「キヒヒヒヒヒ」
 テンションマックスになったゆかり先輩が、背丈を越える刃渡りを持つ鎌をぶん回していく。
 風を切る音が周囲に響いた。
 それと同時に、金属と金属がぶつかり合う音が響き渡った。
 半狂乱になった罪人が銃を乱射しているのだった。
 俺はというと、周りの罪人を狩り終わったところだった。
 俺の名前は高橋洋二。死神だ。あの狂った笑いをしているのが結月ゆかり先輩。
 俺とゆかり先輩は、罪人の狩りをしている真っ最中。罪人っていうのは、カルマの滞納をしている人間を言う。
 あとはあいつ一人だけ。たぶん、この組のボスたる存在なのだろう。
 弾が空になったようで、そのボスは顔面蒼白になっていた。
「あらら。もうこれで終りですか。残念です」
 つまらない、というような顔をして、ゆかり先輩はそいつの目の前にまん丸にカーブを描いた鎌を差し出す。
 こんな鎌で、いったいどう斬るんだ? というような鎌は、死神だからこそ問題無い。
 死神が斬るのは魂であって、肉体ではない。
 ただ、あんな鎌でも戦えるのは、ゆかりさんだからだろうな、と思った。
 俺はというと、いかにもなオーソドックスの鎌だった。
「ひいいい。許してくれ、許してくれええ」
 まーた始まった。
 たいていの罪人のお決まりのパターンだ。
 最後の懇願をこれまで数百と見てきて正直飽きてしまった。
「問答無用ですよ」
 ゆかり先輩は独特の鎌を勢いよく持ち上げて、勢いよく振り下ろした。
「うわあああああ」
 鎌がボスの体の魂だけを切り裂いた瞬間、ボスは気を失ってしまった。
「終りです……ふぅー」
 ゆかり先輩はちょっと不完全燃焼な顔を俺に見せた。
「これで依頼は完了ですね」
「……つまらなかったです」
 そんなこと俺に言われても……。
 ゆかりは敵のあっけなさに心底がっかりしているらしい。
 黒幕がいなかったからだ。
 黒幕、陰謀……etc、死神にとって、そいつらを狩ることこそ、至上の喜びとしている。
 それは、彼らはカルマを誤魔化しているからだ。頭悪い部下を使って、罪を逃れようとしている。そういう人間はかなりの負債を負っている。死神はそれを回収すること。それを一番の目的にしている。だから、黒幕を見つけるとわくわくしてしまうのだ。
 滞納したカルマを一気に回収できる喜びといったら、言葉で言い尽くせない喜びがある。
 特にゆかり先輩は、テンションがあがってどうにも止まらなくなってしまうらしい。
 それがあの気味悪い笑いである。
 でも今日狩ったのは、どうやら小物だったようで、死神の目を使用して因果を辿っても、ここが終着点だったみたいだ。
 だから、黒幕はいない。それがゆかりにはすごいもの足りないものだったらしい。
 俺たち死神にとっては、そいつらを狩ることこそ、本番だからな。
 あ、「狩る」と言っても殺すことじゃないからね。
 死神は死を狩るものとよく思われているが、死は結果に過ぎない。
 俺たちが狩るのは因果。より正確に言えば、カルマだ。
 犯したカルマの大きさに合わせて魂に傷をつけて、返済しない限り永劫の罪人の烙印をつけるのが俺たちの役目である。
 そのカルマを回収するのは別の神が担っていて、それが死だったり病気だったりするだけである。
 だから俺たちが黒幕を重視しているのは、黒幕は因果律を誤魔化す不届き者だからだ。
 と、新米死神になった俺がここ数ヶ月でゆかり先輩に教わったのが以上のことである。
 今日もたくさん狩った。
 早く帰ってゲームしたいところだが。
 今日もまたゆかり先輩の愚痴につき合わされそう……。
「歯ごたえがなさすぎてつまらないですね」
 ゆかり先輩は鎌を消失させる。
 俺もそれに合わせて消失させた。
「飲みますよ、洋二くん」
「あ、いや、その」
「ゲームより重要なことはなんですか?」
「……はい。お酒を飲むことです」
 しくしく。いつかパワハラで訴えたいことろ。訴える場所があればの話だけど。
 俺たちは現場を離れて、空へ向かった。


 ここは死神界にある居酒屋。
 ついてからかこれ数時間、俺はゆかり先輩の愚痴につき合わされていた。
 帰りたい。すごく帰りたい。
「あの緑虫とたこ女め~、ひっく」
 ゆかり先輩は呻いた。
 あの緑虫とは、名前は知らないが、天使の女の子のことである。
 緑髪のツインテールに、長ネギを杖代わりに使う天使。
 たこ女とは、そいつの上司のことだ。
 彼女たちはやたら祝福を使うから、死神たちから嫌われていた。
 祝福は、簡単に言えばカルマのしがらみを飛び越して得をさせる奇跡のことである。
 それは因果の法則を守る俺たち死神にとって、回収業務を混乱させるものである。
 だから無闇な祝福は業務の邪魔でしかない。
 あ、他にも金髪の兄妹や茶髪のお姉さんや青髪のお兄さんが居たが、彼らはそこらへん配慮してくれるから問題ない。
 問題は、緑虫とたこ女である。
 相手は天使だから、消滅させることは出来ない。
 俺たち死神と天使は対等な存在。それはお互い天使界や死神界でもご法度になっていた。
「ぜったい消滅させてやる!」
「まあまあ」
「なんだとー!」
「ちょっと……落ちついて」
 あ、ゆかり先輩、またビールを頼んで……。
 帰りたい。
 ――ブブブブブ
 携帯が震えた。どうやら、また仕事の依頼みたいだ。
 ろくに休憩できない。下っ端はつらい。
「洋二、準備は出来ました?」
 さきほど酔っていたのがうそのように、ゆかり先輩はシャキーンと背筋を伸ばしていた。
 俺は体調を確認し、頷く。
「行きますよ」
「はい」
 俺たちは御代を払ってさっそく、地球へ向かった。


 すぐに現場へ向かった。
 そこには年端のいかない子供が、悲しい姿になっていた。
「?」
「気づいた?」
「はい」
「これは、吸血鬼ね」
 見たところ、血の量がおかしい。かなり減っている。
 俺はゆかり先輩を見た。
 ニヤリとゆかり先輩は笑った。
 俺たち死神にとって吸血鬼は、最重要排除対象である。黒幕より上だ。
 いや、正確に言えば黒幕の成れの果てとも言える。
 他人の生命エネルギーを血を介して奪い取るそんなやつらは、かなりの負債を負っている。
 そいつに罪人の烙印を押して、回収すれば、自然の均衡は保たれる。
 だから俺たち死神は吸血鬼を見つけると興奮する。
 いつものゆかり先輩の笑みが、黒く染まるのを見た。
 俺たちは頷いて、

「「ジャッジメント・アイ!!」」

 死神の目を発動させる。
 世界が薄暗くなって、さまざまなところから金色に輝く糸が見え始めた。
 これが、因果の糸。
 その糸が不自然に巻き付いていたり三つ編みなど絡み合っていたら、それが吸血鬼の痕跡である。
 その死神の目を使って、対象を見た。
 その少女の亡骸に、何重にも絡まった因果の糸が有った。
「み~~~~~~~つけた~~~~~~~~~ヒヒヒ」
 何度でも言いたい。キャラを変えないで欲しい。
 せっかく可愛いのに、引いてしまうわ。
「洋二くん、行きますよ……ひひひ」
 あ~こりゃテンションマックスだわ。
 まあ、滅多に無い狩りだから、しょうがないけどねえ。
 俺はうなずく。
 ゆかり先輩は初動なしでいきなり猛スピードで空を飛んだ。
 俺はそれに必死に食らいつく。
 速い!
 複雑に絡み合った因果の糸を辿ると、そこは教会だった。
 ゆかり先輩が急ブレーキをする。
「邪魔です」
 そこには緑虫とたこ女が立っていた。
「待って祝福をすれば、彼にだって」
「そうよ、まだ更正できる」
「もう遅い。積み重ねた罪は償わなければならない」
 俺とゆかり先輩は鎌を出現させた。
 しばしばにらみ合う俺たち。
 このまま膠着状態が続いて逃げられてしまうんじゃないかと、そう思われたとき。
「きゃあああああ」
 悲鳴が聞こえた。
「ふん」
 俺とゆかり先輩は二人を押しのけて、教会に入った。
 そこには血を吸っている女と血を吸われている女性がいた。
「な、なんだ貴様ら!」
 女性の命が危ないな。まだ間に合う。
「あなた、死神を知らないの?」
 ゆかり先輩は独特の鎌を構えながら一歩近づく。
「死神、そんなのがいるのか!?」
 どうやら吸血鬼になったばかりの女らしい。
 吸血鬼の中では小物で新人といったところか。
 ゆっかり先輩、ちょっとがっかりする。
 が、すぐに黒い笑みを浮かべた。
「なら教えてあげます。これが死神の力です!」
 ゆかり先輩は先端で円を描いた鎌を横なぎにした。
 すると、教会の空間をどす黒い霧が覆っていく。
「なにこれ……!」
 吸血鬼も同様に手を横に振った。
「霧が、使えない!?」
 その吸血鬼は女を手放して逃げようとするが、表情が恐怖に染まっていく。
「吸血鬼のあたしが、なんで震えているの!?」
 死神が原則的に狩るのは、カルマだ。
 しかし、積み重ねた罪の大きさによっては、そのまま奈落行きである。
 吸血鬼となれば、それは当然の成り行きだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。話聞いて、ねえ!」
「問答無用」
 俺はすぐさまゆかり先輩の効果範囲から退いた。

「ジャッジメント・ダンス」

 ゆかり先輩が大鎌で演舞を見せたとき、
 地の底からうなり声が聞こえてきた。
「やめて! やめてやめてやめて~~~!」
 吸血鬼は頭を抱えた。頭に激痛が走っているのだろう。
 決してゆかり先輩のダンスが下手なわけではないぞ。
 そこへ、地面が割れて大きな手が突き出る。
「うおおおおおおおおおお」
 その手は迷い無く吸血鬼を掴んだ。
 ゆかり先輩は鎌の先端にある縁に吸血鬼の首を入れて、
「ジャッジメント!」
 二つに裂かれた吸血鬼のもう一つの身体は、地面から突き出てきた大きな手に掴まれて、そのまま地面の下に消えていった。
「気持ちいいいいいい」
 わざわざ叫ばなくても、でも、あの恍惚とした表情はなんか色っぽいからちょっと困る。
 ゆかり先輩は異空間を閉じた。
「良い仕事しました」
 あ、はいそうですね。
 俺も見習いから正式な死神になったらあんなキャラになるんだろうか……。
 ちょっと将来が不安になった。
「さあ、また飲みますよ」
「えええええ」
「その後休暇を申請するから。ね?」
「……いただきます」
 それならまあ、良いかな。
 俺とゆかり先輩は教会から飛び出した。
 外にはもうあの天使たちはいない。帰ったのかな。
 また、会うことになるかもしれないが。そのときはそのときだな。
 俺とゆかり先輩の死神稼業はこれからも続く。            END

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

結月ゆかり(死神)『因果を狩る者たち』

 ゆかりちゃんでコメディとか明るい話を書いてみたかったけれど、どう転んでも無理だった(技術や趣向的に)。なのでこういった話になりました。


 ゆかりちゃんには狂気が似合うと思う。そんな話です。


 次は音街ウナちゃんの魔法少女的な話を書いてみたいと思う。(狂気ではありません)

 あともう少しキャラを増やせるようになりたいな。

 では。

閲覧数:606

投稿日:2017/12/17 13:15:00

文字数:4,396文字

カテゴリ:小説

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