――――――――――#3
最初に見た時には、こいつだと思ったのだ。だから、挙動不審気味なそいつに、こう声を掛けた。
「所属は?」
「は?」
まさか私を知らない攻響兵が来るとは思わない。だから、すぐに考えを変えたんだ。こいつは『違う奴だ』と。
「ああ、なんでもない。基地にきた用件はなんだ?」
「はい、軍に志願して、こちらに出頭せよと伺いましたので参りました」
「なるほど。では書類を書いてもらおう。身分証明書と、軍からもらった何かあるだろ。出せ」
「はい」
それが私、亞北ネルと鏡音レンのファーストコンタクトだった。
「ところで、貴様の志願する兵科はなんだ」
「兵科は、志願するのは攻響兵です」
「ほう。この書類にはそんな風に書いていないがな?」
「……難しい事はよく分かりませんが、とにかくその書類を渡されましたので」
「ふーん?」
後から考えると、理論上可能なとんでもない裏技を誰かさんが仕組んでいたのだ。どちらかは分からないが。
――――――――――あれが、「エルグラスのVOCALOID」ですか。
――――――――――いいえ。「エルグラス出身の志願兵」です。
――――――――――白々しい。
――――――――――ご明察の通りDeath♪ネルは退かせて下さい。
――――――――――……了解。
「おい、こいつにどの許可書をくれてやったらいいのか、本部に問い合わせろ。私は一服してくるついでに、こいつを待合所に連れてくから」
結局、許可書は発行されなかった訳だが。この時は、こいつをただの酔狂で幸運な攻響兵マニアだとしか思っていなかった。
「話を始めに戻すと、過去にはありえなかった物理現象が、再現性のあるメカニズムを伴って、突然頻発するようになったと。それは人間同士での約束や習慣を、物理現象が模倣するかのように紡ぐ言葉に応じて発火させたり異常気象を起こしたりする、と」
神威がくぽが、割と整然に理屈を組み立てている。
「気取った言い換えをするなら、まるで物理法則が今までの物理世界では窮屈だと言わんばかりに、人間の言葉の世界に自己表現の場を求めているかのような、敢えて言葉の世界に物理法則を持ち込んだかの如く、云わば人文学が物理学の侵略を受けているとも言えるのでしょう」
弱音ハクが、なんか批評家みたいな表現で訳の分からない事をのたまっている。
「そうともいえなくはないとおもわんでもないんやが、なんかこう人の数が増えすぎて物理現象が生じたみたいな、はなししてへんかったか?」
猫村いろはが、すごく無理して話に混ざってきた。
「せやねんなんですけど、先の大乱で結構減っているねんですから、こう、むずかしいですね?やね?」
巡音ルカが、気を使いすぎた結果とてもラディカルに全力で失礼な事になっている。
「この流れを私が落すのか。ボケるべきかツッコまないべきか、それが問題だな」
亞北ネルが冷静に、かつ深刻な表情で呟いた。
「話を始めに戻すと、言ったな!!!」
神威が座卓に拳を振り下ろした。流石に大きな音が響いたが、やたら高そうな座卓は大きな音を響かせただけで、びくともしていない。
「始めに戻すなら鏡音レンの話だろ。戻っていないのは神威閣下の方じゃないか」
「あ、ああ。そうだったな。すまない、取り乱した」
動揺を取り繕いながら、神威は刺身に箸を向けた。大トロでツマを巻いて醤油で食べる。美味そうだと思ったが、今日の所は真似しないで置いてやろう。
「んな食い方邪道やで。大根なんか飾りやないか」
「見ていたけど、なかなかやなー、って顔をしたよね」
「ああ、まあまあやなとはいっといたる」
猫村は肘を付きながら白けた顔でもぐもぐしている。大トロと大根が口の中に残っているので、喋りも若干声がこもっている。
「話を元に戻すと、鏡音レンのリリックコードの話になりますが、あまり、良い意味だと思ってらっしゃる方は、いませんよね?」
恐る恐るという様子で、巡音市長が切り出した。この空気の核心をきっちり突いてきた。
「せやねんだよなー……。目の前の敵をぶち殺したいじゃなくてさー……」
「都市レベルで死んだ奴全員の、愚痴を聞けって内容やろ?えぐいで?かなり?」
「ぶっちゃけ、そうなんですよね。どう考えても、やっぱりエルグラスの件、恨んでますよね?」
「なあ、はっきり言うけどさ、神威閣下。やっぱり、皆考える事は一緒だぜ?誰かに言わせようとしているなら――」
ネルの言葉が途切れる。がくぽの暗く光を失った瞳がこちらを見て、ひどく陰鬱な心を感じた。
「……戦争は、まだ続くだろう。メディソフィスティア僭主討伐戦争の発端となった皇君廃止事変によって、世界の外交が混乱した残響が、未だに拡がっている。ポストエンペラーの争奪戦は更に血を流すだろう。エルグラスの惨劇すら生ぬるい、更に――」
神威が何か語り出したのを、ネルはちょっと内容がまずいと直感した。
「いやさ、やっぱ鏡音の奴、戦争嫌ってるよね!!!あいつほどの奴が、これからエルグラスミタイナノ他の場所でもあったら、そのうち暴走するよね!!どうしよっか!!!」
出来るだけ、可能な限り、明るく、短く、わかりやすく。やってみたのだが。どうだったのだろうか。
「せやな。エルグラスだけで終わるならエルグラスと鏡音とお偉いさんだけの話や。うちらがせなあかんのは、これからの話やで」
猫村中将の言葉に、神威中将が頷いてる。だいたいあってたみたいだ。
「中央には、なんとなくエルメルトが担当するように報告は仕向けていますが、鏡音レンの件でまた何かあれば、中央が鏡音レンに興味を示すかもしれません」
「それで、非公式にうちらに根回ししたいんやな。やけに付き合いええなおもたんや」
「つまり、ややこしい手続きを中央に要求されないように、市長である私にも協力させるお積りですか?」
「せやねん、だ。鏡音の奴、そろそろ目立つ頃だからな」
「わからんのは、それが本題か?それともついでか?」
猫村中将が怪訝な顔で抽象的に聞いてくる。喋りにくい事情――健音テイとかいうつよいのが同じ建物にいるからだが――はあるが、質問も文章も的確である。
「そちらが出した短期的な本題と、こちらが出す長期的な本題の、両方だ」
「ん。そういうんやったら、今日はそれでええな?」
「助かりますは」
皿も見ずに、ネルは刺身のあった場所を手の感触だけでとって、一口で呑み込む。トロの脂と大根の千切りが、仲良く喉を通っていく。
「まあまあだな」
「まあまあやろうな」
この状況。敵が障子一つ隔てた廊下をうろうろしているのは知っている。そして、どこを聞かれているのか、全くわからない。奴は、UTAUの軍団で幹部をやっているのだ。だが、逆情報すら打ち合わせ無しでは、なかなか流せない。味方にも逆情報として流れかねない。
一歩間違えれば、死地を招く。間違いなく窮地だ。
いっそ、今すぐ襲い掛かってきてくれればいい。巡音と、弱音か私、神威か猫村、とりあえず3人逃がせば、残りで刺し違えてもひどく分が悪い結果ではない。
まあ、そう簡単にはいかねえだろうけど。軽い気持ちで手を叩く。
「誰かおらぬかー」
「失礼致します」
いきなり襖が開く。健音テイだった。
「お伺いいたします」
「ビフテキとカツ丼を5人前頼む」
「あいにく、仕出しの業者が本日の営業を終えていますので、申し訳御座いません」
「マグロのステーキと、マグロのカツ丼5人前だ。気が気かねえな」
「大変失礼致しました。女将に申し付けてまいりますので、お待ちください」
「おう。すぐ持って来い」
廊下で礼をして襖を閉めた。いくらなんでもフェイクでない足音が遠のいていく。1分だけ安心できる時間を稼いだ。
「……誰だよ、ここでやるって言った奴は」
「……神威だ。全責任を持つから適当に取り計らえと、情報本部に丸投げしたらしい」
「……そうなんですか。参謀本部がやたら細かい問い合わせをかけてくるから、私を忙しくして何か仕組んでいるのかと思っていましたが、やっぱり」
「……では、ここしか予約が取れなかったのはまさか」
「……下手に小細工しても通用しなかろうと、思ったからな」
くっそ。神威の言い訳下手すぎていっそすがすがしい。
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