今も、彼女は焦点の合わない瞳を見せないように、と
目を瞑っているのだ。
そんな彼女の気遣いを、今は愛しく感じる。
彼女にトマトを食べさせてやり、頃合いを見てはまた食べ物を口に運ぶ。
「…ねえ、レン」
食事を終えた彼女が、珍しく声をかけてくる。
そのことを嬉しく思い、思わず笑みを零した。
「なに、リン」
「ねえ、外は今雪が降っているの?」
問われたレンは、窓の外を見る。
ゆっくりと空から舞い落ちる白い雪に、そうだよ、と小さく応える。
「そう……。ねえ、レン。私お願いがあるの」
今日は本当に珍しいな、と内心驚きつつも、久しぶりに甘えてもらえて嬉しいレンは、ベッドの脇に膝をついて耳を寄せた。
「久しぶりに外を歩きたいな……だめ?」
彼女は、冬は風邪をこじらせてばかりで、雪の日には外に出させてもらえなかった。
本当に具合の良い日だけ、数えられるほど少ないが、レンと共に外で遊ぶことが許されたのだ。
彼女はなによりも雪を踏んだ音と、銀世界の美しさがお気に入りだった。
あの時の笑顔が、脳裏に鮮やかに蘇る。
「…でも、リン…。歩くの辛くない?」
彼女は今、しっかりと足元を見ることが出来ない。
それに、風の冷たい外に出れば、
病状を悪化させることは目に見えている。
彼女の願いは叶えてやりたかったものの、流石に、と苦笑を零した。
「…平気よ。…レン、お願いだから。
私、雪に触れたいの。
雪を踏んだ音を、もう一度聞きたいの」
――私、卑怯すぎるわ。
彼女の小さく呟かれた願いに、レンは眉を顰めた。
リンは、自分の終わりを悟ってしまっている。
リンには聞かせなかった、医者の言葉が浮かぶ。
『彼女はもう…雪融けは見られないだろう』
何度も何度も入退院を繰り返し、抗生物質も何度も取り入れた。
点滴の針の痕は両腕に幾つも刻まれていて、見る度に目を背けたくなる。
リンは、いつだって辛いことを我慢して、何度も嫌いな注射を受けた。
最初の内は泣きべそをかいていたが、14才の今はもう、それさえ我慢する。
我慢して、我慢して、それでも、医学の限界はすぐそこにある。
それを暗に言われたようで、悲しくて、涙を零した。
「…レン、泣いてるのね。
…ごめんね、我儘ばっかり言って」
見えない筈なのに、リンは彼の涙に気付く。
いつだって些細な事に気がついて、
その度に彼女は彼を慰める。
――今泣きたいのは、リンの方なのに…。
こんなんでは駄目だ、と自分を叱ってみたものの、
溢れ、頬を伝う涙に止まる気配はない。
いつまでも何も口にしないレンに、彼女は小さく笑みを零した。
慈しむような優しい彼女の笑顔に、まただ、と心臓が痛む。
「…私のこと、そんなに気にしなくてもいいのよ。
好きな女の子、いるでしょ?
私ばっかりに構ってちゃ、他の人に取られちゃうかもしれないわ」
笑い交じりにそう言って、ね、と首を小さく傾げてみせる。
そうやっていつも誤魔化すような態度の彼女に、彼は告げたい言葉がある。
きっとそれは、
ずっとずっと前からの想い。
きっと、それは、
生まれた瞬間から芽生えた想い。
それでもそれが告げてはいけないものだと知って、
どうすることもできずに胸の内に秘めていた。
これからも、きっとそうだ。
だから、今も――。
「…好きな子なんていないよ。
今1番大事なのはリンだし。
そうやって遠慮ばっかりしてちゃ、いい加減怒るよ?」
3分の2ほど残った食器を片づけ、涙を拭いながら、リンの方に笑いかける。
だが、リンは表情を変えずに、目を瞑ったまま窓の方を向いている。
「…リン?」
ふいに衝動的な不安に駆られ、リンに声をかける。
「………レン、私ちょっと1人になりたいかも。ごめんね?」
こちらを向いて申し訳なさそうに笑いかけてくる彼女に、幾らかの不安を感じたままだったが、彼女の望む通り、ドアノブに手をかける。
振り向くと、彼女はまた窓の方を向いていて、表情を見ることはできない。
パタン、と小さく音を立てて、木でできたドアが閉まった。
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ヘルケロ
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か、か、か、神のような人!?
私がですか!?
と、と、とんでもないです。
切ない感じが伝わっていてよかったと思います。
2009/08/01 07:45:03
カルミア
ご意見・ご感想
初めまして、カルミアです。
作品の続き楽しみにしてます!
完結するまで頑張ってください!
2009/07/30 22:12:30