何かが変わる予感がしている、今夜。
≪silent night≫
ゆっくりとグラスを傾けながら何年か前に演じたいくつかの役柄とその関係性を思い出す。
昨年撮っていたのは、幸せにイチャイチャする男女の話でその前は確か。
俺とメイコさんは2人でカップルの役割を演じることが多い。
男女の役なんてありふれた設定でも台本脚本ひとつ違うだけでまるで別人だ。
それはとても時に興味深く、時に面白く、時に苦く。そんな風に二人でマスターの作る世界を構成しながら。
ここ数年はそんな日々が続いている。
でもそれを演じている舞台の裏のカイトとメイコがどうだなんて知らない。
台本ばかり演じて、それは現か役か。
長年この生活を続けているけれど、歳を重ねるごとに思うのは「そろそろ壊す必然性」ぐらい許容してくれる世界であって欲しいと。
そう思いながら今夜も一人嗜む「オンザロック」のウイスキーの味は、数年前よりは分かるようになっていると思う。
酸いも甘いも、その苦さも深みも。
人生は毒や失敗が無きゃ詰まらないことも。
甘いお菓子ばかり嗜むような人生は味気ないだろう。
今夜のお供は苦いチョコレートだ。
そろそろ報われたいと思っている、欲深くも。
さすがにいい歳になってきた俺たちはここ最近わかりやすい恋愛モノの脚本を渡されることは実はそうは多くなく、子供組の主役に寄り添う形のものが多くなってきた。
今回撮影しているのは、そんな俺たちに久々の甘く濃厚で、でもほろ苦い大人の恋愛モノ。
結局台本の中では最後には二人は離れ離れになってしまうが、それまでの短い期間を刹那的に本能的に過ごして愛し合う。
一昨年くらいまではクリスマスの度に何かしらの男女的な進展があったりなかったりした俺達だか、もうこんな台本クリスマス期間にぶつけてきてる以上引き下がれるなんてこれっぽっちも思わないで欲しかった。
そろそろ俺にも甘いチョコレートを食わせてくれ。
たまに苦くてもいいから。
そう思いながら撮影スケジュールに改めて目を通す。
12/24は、ラストシーンに入る前の最後の甘い甘い絡みのシーンだった。
***
「ねぇ、あんた昨日も飲んだでしょ」
窘める声の主は俺と濃厚なベッドシーンを先ほどから紡いでいる彼女だ。
「最近かなりの確率で飲んでない?しかもウイスキーってアンタ前ならもっと甘いカクテルばっかだったじゃない」
「キス交わしただけできちんとウイスキー把握できるメイコさんパないですわ」
「私を誰だと思っているわけ?蒸留酒は元々私の得意分野よ」
「あと日本酒もでしょう」
「そうそう。この季節は熱燗一択ね」
この愛すべき底なし呑んべいはベッドシーンの一つや二つ、何の意味も無いものとして処理しようとするこの清々しさ。
いつだってその態度に内々焦れてきた。
「ところで最近飲んでないですね」
「そういえばそうね。昔はよく飲んだものだけれど」
「…今日、どうです」
「まじか今日か」
「不都合でも?」
「不都合無いように思われてるのちょっと癪に触るな〜〜〜〜〜〜」
「これまでも12/24なんて何度か一緒に過ごしてるじゃないですか」
「いやそうなんだけどさ〜〜〜〜〜」
「何か不都合でも?」
「アンタのその感じ久々だと思って」
「その感じって?」
「……ん、今はまだ秘密で」
「なにそれ」
「それよりさっさと仕事終わらせましょう。混むわよきっと」
そう言いながら背を向ける彼女の頰と耳に注視する。
これから俺たちが撮るのは離れると分かっていて最後にこれでもかというくらい甘く交わるシーンだ。
それが撮れれば今日は上出来だ。
もちろんそういうシーンではあるがそういう用途のビデオではないので実際にするわけではないけれど。
休憩が終わり、演技に入る彼女はいつもより敏感だ。
常日頃この演技の中の二人は会う度に互いの愛を確かめ合ってそれを言葉にするけれど、離れなければならないと悟りはじめたあたりからそれを言葉にはしなくなる。
代わりに何度も何度もしつこく求めあって、無言のまま愛らしさを全て互いの身体にぶつけ合う。
でも最後の一回になって「愛していた」と男の口が開いて、そこで明確に全ての終わりを察してしまうのだ。
その後のことはとても穏やかに過ぎて二人は離れ、また何もなかったかのように現実に戻り互いの存在しない現実をやり過ごしていく。
互いのいない世界なんて酷く味気ないのに、それでもそんな現実の中でごく普通に穏やかに生きていかなきゃいけない。
一番残酷で切ないエンドだと思う。
その最後の、ラブシーン。
「…愛していた」
絞り出すように声を出す、最後。
その声にどうしようもなく切ない顔をしながら、最後の愛を重ね合う(ふりをする)。
その目、口元、指先、態度。
全て「そう」として作られた彼女の。
それを「今まで」で一番優しく愛しく、丁寧に指の先まで。
まるでなんて言葉必要ないみたいに、ひたすら最後なんて時を惜しみ合い、慈しみ合うみたいに。
声にならない、出来ない振動の幾つもの文字を携えて秘め隠して、だけれども。
互いに女性的、或いは男性的を極端として求められたこの台本はまるで長年にわたり特に何も無いを続けた俺たちの関係へのてこ入れみたいだ。
最後に果てて、彼女が息を吐き。
そこでマスターの抜群の『ok』が鳴り響いて。
**
「ところで本当に久々ですね」
「まあそうね。前にも何回かクリスマス一緒に過ごしたことあったわよね」
「覚えていただいていたみたいで」
「どこ行こっか。まだそんなに遅い時間ではないけれど」
俺たちの悪いところは、どんなに仕事がハードでも事実とかけ離れたものでも、それがどんなに濃厚なラブシーンでも素知らぬ素振りで日常に戻るふりが出来ることだと思う。
「あそこ行きませんか、いつかのクリスマスに行った」
「焼肉のほう?それとも」
「それともです」
スタジオから出て駅方面の繁華街へ歩く。
日常に戻るふりなんてもう選びたくもなかった。
平静でありつつも少し早くなる彼女の鼓動には気付かないふりをして。
「ところでメイコさん、」
ん?と彼女がふりを続けながら返す
俺たちにはもう平静を取り繕う必要は無いと思うんだ
互いに大人のふりなんてしなくていいと思うんだ
ねえ、メイコさん。
物分かりの良い大人のふりの出来る俺たちだけれど、物分かりが悪い理不尽だって悪くないと思うんだ。
いい加減やれ職場恋愛だとかやれ仕事仲間だとか、年少組だとかマスターだとか。
どこから口にしたらいいか手探りの積年の片想いはそろそろ両想いに変わりたがっているんだ。
「何度かこうやってこの日を過ごしてきましたけど」
「ええ、」
「こんなガチなありがちなラブシーンのヒロインってなったことありますか」
「何だったかしら、前二人で演じたやつにクリスマスじゃないけど」
「演目じゃなくて」
一つ一つ、手探りで日常を壊して。
ここは演目の上じゃない。
俺たちのあまりにもリアルでサマにならない、情けない部分も御容赦な現実の世界だ。
だけれどあなたの前では今だけでもサマになって居てほしいと願う、そんな世界。
「メイコさん、俺たちこうやって一緒に仕事してもう6年以上ですね」
「そうね」
「最初の方はライトな台本が多かったけど、そのうちマスターの好きな男女の強めのラブロマンスとかが増えてきて、」
「そういえばそんなこともあったわね」
当時は俺とメイコさんが主演モノがほぼ9割方占めていて。
ボーイミーツガールも演ったし、学生モノも、社会人モノも。いろいろなジャンルの男女を俺たちは演じてきた。
それこそ今撮ってるみたいなのも。
「最近は年少組メインが多かったけど、今やってるみたいなのは久しぶりですよね」
「そうね、ここ1、2年くらいかしら?流石に長くやっていると世代交代かしらね」
「……さっきのラブシーン、」
「ほんと久々よね。あんなガッツリなの何年ぶりかしらね?」
笑いながら日常として処理しようとするその姉御肌で恋愛っ気なんてこれっぽちも出そうとしない年上、なんて。
そんな台本もう要らないでしょ。
「これまでも今も、耳元敏感な癖変わってないですよね」
耳元で。
びくっと彼女の肩が揺れる。
やっと足が止まる。
「俺、久々だったけどあんたの弱いところは全部知ってるし覚えてます」
「散々何でもないふりしても、いくら平静を日常を装ったって」
じっと目を見つめる。
逸らして欲しくない、ねえメイコさん。
「俺はあんたの演技じゃないとこも強がりも、そういう癖も全部」
全部、もう狂いそうなくらいすきだ。
「やめて」
「絶対やめない。」
「いやだってそんなの…」
「俺たちが仕事仲間だから?職場内恋愛?マスターと年少組がどうこう?そんな言い訳もう要らないと思うんですよ」
脚本があったら多分強引に口付けて居るけれどここは現実だ。
俺はこの人のことが愛しくて愛しくて、壊したいけれどそれでも大事で堪らないんだ。
貴女とは正攻法で向き合いたい。
いい加減にこっちをちゃんと見て。
日常なんて台本で本物の俺のたちの関係に蓋をしないで。
逸らさないで。
「俺は演技じゃないあなたとそろそろ台本無しで手を繋ぎあいたい」
「俺のこと、いい加減にちゃんと見てくれませんか」
「俺は貴女のことが好きです、大好きです」
「そろそろ、俺の恋人になってくれませんか」
あの台本みたいな悲劇は要らない。
外の気温も、雑踏の騒がしさも全部立ち止まって十数秒。
彼女の茶色の瞳とまっすぐ目が合ったり、その目の中が困惑していたり、泳ぎそうになるのを必死に堪えていたりして。
「……はい」
いくつ経ったか正直わからない。
長いか短かったかも。
おそるおそる、演技じゃ無い、ずっとずっと触れたかった彼女の頰に手を伸ばして、ふれる。
何度も何度もこんな仕草散々演ったのに、まるではじめてみたいでぞくぞくする。
ひとつひとつ、わからなくても手で探り出す。
いくらどれだけ他人の人生を演じたってこの身に宿したって、結局は俺たちは生身の今を進むしかない。
台本が無い不確定な日々を。
それでも愛おしいと思うのだ、こんな奇跡があるのなら。
ずっと欲しかった本物の彼女の唇は、今まで演じたどんな演目のシーンよりも格別に甘くて、泣きそうになるくらい。
「……私もずっと好きだった」
「ずっと聞きたかった」
「ずっと言えなかった」
この甘い甘いチョコレートは、一体これからどんな味を教えてくれるだろう。
きっとずっと飽きずに、ずっと愛おしい。
隣の温もりと空気の甘さにクラクラしかけながら。
熱を以って、やっとの思いで手に入れた林檎を片手に夜は更けていく。
【カイメイ】silent night【オンザロ舞台裏シリーズ】
お久しぶりマンです。毎年恒例行事として昔クリスマスにこのシリーズカイメイを投稿するしきたりがあったみたいなので書いたんですか、あけましておめでとうございます(神秘)
舞台裏のほうです。
オンザロ表じゃないです。
さすがにうちのカイメイシリーズはややこしすぎるのでざっくり。
*オンザロ表
オンザロの世界だけ
#オンザロ設定カイメイ
*オンザロ舞台裏
オンザロとかを演じてる中の2人って設定
#オンザロ舞台裏カイメイ
そろそろこっちの二人も幸せにしてあげなきゃなと思いました。もう4年?経ってるし。やばいな。
そういえば去年かなりあ荘で合同同人誌出しました。
カイメイとがくルカ一冊ずつ。
カイメイリンクこちらです
→https://kon-minshop2312.booth.pm/items/1392423
がくルカも登録します。ずっと忘れてました申し訳ない。
今年度はとても忙しくなるのでおそらく全く何も出来ませんがよろしくお願いします。
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また、彼女も僕らを愛してはいけなかった。
この心も日々も、全て偽りだ。
そんな偽りはいらない。
だったら、壊してしまえばいい。
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