第九章 陰謀 パート8
「ごめんね、グミ殿。料理なんて久しぶりで。」
誤魔化す様にそう言ったメイコの表情をグミは呆れ切った表情で眺めることになった。料理と言っても、紅茶を淹れただけだ。どうしてそれだけの行為にここまで時間がかかったのだろうか、という疑問は当然グミの心中に湧き起こったが、今日はメイコ殿の料理を堪能する為に来たわけではない。とにかく本論に入ろうと思い、グミが口を開きかけた時に、隣に座るアレクが思いっきり咳き込んだ。
「どうしたの、アレク?」
不思議そうな瞳で訊ねたメイコに向かって、アレクは苦笑いしながらこう答えた。
「・・少し、紅茶が苦かったので。」
「そうかしら?」
「やはり紅茶はティースプーン一杯程度が丁度いいのではないでしょうか。」
「だって、沢山入れた方が美味しくなると思って。」
どれだけ料理が苦手なのだろう。グミはそう考えて口元が引き攣る様な感覚を覚えた。とりあえず、この紅茶は飲まないようにしようとグミはそれだけを決意して、話を切り出すことにした。このまま夫婦漫才を見ていたらそれだけで日が暮れてしまうと考えたのである。
「うわ、本当に苦い・・。アレク、今度はあなたが作って。」
「畏まりました。」
まだ続ける気か、とグミは怒りに駆られて、思わずこう叫んだ。
「お話を進めても宜しいですか!」
その声にきょとんとしたのはメイコであり、先程と同じように苦笑を見せたのはアレクであった。この二人によって緑の国が陥落したのかと考えるとどうしようもなく悔しくなる。グミにしてみれば、ミルドガルド大陸に誇る軍人であるはずの二人はもっと立派な態度をしていなければならないのである。その二人がこんな適当な態度では先が思いやられる。紳士だと思ったアレク殿もメイコ殿のペースに飲まれたままだし、私がしっかりするしかない、とグミは考えたのであった。そのまま、グミは言葉を続ける。
「今回は黄の国の民衆を救うために、カイト王の名代としてはるばるやってきたのです。」
当初考えていたプレゼンテーションの内容は既にグミの脳裏から吹き飛んでいた。とにかく、伝えるべきことを伝えなければならない、と焦るグミをなだめるように、アレクが言葉を続けた。
「メイコ隊長、ミルドガルドをもっと住みよい世界にするつもりはありませんか?」
「どういう意味?」
メイコがそう訊ねた。グミではなく、その視線はアレクに向かっている。なんだろう、この感覚。グミはなぜかその様なことを考えた。妙な嫉妬心の様なものが芽生えているのは自分の役割をアレクに奪われたからだろうか。
「ご報告しておりませんでしたが、私は軍を逃亡致しました。」
「・・なんですって?」
アレクの言葉にメイコは眉をひそめた。軍の逃亡は重罪である。もし捕まれば、悪ければ極刑、運が良くても重罰は避けられない事態であるのだ。
「王立軍が略奪行為を働いていることはメイコ隊長もご存じかと思います。その略奪行為に反発して、私は軍を逃亡致しました。私の直属の五十名も同行しています。」
「彼らは今、どこにいるの?」
「ザルツブルグで待機させております。そのザルツブルグでグミ殿とお会いし、今回メイコ隊長に申し上げることがあり、恥を忍んで黄の国の王宮に舞い戻って参りました。」
「あなたがそこまでするなんて・・。一体、何の要件なの?」
空気が変化した、とグミは痛感した。先程までの二人の会話に存在した甘ったるい空気は既に消え去っており、残された気配は軍人としての緊迫した会話のやりとりだけになっている。これが本来のメイコ殿とアレク殿の姿なのだろうか。ミルドガルド大陸に誇る最精鋭部隊の隊長と副隊長という役職は、ここまで緊迫する関係なのだろうか、とグミは考えた時、アレクが慎重にこう告げた。
「メイコ隊長、我々に必要なものは政変です。」
直後に、沈黙。メイコは思案するように視線を空中に彷徨わせた。真剣に考察している様子がグミにも良く分かる。酒瓶を片手に帰宅した、酒乱の女性のような姿はもうそこには存在しない。あるのは騎士としての緊迫した空気。それを感じて思わずグミが息を飲み込んだ時、メイコが沈黙に耐えられなくなったかのように口を開いた。
「反乱を起こすつもりなの?」
「そうです。リン女王を打倒しない限り、黄の国に安定は訪れません。」
アレクが強い調子でそう告げた。それに対して、メイコは溜息交じりに答える。
「出来ないわ。リン女王はそれでも、私の主君だったのよ。」
「メイコ隊長、それは違います。」
アレクはそう言った。そして、言葉を続ける。
「国家は国王の為にあるのではありません。国民の為にあるのです。」
その言葉は、知恵者であるグミですら今まで一度も耳にしたことのない言葉であった。国民という言葉をミルドガルド大陸に置いて初めて使用した人間は公式の記録に残っている限りアレクが初めての人物であり、その言葉をグミが知らなかったことに対しては不思議でもない。それはメイコも同様であり、不思議そうな口調でメイコはアレクに向かってこう答えた。
「『国民』?」
「そうです。逃亡中に私が考えた造語です。略奪の命令を受けた時に、私は強い疑問を感じました。騎士は弱い者を助けなければならない。そして、国王に対して絶対的な忠誠を誓わなければならない。この格言は、国王が弱者を虐げるような指示を出した時に強い矛盾を発生させます。しかし、そもそも弱者を虐げるような国王は国王としての資格を持たない、と私は考えました。では、国王の権力はどこから派生するのか。私の結論は単純です。」
アレクはそこで一度言葉を区切ると、一つ呼吸を整えてから言葉を続けた。
「その国家に属する民の承認により国王の権力が発生するのではないでしょうか。その民の事を私は国民と定義しました。これまでの黄の国の国王はそれなりに安定した政治を行ってきた。だからこそ無意識に国民は黄の国の国王を支持し続けていたのです。しかし、それも状況が変化した。今のリン女王を、国民は支持しておりません。ではどうするか。王権を変える必要があります。国王の望みのままに民が虐げられる国は理想の国家ではありません。民が望む政治を行う国王だけが、玉座に君臨する権利を持つのです。」
それは、革命思想の先駆けとなる様な発想であった。現段階におけるその発想は国家に国王が必要だと考えている点で完成されたものではなかったが、その思考はある人物との出会いにより大幅に修正され、後のミルドガルド史を大きく変化させることになる。その人物との出会いはまだ当分先の出来事ではあったが、今の未完成な思想であっても、メイコの心を揺さぶるには十分な威力を誇っていたのである。
「国は、民の為にある、か。」
呟くようにメイコはそう言った。その言葉に頷いたアレクは、更に言葉を続ける。
「国民の安定の為に、メイコ隊長の力が必要なのです。」
その言葉に、メイコはもう一度思案した。私にその様な力があるのだろうか。今は軍を引いた私に、そんな力が。そう考えたメイコは、重々しく口を開く。
「勝てる算段はないわ。私達に兵士はいないのよ。」
その言葉に、アレクはグミに目配せをした。青の国の状況を話せと言うことだろう、と判断したグミはようやく出番が来たわ、と少し上気した口調でメイコに向かって言葉を放った。
「軍についてならご安心ください。反乱の準備が整った段階で青の国が黄の国へと攻め込みます。そして軍の主力が黄の国の王宮を離れた瞬間を狙って我々が蜂起します。」
その言葉を補足するように、アレクも言葉を紡ぐ。
「少なくとも、反乱にはザルツブルグに待機している私の直属五十名も参戦致します。他に仲間を集める必要がありますが、今の黄の国の国民は針でつつけば暴発する程度にリン女王に対する不満を高めております。その国民達と共に攻め上がれば、反乱は成功したも同然と考えます。」
どうやら私の知らないところで準備は整っているらしい、とメイコは考えた。主君に対する反逆であることはメイコの心にどうしても引っかかりを残しているが、かといってこのまま民が虐げられれゆくことを見逃すことは騎士として恥ずべき行為か、とメイコは考えて、そして決断を告げる言葉を二人に告げた。
「分かったわ、アレク、グミ殿。」
ハルジオン52 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「と言うことで五十二弾です!」
藤田「めーちゃん可愛い!」
みのり「うわ、あんたなんで来てるのよ!」
藤田「めーちゃんが可愛いので乱入しました。」
みのり「満!この男摘まみだして!」
満「おちつけ、みのり。」
藤田「そうだよな、寺本。お前もニヤニヤしただろ?」
満「別に。」
藤田「嘘つけ!」
みのり「いいから早く出てってよ!殴るわよ。」
藤田「こ、怖・・。」
満「お前が以前変なことをするからだ。」
藤田「ちょっとセリフ奪っただけじゃんかよ・・。」
みのり「出てった?藤田出てったよね?」
満「ちゃんと鍵かけたから大丈夫だろ。」
みのり「もう、ここはあたしと満の愛の巣なんだから、次に邪魔したら殺すから。」
満「あ、愛の巣!?」
みのり「そうよ。少なくともアレクとメイコよりは仲がいいでしょ?」
満「そ、そうだな、ってみのり、体を寄せるな、胸を当てるな。」
みのり「いいじゃない、あたしがくっつきたいんだし。」
扉:がっ!がっ!
藤田「満てめえ!鍵掛けやがったな!」
みのり「また来たよ、アイツ。」
満「ストッパー役らしいからな。」
みのり「そんな役知らない。とりあえず紅茶でも淹れるね。」
満「・・ティースプーン一杯分な。」
みのり「あ、あたしはメイコより料理が上手いんだから!」
満「・・期待してる。」
みのり「ということで、あたしは満の紅茶を淹れるので失礼します☆次回投稿をお待ちくださいませ♪」
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