自らの欲望で、自らを堕とした天使は、自らの手で愛を紡ぎ、自らの手で終わりへと導いた。
ある日の夕暮れ、身も心もぼろぼろに傷ついた一人の哀れな迷子の天使が、ふらふらと街を彷徨っていた。
そこで天使は出会った。とても綺麗な、美しい瞳をした、一人の少女と。
それが、己を、そして彼女をも狂わせ、堕としていくことなど露ほども知らずに・・・。
少女と目が合ったその瞬間、天使は恋に落ちた。人と天使は、決して結ばれてはならないのに。天使は、決して許されることの無いその思いを叶えようと、罪を犯してしまった。まっすぐ少女へと向かっていく天使の全て。想いのたけを、全てそのままストレートにぶつけて、天使は彼女を求めた。抱き寄せる白い、細い腕。迫り来る唇。突然の出来事に驚いた少女は、天使を突き放した。
今度は天使のほうが驚き、木陰に隠れて、呆気に取られている少女を見ていた。
「自分はあの娘に拒絶されている。」そう感じ取った天使。天使に性別など無いとはいえ、天使は周りから見れば女の姿。認められるわけが無い。どうしても、想いを叶えたい天使は、ついに悪魔と契約を交わしてしまった。漆黒に染まる契約を。汚れ無き、天子の美しい心も、恋仲にあった彼も、全て捨てて。ただ、少女を愛したいがためだけに。
少女は森の教会へと向かっていた。今日は、長年愛を育んだ愛しい彼との結婚式。期待に胸を膨らませている少女の目に飛び込んできたのは、儚げな、でも先を見据えるような目をした少年だった。その目に少女は、強い既視感を覚えた。そしてその目は、一瞬で少女をとりこにした。少年にすっかり惚れた少女は、愛しかった彼のことなど忘れ、少年と駆け落ちに走った。ただ、不思議なことに少年は、初めて会うはずの少女に、「ずっとあなたを愛しく思っていました。」とささやいたのだ。そう、なぜなら、その少年は、天使そのもの。
時はさかのぼる。悪魔の元へ足を運んだ天使は、少女との恋を叶えるために、自らの羽を切り捨てて、人として生きることを決意した。さらに、女の姿である天使は、全てを捨て、裏切ることと引き換えに、美男子の姿を手に入れたのだった。ただ、それらと同時に、堕天使に成り下がってしまった。
少女は、愛し合っていた彼との過去を全て忘れ、何事も無かったかのように消し去ってしまった。そして、それを後悔したことすら悔やむほど、少女は少年に溺れていった。
天使が犯してしまった、禁忌の罪。それは、もう一人の天使の心に、深い、決して癒えぬ傷となって刻まれ続けた。そしてついにあるとき、怒りに燃えたもう一人の天使の手によって、少女に裁きが下された。もう一人の天使・・・、それは、天使と恋仲にあった、美少年の天使。もう一人の天使は、悪魔に身を委ねてしまうほどにまで天使をとりこにした少女を許せずに、彼女に向けて矢を放った。狙うは・・・Heart。
冷たくなり動かない少女を見つけた天使はその場に泣き崩れた。そして初めて、深い後悔と自責の念にかられた。そして天使は心に決めた。
“私は、決して許されることの無い想いを抱き、それを叶えるためだけに、神に背いた。今ここに存在する、いくつもの罪、その全ては私の死によって償われるべき---------。だから愛しい貴女に、私の死を捧げます・・・。それが、貴女に私の全てを捧げると誓い、闇の契りを交わした私の、抗うことの出来ない運命・・・そう信じて。”
堕天使は、悪魔の元へ向かった。少女を救うために。そして、悪魔と交わした汚れた黒の契約を解いた。また、その命を彼女の中に吹き込んで、少女を救った。その瞬間、天使の身体は溶けるように消え、白く清らかで、穢れを知らなかったその魂は、数多の許されない罪によって、黒く汚れ、地の果てへと堕ちていった。天使が消え去ったその後には、一枚の羽だけが残されていた。
少女は夢を見ていた。夢の中で、少年が言った。
「私たちは、決して許されない罪を犯しました。それらの罪は、全て私の死によって償われるべきなのです。だから、さようなら。どうか、幸せに-------。」
そういうと少年はみるみるうちに美しい少女の姿に変わり、消えていった。
はっと目覚めた少女は、少年の姿を探した。辺りを見回したその美しい瞳がとらえたものは、落ちている一枚の羽だった。その瞬間、少女は全てを悟った。少年の正体、自らが犯した罪-------。それに、あまりにも大きな衝撃を受けた彼女は、切りたった崖のふちに降り立った。そして・・・・・・。
欲望に翻弄され、悪魔に身を委ねた堕天使と、天使が犯した罪と同じ、汚れた黒に染まった少女。
地の底へ果てなく落ちていっても、互いが誓った黒の誓い、その楔を絡め合い、許されない罪、禁忌の罪を、永久に抱えていく・・・。
互いの罪が朽ち果てて消え去り、再び二人、巡り合うその瞬間まで・・・。
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