『世の中全てがあなたを醜いと言ったとしても
世の中全てがあなたに石を投げつけ、化け物と罵っても
世の中全てがあなたの敵になったとしても…』
――――私はあなたを誇りに想う――――
例えあなたが世間でジャンクと呼ばれたとしても――――――――――――――
機械と人が共に暮らす世界。まだまだロボットの人権は守られてはいないがそれでも表面上、市民権を得るまでに発展していた。
職人達は手製のロボットを作り、日夜新しい命を目覚めさせていった。
寂しい貧困街。腕は良いが貧しく、日の目を見ない職人が居た。職人は最後の仕事にと新しいロボットを拵えた。
見目麗しき横顔の、人に良く似たロボットだった。
黄色い髪、黄色い瞳、黄色い服。名をキカイトと言った。
キカイトは造形の美しさと、作り込まれた感情を持っていた。
職人は言った。
「私は酷い事をしているのかもしれない。できれば幸せになって欲しい。そしてこれだけは覚えていておくれ…私はお前を愛しているよ」
衰弱しきった体はとうに限界を超えている。職人の腕はやせ細り、生きたミイラと言っても過言ではない。まだ職人としては先の長い若者だと言うのに、貧困のために命の炎は尽きようとしていた。
「承知しております、マスター。僕もマスターを愛します」
表現や言葉は稚拙ながらも真っ直ぐで素直な機械。美しい造形の半身とは裏腹に、キカイトは世間で化け物と称されていた。
キカイトは全て人間と同じように考え、行動できるように細部に渡って緻密に作られている。感情面もさることながら表情一つとってもリアルだ。ただ、残念な事に予算が足りなかった。キカイトはまだ作り終えていないまま目覚めたジャンクだ。彼が完成する事は今後一切ないだろう。
キカイトの体は殆ど剥き出しの金属だった。
せめて顔だけはと人工皮膚を貼り付けたは良いが顔さえ満足に覆えなかった。左の顔は端整な青年のそれだが、右の顔は金属のまま眼球もなく落ち窪んでいる。
高級街の住人のような華やかさも無ければ色さえ貧困街らしい物だった。
黄色と言っても鮮やかな黄色ではなくむしろ黄ばんでいると言った方が良いかも知れない。服も髪色でさえ変色が見られる。肌の色もあまり人気の出そうな色ではなかった。
動けぬ主人のためにキカイトは三日に一度は繁華街を歩いた。買い物をする余裕など無いが主人である職人は何か食べなければ死んでしまう生身の人間だ。
キカイトはコートの長い袖でなるべく自分の手を隠したし、あまり長くもない髪で右目を隠した。ありのままの姿は余りに醜い。この醜悪な姿では物を売って貰えない。代わりに手痛い罵声と石ころを貰う羽目になる。そして何より愛おしい主人を「魔女」と呼ばれ、罵られる事をキカイトは嫌った。
「ごめんね、ごめんね…」
夢現に呟く主人の声。
主人はキカイトに苦労をかけさせていると嘆いた。せめて完璧に作り上げたならもう少し幸せになれたかも知れない。
人の心を持ったロボット、なのに体は機械的。アンバランスな醜い我が子。
キカイトは主人が謝る度に苦しさを感じた。
「マスター。僕はあなたに造ってもらって、あなたに出会う事ができて幸せです。僕にはこれ以上の幸せはありません。僕はとても幸せです。例え石ころを投げつけられようと、化け物と罵られようと僕は一向構いません。あなたが幸せになれるなら、僕は何でも致します」
主人の耳に届かないと知りながらキカイトは囁く。
キカイトは生まれた時から主人の介護をしてきた。この醜い姿のまま目覚めたのも、主人の介護のため。
もう続きも造れない状態で独りでは生活もできないほど弱り果てた主人はこれがこの哀れで醜い機械の青年に対する冒涜と知りながら自分のために目覚めさせた。
自責の念、何故こんな状態で目覚めさせてしまったのだろう。哀れで醜い、傲慢な人間の被害者。彼を思う度に主人は心を痛めた。
キカイトは知っていた。自分の存在が主人の心を蝕んでいると言う事を。けれど、自分が居なくなってはこの虚弱な主人は三日と持たず死んでしまう事も知っていた。どうする事もできず、キカイトはただただ主人のために尽くすしかなかった。
「マスター、今日はお粥を作りました。一口でも、食べて頂けますか?…」
キカイトは毎日のように繰り返す。もうお粥くらいしか食べさせる事ができない。味付けなんて贅沢な事も言っていられない。それほど貧しかった。
ある日キカイトは街で大規模な祭りがある事を知った。歌い踊る賑やかな祭りだ。
貧困の地では無縁の話だが主人が少しでも元気を出してくれるならとキカイトは主人を祭りに誘った。
歌い踊る煌びやかな景色。主人の弱り切った体に街の人混みは負担が大きい。キカイトは少し人の少ない街外れの小さな広場に主人を運んだ。
ぐったりと力無くキカイトの腕の中に収まる主人。女性にしても成人した身としてはかなり小柄だ。所謂『お姫様抱っこ』と言う状態なのだが、その余りにみすぼらしい姿ではとても姫とは呼べなかった。
「ありがとう、キカイト。とても楽しい…」
感動に弱々しく涙を浮かべる主人。キカイトはその美しい左の顔を主人の顔に寄せて囁いた。
「あなたのために歌いましょう。あなたの好きな歌を…」
キカイトは元々子守りロボットだった。こんな顔では子守りなどできないが子守りというベースがあったお陰でキカイトは生まれながらに主人の介護ができたとも言える。子守りと介護には近い点がいくつもあるのだ。
キカイトは囁くような優しい声で歌った。男性らしい低くて伸びのある歌声は夜風を伝い周辺に届いた。
賑やかな祭りに疲れて休憩している人の多かった少し静かな広場にはこの歌声が丁度良く、ギャラリーが集まった。皆一様にキカイトの歌声に聞き入った。
キカイトが歌いきると広場にはささやかな拍手の音が響いた。
「素晴らしい。私のためにも何か一つ歌ってはくれないか?」
背後から声をかけられてキカイトは思わず機械の顔で振り向いた。
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