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こちらはwowaka氏による初音ミク楽曲「ローリンガール」の二次創作小説です。
そういう類のものが苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
はじめての方は「はじまりと、」からご覧下さい。
ローリン@ガール 8
あの連続音を聞いて、意識が浮上した。だけど、まだ全身はけだるくて。いまはまだ、まどろんでいたい……。まるで、日曜の朝、久々の休日だからと自分を甘やかすときのように、今は、眠っていたいと、ぼんやりと考える。
そうやって、真っ暗な意識のなかを浮上したり、沈んだりを繰り返しているうち、ふと、身体にかぶさっているものに気付く。家の布団には及ばない、固くてカサカサした布。だけど、不思議と、今までぬくもってきたどんなものよりも、あたたかく、力強く、自分を包み込んでくれるもの――。
なんだろう、そう考えた時、自然と目が開いた。
視界はかすんで、ほとんどなにも見えなかった。夜、月が空にぽっかりと浮かんでいる。それだけがかろうじて分かるくらい。首が動かないから、必死に視線だけで、身体にかけられたものが何なのか、確認する。――くすんだ色。見覚えのあるそれは、間違いない。自分が毎晩、アパートの一室でがれきと一緒にくるまっている、ぼろぼろのカーテンだった。
こうなる前のことを、思い出す。そういえば、自分は階段から転げ落ちて――再び薄れゆく意識のなか、ぼんやりと、顔のすぐ隣に置かれているものを見、認識して、涙がひとすじ、こぼれた。
そしてまた、意識は緩やかに沈んでゆく。
どさり、と、目の前に大量に積まれた資料に、真人は目をぱちくりさせた。いつもの編集部。いつもの、自分の汚い机。ぎりぎり、コーヒーのすぐ隣を、なんとかかわして置かれたその山に、彼は運んだ主を見上げる。
「表山先輩……何すかコレ?」
聞けば、あからさまなため息。
「見りゃわかるだろ。……軍艦島の資料だ」
苦い表情のまま説明される。
「お前なあ……浦川、これから撮影行く場所がどんなところか調べるくらい、当たり前だろ」
そう言って渡してくれた資料の山のうち、一番上にあった雑誌のようなものをめくる。少し昔の週刊誌のようで、見出しには、軍艦島の住人達が島を引き上げる様子が写真で大きくとりあげられている。ぱらぱらとページを繰ってゆけば、丁度、鉱山が閉山したころの記事らしい。あわててまとめたような、乱雑な荷物を抱えて、島を出る船への行列に並ぶ住民たちの姿が、白黒写真で写されていた。
「今回は資料をそろえてやったが、次からは自分で調べるんだぞ。……聞いてんのかコラ、だいたい――」
そこからはまた説教に続いえていったから、聞いていなかった。時代背景や島の歴史など、さまざまな記事が密集するなかで、真人が見たのは、ページの隅に小さくあったコーナーだった。
『島民行方不明者』
見開きページの隅に追いやられるようにして押し込まれたそのコーナーには、十名の名前と年齢、性別が連ねられていた。中高年が並べられているなか、一番左側にあった年齢に、目を留める。
(五歳!? 閉山って、八年前だろ? 今でも十三歳じゃないか……)
かわいそうに、口の中で呟いてから、その下の「女」の文字をちらりと見、そして、年齢の上にあった名前を見つめた。
乱れた呼吸の音と、カラン、と、高い音を聞いて、真人の意識は再び浮上した。暗闇、月光。瞼を持ち上げると、月とは違う影が目の前を覆っていた。
「……おきた?」
不安げな声がかかった。吐息することで答えようとしたが、呼吸もうまくできなかった。どうしていいか分からず、何度も深呼吸を繰り返して、なんとか声を絞り出そうとしていると、彼女はぱっと、膝立ちになった自身の足元から、何かを拾い上げた。
視界がぼやけているし、完全な暗闇のなか。真人はそれでもなんとか、少女が取り上げたものがなんなのかを判断して、瞳から知れずと、もう一筋、涙がこぼれた。
「これね、とってきたの。……「いち個」だと、おなか減るでしょ? 今日からお兄ちゃんは「に個」あげる」
ただでさえ真っ暗ななか、月の逆光のせいで、彼女の表情は全く分からなかったが、今までに聞いたことがないくらいに、その声はうれしそうだった。楽しそうに声が弾んでいるから、ひょっとしたら、いつものあの無表情に、子供らしい、満面の笑みを浮かべているのかもしれない。
「はい、どうぞ」
そこでようやく気付く。彼女がいつも無表情だったのは、これまで何年も人との交流がなかったからじゃないのか。きっと、少し前までいたという浮浪者(いや、漂流者といったほうがいいのかもしれない)たちも、最初は彼女のことを気にかけていたのだろう。だが、結局、無表情な彼女と、わけも分からず、階段から転がり落ち続けるという挙動を不審に思い、離れていったのかもしれない。そして自分たちが利用していたものとは違うシェルターの食糧で食いつないでいたのだろう。
そうして何年もひとりで過ごしてきたから、表情をつくる必要がなくなった。だから、たまに出会った人間に対し、表情をつくる必要性も思いつかなかったし、瞳に色を浮かべる必要性も感じなかったのだ。
今、落ち着いて考えてみれば、ある程度予測できる。彼女がどのような経緯で、どのような状態にあったのか。
(ずっと……この島で、ひとりぼっちだったんだな……)
誰とも話さず、誰とも出会わず。廃墟のようなこの島のなかで、吹き荒れる風や雨から必死で身を守りながら、生きてきたのだ。
毎日、毎日、ひょっとしたら記憶が戻るかもしれない、という、ほんのわずかな希望をたよりに、階段から転がり続けながら。
「……ごめんな……」
数えられないほど深呼吸を繰り返して、ようやく、声が出た。それに、少女が、はっと顔を向ける。
「だいじょうぶ……なの……?」
少女はどこまでも純粋な瞳でこちらを見つめてきた。不安げに揺れる瞳に、また、罪悪感が深まる。彼女はなんの損得も考えずに、真人の心配だけをしてくれていたのだ。彼が目先の欲に目がくらんだ結果、自業自得のようにこんなふうになってしまったのも知らずに、真人が喜ぶだろうと思って、ただそれだけを願って、こうして心配してくれている。彼が何十個も両腕に抱えて、結局ひとつ残らず落としてしまった缶詰を、二つ。取りに行くためだけに階段を転げ落ちて、ぼろぼろになった。
「ごめんっ……!」
全身の感覚はなかった。意識を失う直前、頭の下に感じた、血だまり。意識の端から、闇に呑まれてくるような錯覚。もっとはやくに、この少女の優しさと強さに気付けたら。自分の意志を貫いて生きることができたら――。後悔がぐるぐると頭のなかにめぐったが、そのどれよりも強く、真人の中にひとつの願いが浮かんだ。
「……ごめん……! ……ごめん、な、さい……!」
身体が動いたら。この身体が動きさえすれば。腕一本でもいい。少女の小さな身体を抱きしめて、精いっぱいの感謝と謝罪をしたい。「ごめんなさい」と、「ありがとう」と。ありったけの思いを込めて、そう言いたいのに、腕は動かない。喉もうまく、動いてくれない。意識もかすれて、少女の顔さえも見れない。
こんな冷徹で欲に溺れた人間にでも、真人の喜んだ顔を望んでくれた。こんな自分勝手な男にでも、悲しんでほしくないと思ってくれた。こんな最低な奴であっても、いなくなったらさみしいと思ってくれた。
(裏切ってごめん……信じてくれて、ありがとう……)
このやさしい少女に、そう伝えたかった。
意識は朦朧として、少女がどこにいるのか、輪郭をつかむことさえ、難しくなってきた。だけど、これだけは。これだけは、伝えておきたい。真人は深呼吸を繰り返しながら、精いっぱい意識をつないで口を開いた。
「おれ……お前の名前、たぶん、知ってる……」
姿は見えないけれど、彼女がはっと息をのんだのが分かった。
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