国内で頻発している女性失踪事件について調査せよ。
 主から受けた命令に従い、青い鎧兜に身を包んだ十人程の一団がヴェノマニア屋敷へ向かっていた。
 剣を腰に下げる者。槍を背中に装備した者。先込め式の単発銃を持った者。その格好は調査を向かうと言うより、まるで戦に赴くかのような雰囲気を醸し出している。
 最早調査と言うのは表向きだけで、犯人を捕えるのではなく亡き者にする事が目的のようである。事実、この一団が受けた命令にはこんな意味も含まれていた。
 貴族にまで被害を及ぼした犯人を消せ。その為ならば、疑いのある者を犯人に仕立て上げても構わない。
 無論、命令を出した主はその事を口に出してはいなかったが、思惑は部下達へ明確に伝わっていた。
 人としてあるまじき行為。しかし、証拠を捏造してでも事件を解決すればそれで良い。不安を抱えた者達から感謝や賞賛をされ、何より自分達も功を得る事が出来るのだ。拒む理由など微塵もない。
 被害者の女性達の職業は農民、踊り子、軍人、無職など、平民が中心である。これだけであれば、貴族が抱えるこの一団が出張る事はない。しかし、尊ぶべき貴族に被害が及んだのであれば、どんな手を使ってでも解決しなければならない。
 被害者の大半はベルゼニア帝国の片田舎アスモディン地方に住んでおり、ヴェノマニア領内とその近辺に集中している。その事を踏まえて調査を開始した所、興味深い噂を耳にした。
 ヴェノマニア公は、悪魔を魅了する程の美貌を持っている。彼を見て墜ちない女性はいない。
 その美貌はまるで魅惑の悪魔のようである。
 眉唾物でしかない情報だが、これを利用しない手はない。ヴェノマニア公が悪魔と契約して女性誘拐事件を起こした事にすれば、丸く収める事が出来る。証拠の裏付けはなく、取るつもりもない。そんなものは後から幾らでも作る事が可能だ。重要なのは平民ごときの平穏や事件の真相などではなく、自分達が事件を解決した事で得る功績である。
 相手は公爵の身分を持つとはいえ、それは名目だけに近い。なにしろこんな地方の片田舎しか領地を持っておらず、政治に関わる事などほぼ皆無。そんな相手を嵌める事は容易い。
 小さな手間に対して得られる栄誉は大きい。この任務を終わらせた後の事を想像して一団が軽快に森の中の道を進む中、先頭を歩く一人が言った。
「誰かいるぞ?」
 森の出口。その向こうに見える家らしき建物。ヴェノマニア屋敷を背中にして、金髪の誰かが立っていた。

 随分と物々しい連中だな。
 暇潰しに空の散歩をしていた際、どう見ても穏やかでない格好の集団を見つけた悪魔は即座にそう認識し、奴らは敵だと判断する。
 ほとんど屋敷の外に出なくなったヴェノマニアは国内の様子を知る由もないが、女性が次々と行方をくらましそのまま帰って来ない事は、近頃かなり話題になっている。悪魔が町や村をぶらついている時に必ず耳にする程である。それだけ噂に上っていれば怪しむ者も当然出て来るだろう。
 聞き込みや視察を行わず、いきなり武力に訴えて強引に解決しようとするとは、この国の上層部は相当腐っている。
 悪魔を倒した勇者生誕の地。世界を救った英雄の国。賞賛される事が当たり前になっている支配者層は、いかにして己の名を広めるのかだけが存在意義なのだろう。
まさに絵に描いたような愚か者である。何処の世界でも、このような者達が調子に乗るのは変わらないらしい。
「今更、か」
 魔界や天界にも同じような者がいる事を思い出し、金髪の悪魔は自嘲の笑みを浮かべる。
己の力を弁えず、身の程知らずにも魔王の座を狙う中級から上級の悪魔や、魔界の王の命を狙う天使がたまにやって来るのだ。野心を持つのは大いに結構だが、戦う意思のない者を巻き込む事は魔界の秩序を乱す行為に他ならない。王として一人の悪魔として、そんな輩を野放しにする訳にはいかない。
 戦う事や悪だくみを好むのが悪魔の傾向ではあるが、だからと言って魔界に住む者全員が無意味な戦いを望んでいるのではないのだ。
 積極的に天使や人間と仲良くなろうとする悪魔。人間を守る為に神へ反逆した堕天使。命がけで守った人間達に裏切られて殺された勇者。
 金髪の悪魔が治める魔界は、変わり者と呼ばれる者が多くいる世界でもあった。
「せっかく戦うなら、あいつらのような張り合いのある連中の方が楽しいんだよなぁ……」
 かつて戦った高潔な勇者達を思い浮かべながら、悪魔は一団を先回りして森の出入り口へと降り立った。

「何だ、子どもじゃないか」
 先頭を歩く男は肩透かしを食ったように言う。遠目から見た時は判断が付かなかったが、森の出口に近付くにつれてその姿が確認できるようになる。
 上も下も黒い服を着た少年は動く様子がない。男が早足で一団から離れ、進行方向を塞いでいる少年へ声をかける。
「進行の邪魔だ! 道を開けろ!」
 横柄な態度で男が叫ぶが、少年は軽く顔を向けただけで何も言わず、男が再び道を開けるように告げても全く退こうとしない。
 お互いの顔が確認出来る距離まで近づいても意に介さない相手に苛立ち、男は声を張り上げる。
「邪魔だと言っているのが聞こえんのか!」
 これ見よがしに剣に手をかけて怒鳴ると、少年はようやく男の存在に気が付いたかのように溜息をつき、心底つまらなそうに口を開く。
「それが人にものを頼む態度か? 大体、勝手に人様の家の敷地内に入っておきながら、一体何のつもりだ?」
「無礼な! 我々は崇高な使命を果たさねばならんのだ! 貴様のような小僧が口出し出来る問題では無い!」
 男は一気に言い切って剣を抜く。しかし、少年は呆れた表情になっただけだった。
「どっちが無礼だか……。このまま何もせずに戻れば見なかった事にしておくぞ?」
 見逃してやるからさっさと帰れ。少年が手を振りながら言った台詞は、男を逆上させるには充分すぎた。
「反逆者が……。斬り捨ててくれる!」
 男は空気を裂いて剣を振り上げ、品の無い雄叫びを上げて少年へと斬りかかる。
 この小僧も適当に罪を被せてしまえば良い。後ろから来る仲間達も有利な証言をしてくれる。
 邪魔者を殺す為の剣は勢いよく空を斬る。手応えが全くなかった事に男が狼狽していると、真横から憐れむような声が届いた。
「言っておくが、先に手を出したのはお前の方だ。……警告はしただろう?」

 右斜めに一歩踏み出すだけで攻撃をかわした悪魔は、男の脇腹に片手の掌を当てる。
「え?」
 次の瞬間、その男は吹き飛ばされていた。何をされたのかを理解出来ないまま一直線に木へと叩きつけられ、衝撃で枝が揺れて音を立てる。男は一瞬だけ木に張り付き、地面に落ちて動かなくなった。
 悪魔にとってこんなものは力を入れた内に入らない。ヴェノマニアに踵落としや拳を出した時も、十二分に手加減をしていた。
「き、貴様! 一体何をした!?」
 ヴェノマニア屋敷に接近していた一団は足を止めて一斉に武器を構える。木の根元で気絶しているのか絶命しているのか分からない仲間に一瞥をする事もなかった。
 戦いの最中であればその行動に間違いではない。しかし、まだ本格的な戦闘に入っていないのにも関わらず、誰一人として仲間の無事を確かめようともしない。
「別に。斬りかかられたから反撃をしただけだ」
 つまらない相手だと思いながら、悪魔は平然と返す。特別何でもない、世間話をしているような口調だった。
「どうやら死にたいようだな」
 捻りの無い脅し文句を吐いて半円状に包囲を始めた一団を眺め、悪魔は軽く溜息をつく。己の地位と力に溺れ、相手の力量を計るのを怠るこの手の連中には無駄だが、一応最後の警告だけは飛ばしておく。
「さっきの奴にも言ったが、このまま何もせずに帰れば見なかった事にする。今の内に止めておけ」
 これで引き返す頭があるなら、そもそもこんな馬鹿げた行為はしないだろう。素直に従えば良いものを、一団の答えは予想の通りだった。
「やれ!」
 隊長らしい男が叫び、銃を構えていた男三人がほぼ同時に撃って発砲音が森に轟いた時には、既に悪魔はその場にいなかった。外れた弾丸が木にめり込む。
「へ?」
 誰かが間抜けな声を出した頃、悪魔は一団の背中側に移動していた。
「分かりやす過ぎる。少しは頭を使え」
 一団が振り向いて見たのは、腕を組んで悠然と立つ悪魔。余裕を隠さない姿に自尊心を傷つけられた一団は口々に喚き出す。
「何だこいつは!?」
「無礼にも程がある!」
「我々にそんな態度をとった事を後悔するがいい!」
「殺す! そして死体を晒してやる!」
 装備から見るとどこかの騎士団だと推測出来るが、振る舞いはただの賊である。むしろ、山賊や盗賊が騎士の振りをしていると言った方がしっくりくる。
 残念な事に、こいつらは正規騎士か軍隊の方だと悪魔は判断を下す。装備だけは立派で統一性があるし、団体で迅速に動く様は訓練を受けた者のそれである。
「下らない」
 相手にすらならない敵とは考えていたが、予想をはるかに上回る低俗さを見て馬鹿馬鹿しくなった。
 悪魔の言葉を侮辱と捉えた一団が攻撃を開始するが、振り回される剣も、鋭い突きの槍も悉く当たらない。弾を装填する時間がなく、仕方なしに殴りつけようとする銃身も同様である。
 悪魔は最小限の動きだけでかわし、攻撃の嵐が弱まった瞬間を見計らって後ろに飛び、一団から距離を取る。急に相手がいなくなった為にたたらを踏んで体勢を崩す者や、勢い余った攻撃で仲間を傷つける様子が見えた。
「この化け物が!」
 少々離れた位置にいた隊長格の兵士は剣を構えて悪魔に突撃する。渾身の力を込めて上段から斬り下ろした剣は、いとも容易く止められた。
 悪魔は右手の人差指と中指を合わせた先だけで剣を受け止め、軽蔑を込めて告げる。
「お前らとっては、都合の悪いものは全部悪魔か魔女なんだろ?」
 人間はいつもそうだ。他人を助け続けた聖女を魔女と呼んで火あぶりにし、悪魔や貧しい者にも分け隔てなく接する者を異端者として惨殺する。そんな人間の浅ましさをどれ程見てきたか。
 本来救われるべき魂であるにも関わらず、そう言う世界に限って魂を守る死神がいない事が多い。悪魔と死神は立場上では反目しているが、実の所は単に不干渉なだけである。
 死神は魂が消滅する危険がなければそれで良いのか、魔界に堕ちた魂を無理矢理奪おうとはしない。死神が主に狩るのは、自我を持たずに本能だけで暴れる最下級の悪魔である。
 上級の悪魔でも神と戦うのは相性が悪すぎ、死神の方もただでは済まない。お互いにとって利益がないのだ。
「くそ! くそっ! 貴様ぁ……!」
 隊長格の男は憎々しげに顔を歪める。押さえられた剣はピクリとも動かない。その上、悪魔は視線と体勢を変えないまま、他の攻撃を空いている手であしらっていた。
「遊びにもならない」
 つまらん。と一言漏らし、脇から迫る兵士に目もくれずに吹っ飛ばした後、悪魔は左手で隊長を指差した。
「時間の無駄だな」
 呟きながら人差し指を地面に向けると、隊長を含めた一団全員が地面に押し付けられる。悪魔の指から剣がこぼれ落ちた。
「か、体が動かない……?」
「どうなっている!?」
 真上からずしりと重い力をかけられ、腕を動かすにも困難な状態の一団から困惑の声が上がる。
 悪魔は僅かに力を加える。さらなる力を入れられて骨が軋み、そして折れる者も出て来た。
「ぐお!」
「あぎゃああ!」
「もう止め、止めてくれぇぇ!」
 悲鳴を耳にしながら悪魔は無表情で空を指差し、敵をまとめて宙に浮かせた。恐怖の叫びが上がるが、ただの背景音楽として聞き流す。
「だから止めておけと言っただろう」
 せっかく警告をしてやったのにと嗤う。
 絶望で顔を染めた隊長が、なんとか声を絞り出す。
「たす、け」
「却下だ」
 悪魔は即座に命乞いの言葉を遮る。元より聞く気はない。どうしてこんな連中を相手にしてしまったのかと嘆息する。
「……消えろ」
 人差指を上げた状態で左手を一度軽く振り、一団全員を道の両脇へ弾き飛ばす。
 枝に引っかかった者。一緒に飛ばした剣や槍に貫かれた者。木に頭を打ち付けて倒れた者。
 最早動く事が出来なくなった一団が、森に異様な景色を描いていた。
 
「何でしょうか、今の……?」
 屋敷の中、ヴェノマニアの自室にまで届いた発砲音を聞き、水色が混ざった緑の長い髪を持った女性が不安げに呟く。
 怯えた彼女を安心させるように、ヴェノマニアは緑の髪ごと抱き寄せた。
「心配はいらないさ。僕が付いているよ、ミクリア」
 耳元で一言囁く。ただそれだけでミクリアは表情をうっとりと変化させ、ヴェノマニアは満足そうにその顔を眺める。
 この前やってきた貴族の女は、かつて自分を侮辱した者の一人なので呼び寄せたが、最近は過去の自分とは無関係な女も来るようになって来た。
 目の前にいるミクリアは領内の村に住む、貴族でも何でもない農民である。平民でありながら、その美しさは貴族に勝る物がある。
 宝石の原石は何処にあるのか分からない。ヴェノマニアがその言葉を伝えようとした時、微かに悲鳴のような声が聞こえた。
「む……?」
 訝しげに目を細めると、ミクリアが不思議そうに首を傾げる。
「どうしました、ヴェノマニア様?」
「……今、外から叫び声が聞こえなかったか?」
「いえ、私には何も……」
 ミクリアの答えに、「ふむ」とヴェノマニアは軽く頷き、とりあえず気のせいだと言う事にしておく。
この所遠くにある文字がよく見えたり、小さな物音を拾えるようになったりしているせいで神経質になっているのだろう。余計な事を言ってミクリアを不安にさせる必要もない。
 ヴェノマニアは緑の髪を撫でつつ、幼馴染に思いを馳せる。

 いつか、彼女もここに……。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

二人の悪魔 5

 まともな奴いないのかベルゼニア帝国……。悪魔のレンの方がまだ常識人に見える。 

 ヴェノ公って、グミナ以外の女は案外どうでもいいと思ってそうです。相手にはするけど本気じゃないみたいな。それはそれで問題ありですが。

 今更ですが、ヴェノマニア公に限らず、私が書く作品にエロや色気を期待しないでください。

閲覧数:298

投稿日:2011/10/05 19:11:12

文字数:5,707文字

カテゴリ:小説

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  • 目白皐月

    目白皐月

    ご意見・ご感想

    こんにちは、目白皐月です。

    とりあえず読んでいて思ったのは「よくこの国潰れずに済んでるな」ということでした。ここまでまともな人がいない状態で大丈夫なんでしょうか。もちろん、意図的にそういう設定にしているんですよね?

    でもちょっと思ったんですが、レンに向かって「坊やどうしたの? 迷子になったの? 心配しないで、おうちまで送っていってあげるから」って言う人がいたら、どうなっちゃったんでしょうかね。この反応はこの反応で、キレそうですが……。

    前回書いた「ヴェノさんが小物に見える」というのは……うーんあのですね、なんというか、彼の動機についてちょっと表現が足りないなあと思うんです。彼がどれだけ苦しんだのか、どんな辛い思いをしてきたのか、そういうのが全く出てこないので、読んでいる私の心にどうも響かないというか……。なんといっても彼は貴族ですし、その気になったら結構無茶苦茶やれそうだよね、と……。

    乱文、失礼しました。

    2011/10/12 00:06:26

    • matatab1

      matatab1

       まあ、この国はかなり広いですし、ここまで酷いのは極々一部だけですね。どんなに素晴らしい組織や場所でも、問題が100%無い所なんて絶対に無いと思っているので。
       本当に真面目な人達が見えない所で頑張っているんです。
       
       あの一団は自分達の利益の為に平気で人を傷つけて、それに関して何とも思わない、もしくは「大義の犠牲になったのだからありがたく思え」みたいな事を当たり前のように言う連中なので、そんな気遣いする人はいません。いたらいたらで、真っ先に邪魔者扱いされて捨てゴマにされそうです。
       
       完全に私情ですが、いじめの問題を見たりしていると、嫌な事を思い出すのであまり書きたくないと言うか……。もう解決されている事なら良いんですけど、ヴェノ公の中では終わっていない問題なので。
      「捨て去った過去」「誰もが嘲り笑った」の歌詞だけでも、彼にとっては相当辛そうですし。
       ヴェノ公は無茶苦茶な事をやっているつもりも、やる気も無いんだと思います。
       言い訳ばっかりですね。すみません。   

      2011/10/12 11:47:02

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