『trick or treat』――お菓子か悪戯か。
それは一夜限りの夢を見る魔法。
ハロウィンの使者が、街に笑顔を灯す夜。


甘い香りが漂う夜に、人々はそれぞれの幻想を抱く。
お菓子を両手に無邪気に笑う子供たち。
悪戯をされて少し困ったような笑みを見せる大人たち。

ただ一言で選択肢を突きつけるその言葉は、誰もが目的を持って唱える言葉だ。
何が目的なのかはそれぞれ違うが、胸に秘めた願いを叶えようとする者が多い。
「treat」を選ぶ者は、甘い菓子を片手にその言葉を告げる。
逆に「trick」を選ぶ者は、その胸に感情を抱えてその言葉を望む。


誰もが夢を見る夜、それがハロウィン。
自らの選択の果てに、彼らは何を見るのだろうか?

「菓子」と「悪戯」。
どちらかを得ることで手にした感情や希望は、本当に自分が満足できるものだろうか。


黒い雲が満月を覆い隠す。
甘い夢を見るも、悪夢の現実を見るも――すべては、自分次第。







<<Apple candy>>







「トリックオアトリート!」


その人物を両目に映しながら、私はにっこりと微笑む。
するとその人は不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「…何よ?」
「ん?何って、ハロウィンだよ。だからさ、欲しい物があるじゃん?」
「お年玉ならもうないわよ」
「謹賀新年!あけましておめでとう!いやぁ去年はありがとう今年もまたいっぱい歌おうね、ってそりゃ正月だよ!」


爆笑する彼女に私は思わずノリツッコミを入れる。
すると彼女は、その赤みを帯びた顔をすねた子供のように変える。


「何よ~いらないの?」
「実を言うとすごく欲しかったりするんだけど、今は違うよ?ほら、ハロウィンといえば…」
「トリック・オア・トリートメント?」
「古いし私はトリートメントをくれなきゃ悪戯するってほどそれを欲しくない!」
「トリック・オア・とっくり?」
「私未成年ですお酒飲めませんしお酒を用意しているわけないです、あと完璧に発想がおっちゃんだよめーこさん!」


冗談よー、とおちょこを片手に上機嫌なメイコさん。
そう、今までの会話は全部この人としていた。
この人普段はすごく冷静なのに、酒が入るとこれだよ。
完全に酔ってますな。

しかもこの人日本酒飲んでる。
ハロウィンに日本酒って、なんというか、イメージじゃないような。

お菓子はもらえそうにないので、脇をおもいっきりくすぐってからその場を離れた。
メイコさんは大爆笑して椅子にもたれかかり、そのまま後ろに椅子ごと倒れこんでいた。
だめだこりゃ。


ケータイを開き、カレンダーを確認する。
…そういえば今日はマスターに呼ばれていたんだった。
何の用事かは知らないけど、夜の七時くらいにかなりあ荘に来いと言われていたんだっけ。
ここからかなりあ荘は遠いんだよね。電車使わないと行けないし。

家族に残した手紙も走り書きのまま、リビングのテーブルに軽く叩きつける。
鞄に財布やケータイなど必要なものを放り込み、上着を引っ掴んで駆け出す。
そのままの勢いで乱暴に扉を開け放ち、家を飛び出して走った。

そこらじゅうで楽しそうな声が聞こえる。
今日はハロウィン。かぼちゃの魔法がかかる日。
砂糖とシロップの、体に染み付くほどに甘い匂い。
それを嗅いで、高ぶっていた私の心も少しばかり落ち着いたようだ。


駅までのバス停を見ると、ちょっとだけ遅れてしまうかもしれないと思う。
この時間になると運行するバスの本数は減る。ここで待っていると、あっという間に約束の時間を過ぎてしまう。
そこで、普段は使わない近道を使うことにした。

そこは人通りも少ない、薄暗闇の細道。
目的地までの冒険を楽しむ道しるべは、あまり灯されておらず、暗闇はあたりの景色を覆い隠す。
だけど駅までの道は近い。…不審者が出たらひとたまりもないけど。


慣れていない道を走っていると、周りから全ての音が消失した。
涼しげな風の音も、掻き分ける草の音も、自然に存在するべきものが聞こえなくなった。
まるで、流していたレコードの音が突然止まってしまったかのように。

不自然だ。静かすぎる。
そう思うと、急に声が聞こえた。

『もっと近くへおいで』

背筋をひんやりとしたものが伝う。
恐怖から、走り出す足を速める。
後ろから何か追ってきてないよね!?
50メートル走を9秒で走る私を、あまりなめないでねえええ!?

やがて、暗闇に何かが浮かび上がった。人影だ。


「…リン?」


黒いローブに身を包んではいるが、その姿は家族であるリンだ。
だが彼女は、無表情でこちらを見つめる。


「どうしたの?」
「…Trick or treat」
「悪戯したら通報するぞ?」
「怖。そんなマジレスはいいから、お菓子…」


片手を突き出す彼女から、僅かにりんごの甘酸っぱい香りがする。
ハチミツやチョコレートの匂いでもないその香りに、少し違和感を覚える。


「…生憎だけど、私は今お菓子持ってないの」
「ホントウに?その鞄のポケット、何か入ってたりも?」
「う~んそう言われてもなぁ…あ、あった!?」


そこから出てきたものは、オレンジのビニールで包まれた、りんご味のキャンディ。
はてな。見覚えがない。こんなもの、入れておいたっけな?


「はい、あったよ」
「これだけ?」
「仕方ないよ、これしかなかったんだもの。私だってお菓子欲しいよ」


しかし、私が手渡そうとした瞬間、私とリンの間を疾風が駆け抜ける。
そのせいでキャンディは手から零れ落ちた。
零れ落ちたキャンディは無機質な音を立てて落下し、そして…消えた。


「…え?」
「Trick or treat. お菓子をくれないと、悪戯するよ」
「いや、なんか手品のように消えたんですが…」
「ないの?」
「うん…」


そう、と呟いて俯くリン。
なんだか可哀相だと思い、私が言葉を投げかける。


「あ、あのさ?」
「悪戯。お菓子がない悪い子には、ボクが悪戯する」
「は?」


いつもと様子も口調も違うリンに、少しばかり不安になる。
よく見ると、リンの瞳には光がない。
何か変だ。そう思いつつも動けない。
なんだか、金縛りにあったかのように、身動き一つとれない。

リンが右手を上げ、私の額に氷のように冷たい手のひらを当てる。
その瞬間、…何か、暗い映像が流れ込んできた。

暗闇が家族を襲う。
ランタンの炎があたり一面を覆う。
家族の悲痛な叫び声が聞こえる中、
どこか遠くで『怪物』が笑みを浮かべ―――


「っ、いやああああああ!!!」


リンの手を振り払い、必死に駆け出す。
い、今のは…何?
一瞬、全身が痛んだような…。

しかもあの『怪物』は、
『リン』の――…、


イヤダ。あれは、幼い頃に見た悪夢のはずでしょ?
どうして今になってあれを見るのよ!?

必死で暗闇を走り抜ける途中、石につまづいて転んでしまう。


「あ!」


そして、彼女が追ってくる。


「…これはまだ序の口だよ?」
「…っ、い、いや!」


彼女が腕を掴み、再び激痛が体中を巡った時―――








*





そこでようやく目が覚める。


開けた視界に映ったのは、もうほとんど人のいない、終電行きの電車内の風景。

耳に届くのは、無機質な音を奏でる車輪の合唱。

その音に合わせて力なく揺れるだけの吊り革。

何の特徴も主張もない、壁に貼り付けられたままの広告。

いつもと何も変わらない、そんな日常に戻ったのだと悟った。



「ああ…」


そうだ。あれはきっと夢だ。

疲れていたのか、何か悪いものに憑かれていたのか…

あれは悪夢だ。

あんなもの、この世界に存在してはいけないものなのだ。

だから夢を見ていただけ。きっとそうだ。


だけど…何か、変だ。

私は、電車に乗っていただろうか?

本当にあれは夢?



「いいや。夢なんかじゃないさ」



その声が車内に響いたとき、背筋が凍ったような気がした。

その声の主を私は知っている。

気づけば、もう車内には私と「彼女」しかいなかった。




ああ。

現実はまだ戻っていなかった。

悪い夢ならもう、覚めてくれ。



「ここはキミの現実だろう?ちゃんとよく見てみなよ」



嫌だイヤダいやだイヤダイヤダ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


嘘嘘嘘ウソウソ嘘嘘嘘嘘嘘ウソウソウソウソウソウソ嘘嘘!!

見たくない見たくないわたしはそんなの見たくない見たくない何も知らない何も聞こえないっ!!!



「目を瞑らないでくれ。だってボクは…」



カノジョという名のカイブツがまよこに立ってイる。

やめてよやめてよやめてよやめてよやめてよやめてよやめてよ!!!!

ワタシは悪くナイ私は何もシテナイ私は何も知らない私は何も見テナイ私は何も聞イテナイ私ハ何モ感ジテナイ!!!!!




「――キミのその絶望にみちたメが、見たいんだよ…♪」




どうして?

夢なら覚めてよ。

全て壊れてよ。

全て、無かったことにしてよ…



「悪い夢なら、もう覚めて……」





――あぁ。



月がとても、キレイな夜だ。









***




「……っていう夢をさっき見たんだけどさ。マスターはどう思う?」

「なぜそこで私に聞くんだい!?つーか、リンがめっちゃ酷いなオイ!!あの子が聞いたら悲しむよ!?」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ハロウィン】Apple candy

悪夢を見たミクさんのお話。
実は舞台裏のお話ですよ。
どうも、ゆるりーです。
ハロウィンに何か予定?何もありません!←

毎年二つくらいネタを用意していたのですが、時間がなかったので一つだけ。
数時間でぱぱっと書いたので雑です。
どこからどこまでが夢だったのかはご想像で。

タイトルは適当です。相変わらずですね。

閲覧数:198

投稿日:2013/10/30 22:14:28

文字数:3,946文字

カテゴリ:小説

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  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    途中まで『お菓子をくれなきゃショットガン★』とか『お菓子をくれなきゃかぼちゃ風味のgiftをくれてやる☆』と同類の香りがする―とか思ってたら、途中から何つーブラックゆるりーww
    因みにハロウィンと言えば、子供の頃はよく仮装しました。
    トトロとかカオナシとかドラゴンとか……割りとガチな方向のお化けや怪物でしたww

    きっとあれだよ、実はゆるりーさんが書いてないだけで大罪ギャグとかmemoryとかの収録がてんこ盛りで疲れてんだよミクさん!
    そんな未来さんにはこれ一本!
    かぼちゃ風味のgiftを飲めばきっとよく眠れるはず!一緒に呑もうか(ごきゅっ)
    zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz……
    (あれ?1年前も何か同じようなものを飲んだ気が……)←この先意識を失いました

    2013/10/31 22:58:50

    • ゆるりー

      ゆるりー

      ブラックになりたいお年頃←
      カオナシww
      ハロウィンらしいこと、一回もしたことがないんですよね。仮装もしないので。
      あ、でも「ハロウィンだからお菓子!」と、てぃあちゃんがクッキーを作ってくれたことはありました。

      ぐ、ぐはっ…書いてますけど、投稿ができてないです。私のPCの中がパンッパンだぜ(テキストデータで)
      あれ?なんだかすごいデジャヴ…w

      ブクマありがとうございます!

      2013/10/31 23:38:05

  • しるる

    しるる

    その他

    ええ、相変わらず、会話を使わなくても、場の表現がすごいです
    勉強になります、はい
    ハロウィンは、ゆるりーワールド全開ですもんねぇww

    そして、やっぱり、私と考えが近いんでしょうかねww
    お菓子=お年玉って思いましたよねww←

    こういうのは、ゆるりーさんの方が上だなーって、純粋に思ったり……遠い目

    2013/10/31 18:03:01

    • ゆるりー

      ゆるりー

      「勉強いやだー」という、子供のような私の感情が爆発しました←
      そんなときにブラックになるのです…負の感情だけがひしひしと(?)伝わってきますね!
      ハロウィンは、基本的に好き勝手してますw

      思いました!
      「トリックオアトリート!」で、お菓子をもらったことはありませんが(´・ω・`)

      き、気のせいですよ…(ガクブル)

      2013/10/31 18:54:04

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