夢なのか現実なのかも分からない。気が付いたら、一人でどこかの場所に立っていた。
ここはどこだったかな?
明るくは無いけれど真っ暗でもない、青空に灰色を混ぜたような空間で、しっかりと地面がある。馴染みのある場所のような気もするし、初めて来たような気もするし、懐かしいような気もする不思議な場所だった。
今立っているのは、二台の幌馬車が余裕ですれ違える程の幅がある、真っ直ぐに伸びている道のど真ん中。振り返って後ろを見てみても、道以外に特徴のある物は見えなかった。
人がいるような雰囲気はなく、建物も全く見えない。自分以外は何も無いのかと思ってしまう。
「むう……。誰もいない」
口を尖らせて文句を言っても、独り言になるだけで答えは返って来ない。この場で返事を求めても無駄な気がしてきた。
そもそも、私は誰だったかな?
ふとそんな疑問が浮かぶ。そう考えられると言う事は、私が『私』である事は間違いが無いと思うけれど、自分の名前や生まれ、何をしていたか等の情報が全く出て来ない。
覚えているのに思い出せないような、だけども知らなくて当然のような。
記憶をそっくり持って行かれたような、最初から何も無いのが当たり前のような。
矛盾しているはずなのに、それぞれが納得出来る意見だから余計に困ってしまう。
「とりあえず、道があるから進めばいいか」
呟いて思考を打ち切る。思い出せない事は今考えても仕方が無いし、歩いている内に思い出すかもしれない。何より、じっとしているのはどうも落ち着かない。
道がどこに続いているかは深く考えないようにする。途切れていたり分かれていたりしていたら、その時に考えれば良い。
漠然とした不安はあるものの、道の先に何があるのかと言う好奇心がそれを打ち消していた。この空間内で嫌な空気や雰囲気を感じないのも、呑気でいられる理由の一つだ。
かさりとした音が聞こえて、反射的に顔を下に向けた。
「あれ? どうして?」
いつの間にか右手に持っていたのは、手の平に納まる大きさに折り畳まれた紙。首を傾げつつも両手で紙を開くと、色の無い地図が目の前に広がった。
「交差点があるんだ」
地図の中央付近を片手でなぞる。書いてあるのは道だけで、森や川などは無い。
何の気無しに紙の上部に視線を動かすと、二本の線を斜めに交差させた印を見つけた。地図の右上に記された方位で東西南北を確認すると、印は交差点から北側にあり、他の道には印は無い。
確信半分、疑問半分で印を指差す。
「今立っている場所、ここだよね、多分……」
やや不安ではあったが、地図を見ながら足を進める。すると、自分が歩くのに合わせて印が移動を始めた。足を止めると同時に印も動きを止める。
自分の動きと印が連動している不思議な地図。本に出ていた魔法の道具みたい、とつい笑顔になる。
おそらく誰もが一度は憧れる、本の中に登場する不思議な道具。それを使う事が出来るのだから楽しんだ方が良い。
そう考えた自分に呆れて苦笑する。小さい頃に抱いた漠然とした気持ちは思い出せるのに、自分に関する情報は未だに一つも出て来ない。
もしかしたら、私は細かい事はあまり気にしない人間だったのかもしれない。もしくは変に考えすぎる癖があって、またそうなるのが嫌だから気にしないようにしているとか。
どちらが正しくても、思い出せない、分からない今の状況ではさほど関係無い。
南へ向かってのんびり歩きながら、即興で作った歌を口ずさむ。
色の無い地図を広げて
南へ 南へ
自分が歌うのはもちろん、誰かが歌うのを聞くのも好きだ。その中でもお気に入りの歌があったのを思い出し、それも口ずさむ。
るりらるりら この歌声は
誰の元へと届くのかな?
頭で覚えていると言うより、心や魂に染み付いている子守唄。いつかどこかで誰かに向けて歌っていた気がする。
るりらるりら この子守唄
あなたの心癒せるかな?
大切な人だった事は分かるのに、脳裏に浮かぶ顔には霧がかっていてはっきり見る事が叶わない。名前も思い出せない。
「まあ、それも仕方が無いか」
子守唄を届けたいと願った『誰か』には申し訳ないが、自分が何者なのかも覚えていないのだから、他の誰かの事を覚えていないのもあり得る話。別に驚くほどの事でも無い。
急に不安を感じて歌と足を止める。俯いて見えたのは灰色の道だけだった。
「その人は私を許してくれるかな……?」
何も覚えていない事を怒るだろうか。悲しむだろうか。どうしてだと詰め寄って追及するかもしれない。
後ろ向きの考えが頭を支配する。そんな事は無いと信じたいのに、負い目があるせいで振り払う事が出来ない。
心の中で不安の波が荒れ狂う。少しでも落ち着きたくて胸に片手を当てても、治まる気配は無い。
大丈夫だよ。
「え?」
初めて聞こえた自分以外の声。顔を上げて周りを見ても誰もいない。
「空耳?」
その割にはやけにはっきりと聞こえた。短い言葉だったけど、胸が締め付けられる程懐かしくて、不安な気持ちを静めてくれた優しい声。
「私にとって、本当に大切な人だったんだろうな」
ひょっとしたら半身と呼べる程の存在だったのかもしれない。正体が見えないのに、声を聞いただけで安心させてくれた。
ありがとう、と声の主に礼を告げる。この空間にはいないかもしれないが、そんなのは関係無しだ。ここでは何が起こっても不思議じゃないと言う妙な確信と信頼がついていた。
手を下ろし、止めていた足を動かして前へ進む。歩けば歩く程地図の印が中心部に近づいて行き、やがて視線の先に分かれ道が見えてきた。目当ての物を見つけて気分が高揚する。歩いていた足を早歩きに変え、縦横に交わった道に向かって走り出す。
間も無く交差点の入り口に差しかかり、足を徒歩に切り替えて息を整える。視界の端に人の姿が見えた気がした。
交差点全体を見るように意識して視線を変える。交差点は広く何も無いが、そのお陰で周囲を良く見渡す事が出来る。
誰かいると気が付かなければ、そのまま通り過ぎていたかもしれない。
十字に交わった道の中心部。憩いの場である公園や広場のように開けた場所に到着し、私は先客に声をかけた。
「こんにちは」
はじめまして、とか、ごきげんいかがですか、と笑顔で挨拶を返してくれた。
「何かの縁でしょう。お話でもしていきませんか?」
先客の一人が声をかけてくれたので、好意に甘えて先客の輪の中に入れさせて貰う。
不思議な空間に存在する、誰が作ったのかも分からない交差点。
そこで出会ったのは、良く似ているけれど少しだけ違う、三人の『私』だった。
魔法の歌を使い、姉弟と旅をしている私。
とあるお屋敷でメイドをしている私。
伯爵家に生まれた病弱な私。
それぞれの私が自己紹介してくれたけれど、相変わらず私は私に関する情報が無い。指先が付く所までは手を伸ばす事が出来るのに、掴もうとすると煙のように消えてしまう。ずっとそんな調子で、自分の事を話せないのがちょっとだけもどかしい。
少しだけ感じた疎外感。それを誤魔化したくて冗談を口にする。
「皆同じ姿だから、服を交換しあったら見分けがつかなくなるね」
まるで鏡を見ているみたいだねと笑い合う。
沢山ある世界が何らかの拍子で交わる事は、多分滅多にある事じゃない。それは全員何となく理解していて、話をする機会を楽しんでいた。
私は話せるような話題は持っていない。けど、他の三人はその事を責めたり憐れんだりする事も無く、それぞれの世界で経験した事を話してくれた。
願いと思いを込めた歌で、荒野を緑に変えた事。
主人の暴食に呆れつつも、楽しく仕えている事。
死神と出会って友達になり、共に過ごした事。
私では無い私が聞かせてくれた話は、どれも嬉しさや幸せに満ちていて。一つ話しが終わる度に笑顔になって。
自分が何者か分からない事はどうでも良いと思えた程の楽しい時間。気が付いたら随分話し込んでいた。
話す事が無くなり、どうしようかと四人で考え始めた頃、何処からともなく歌が聞こえて来る。
交差点に着く前に聞こえたのと全く同じ声で、透き通った綺麗な歌声だった。
世界はただ交わり
そして過ぎ去った
それは単に決められていた事
理由なんて無い
だが僕達はここにいる
だから「会えてよかった」
僕達は似ているだけで
決して同じじゃない
それは単なる僕と君の形
そう 理由なんて無い
それでも僕達はここにいる
もう 行く時間だ
ギターの音色に乗せて流れるのは、出会いと別れの歌。終わりの時間を知らせる優しい弾き語り。
「そろそろ帰らなくちゃね」
お別れはちょっと寂しいけれど、自分の世界に戻らなくちゃいけない。
「楽しかったよ。色んな世界の『私』」
笑顔で挨拶を交わしてから、それぞれが来た道へ向けて歩き出す。
私は交差点の入り口で立ち止って振り返る。小さくなって行く三人の私を見ながら、右手を大きく振りながら叫ぶ。
「またいつか!」
声に反応してくれた三人が振り返り、同じように手を振ってくれた。表情は見えないけれど、きっと笑ってくれていると信じてもう一度声を上げる。
機会があれば、この交差点でまたお話をしよう。
気まぐれな交差点で
何処にあるかは分からないけど、どこかに存在する交差点。
今までの作品のリンをSNSの交差点で会わせてみました。
最後の方にある歌は、動画にあった和訳のコメントほぼそのままです。
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