどたどしいが、相手の氷山は揚げ足を取ってはぐらかす人物ではない。

 『いいのか?貴殿の思惑と、見た目は乖離するぞ?』

 氷山が声を上げて笑った。陽気な、男らしい顔も始めて見たが、男らしく笑った。

 『さあ?私の一存では?ねえ?』

 内心は相当に苛立っているのが分かる。この男にとっても、不本意なのか。

 『貴殿の口を走らせるのは、技術将校としてのプライドか?』

 『ええ。私は本気ですよ。攻響兵など、私は認めない。人の気まぐれが神のごとく嵐を起こすなどと、私は認めませんよ!』

 などと、言っていたが。

 「ひやマシン本領発揮やで」

 巡音市長が乗ってきたリムジンの中で、巡音市長が上座中央に座り、神威と猫村は下座の窓際に座っている。運転席では、当然のように結月がハンドルを握っている。バックミラー越しで申し訳なさそうに目礼だけしたが、そもそも神威が指揮しているわけではないので、特に問題はない。

 「ところで、初音中将は今どちらに」
 「そりゃ基地やろ。あいつがネギの面倒見てる場所に敵誘導するとか、氷山さんマジ鬼や」
 「もし、畑に被害が出たら」
 「手加減せんで。ネギだいなりエルメルトやろどうせ」
 「流石に、売る先が無くなると困るとは思うのですが……」
 「その、近場に売る先があるいうメリットが、どんだけあるかやな。それ次第や」
 「ネギの話はよかろう。それより、亞北と弱音の動向だ」

 何気なく言ったが、巡音市長が微妙な顔をして、猫村が声を張り上げた。

 「はあ!?初音が何考えてどう動くかが重要ちゃうんか!?舐めた事いっとったらあかんぞお前!!」
 「あ、ああ、そうだな」
 「本当に、ネギだけが生きがいという生活をしていらっしゃいますので、本当に、何をするか」
 「あ、ああ、私がすまなかった」

 噂には聞いていたが、『ネギが理由でクーデターも起こしかねない』という評判は世間では信憑性があるらしい。

 「そう言えば、初音中将とは一回中央で話した事があるが、そんなに軽薄で危険な人物だとは思わなかったぞ」
 「それあんたに興味ないだけやで。いくらネギキチでも外面は気にするんや」
 「なるほどな」
 「私は初音ミクの外面とやらを見たことがありませんが」
 「一日中見取ったけど気色悪かったでー後ろから撃ち殺したろて何度おもたか」

 リムジンは基地に向かって真っ直ぐ走っている。

 「先行の二人は既に基地に入った頃だろうかな」
 「そりゃわからん。うちらは健音テイがどこおるか知らされてへんから、あの広い基地でまよわなしゃあないやろ」
 「それもそうか……、接近戦は不味いんだがな……」
 「どんぐらい強いねや」
 「私の旅団では『歩く教科書』と形容した者がいる。乱戦でも迷いが無く精確だから、十中八九は勝てないな」
 「なにそれ弱そう」

 猫村が鼻で笑うが、神威の真剣な表情は崩れない。

 「『教科書どおりの状況』に持ち込むのが巧みでな。残念だが、その状況で撃ち合えるのは私ぐらいだ」
 「強いなそれ」
 「強いだろう。相手の心を折る戦い、いわば活人剣の天才だ」
 「では、どうするので?」
 「数と質で圧すしかないな」
 「うち雑魚なんで帰ってええですかね」
 「もしサンリオヒルに逃げてきたらよろしくたのむ」
 「すんませんエルメルトさんに協力さしてもらいますわ」

 漫談の様なミーティングをしながら、エルメルト攻響旅団基地は徐々に近づいている。大勢にどんな影響を与えるかは分からないが、重大さは明らかだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALOID」第6章#6

貴重な氷山キヨテルさんの会話シーン(回想)

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投稿日:2013/09/15 10:21:11

文字数:2,428文字

カテゴリ:小説

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