ルカは一人、バルコニーにいた。
ホールの窓側の壁は大きくくりぬかれ
外に出る事が出来る。夜空には細い三日月が
浮かび、側の泉から吹く風がとても心地よく
涼やかな風が通り過ぎていた。

沢山の来賓客に挨拶したせいだろう
その横顔はすこし、疲れていた。

艶のある茶色いドレスには金糸で唐草が
刺繍されており、赤みかかった銀髪が
桃色のように、ありえない優美さを醸し出す。

整った顔立ちは、リンとは違った大人の美しさが
あり、三国隣まで謳われる美人の噂は本当だった。

カイトも実家での舞踏会を幾度と無く経験し
美しい婦人は幾度と無く見てきたが
ルカはその中でも、間違いなく、一番美しかった。

こちらの気配に気づき、ルカは驚いたようだった。

周りに誰も居ない事を確認すると
リンに駆け寄った。

「おばあちゃま!リンおばあちゃま!」
「いい子にしてたかい?私の眠り姫様は?」

ルカはリンの前にしゃがみ込み、顔を胸にうずめた。
まるで幼い子を撫でるおばあさんのようだと
カイトは思ったが、それを口に出すほど
愚かでは無かった。

「わたし……怖いの。結婚なんてしたくない」

「おやおやさっそくかい。ふむ、それは困ったね」

リンは優しく、平然と言ってるが
ルカの婚約を祝う宴で、一番言ってはいけない言葉を
本人が何の躊躇も無く言った事に、カイトは他人の家の事
とは言え、脂汗が滲むようであった。


「おばあちゃまは、結婚した時、どんな気持ちだったの?」
ルカが顔を上げてリンの優しい眼差しを受け止める。

「私も、旦那の”レン”も、10歳の時に結婚したんでね、毎日一緒に居る
遊び友達が出来た位にしか考えて無かったのさ。
結婚してから……、いつの間にかお互いに恋をしたのだけど
まあ、それも良かったと思うのさ。
……旦那も娘も孫も死んじゃったけど
また、レンが生まれてくれたからね」

現在、具合を悪くして寝室で寝ているレンは
リンの夫である”レン・ハオン・ミラー1世”から
名前を貰ったのである。
魔法使いの一族の血を強く残す為、幼い頃から強い
魔力を持つリンに親族であるレンを婚約させたのである。

「おじいちゃま、どんな人だったの」

「うん、なかなかのハンサムさんでね……。
とても優しくって、素敵な人だったよ」

「レン君に似てるんでしょ?」

「そうなんだよ!そっくりだ。だからたまに
寝息を立てているレンのベットに潜り込むし
こっそりキスとかしてる……。レンには内緒だよ」

「やだもう、おばあちゃま!」
顔を赤らめるルカの目は、何処と無く幼さを覗かせていた。

リンはルカを立たせるとカイトの方を見た。

「さて……ルカや。そこで、ポツーンとしてる紳士にも
そろそろ挨拶をさせてくれるかな?」

「やだ!ごめんなさいっ!」
ルカは更に顔を赤らめていた。

カイトは身を正し、腕を胸に添えて頭を下げる。

「いえいえ、遅ればせながら、挨拶をさせて頂きます。
私はカイト・ブルーフラットヘア。
王国立図書館の司書騎士でございます」

ルカはスカートをつまみ、身を屈め、小さく会釈すると
その後、カイトに一歩みして抱きしめた。

リンはそれをポカーンとした口で見つめ
カイトは突然起きた事態に、ただ赤面するだけだった。
三呼吸した後、ゆっくりとルカは離れた。

「カイト様、はじめまして。ルカ・ループ・ブラストです。
”青き草原”の領主様はお元気でしょうか?」

「あ、、あ、祖父は……相変わらず元気です。
あれ?祖父をご存知なのですか?」

「以前、舞踏会で、挨拶させていただきました。
その時は、手にキスした後、抱きしめて下さって
『青き草原の伝統的挨拶だよ』と教えていただきました」
すこし頬を桃色に染めてルカは微笑んだ。

先程ルカが抱きついたのは、カイトの祖父に
教わった『伝統的挨拶』をしたのである。

リンは噴出し、ケラケラと笑い出して
カイトは顔を手で押さえた。

「す、すみません……。その挨拶は……祖父のセクハラです……」
「あははっ、あはははっ!相変わらずエロ男だな!あはは!」

リンが楽しそうに腹を抱えて笑ってるのを見て
ルカはやっと、カイトの祖父に、からかわれていた
のに気がついた。
それと同時に、桃色だった頬は途端に顔中真っ赤に燃え広がる。

「きゃー!わたしっ!なんて恥知らずな!カイト様、ごめんなさいっ!」
ルカは何度もペコペコと謝った。

「い、いえ、悪いのは私の爺さんで……、むしろ私が
謝りますっ!すみませんでした!」
カイトも何度も頭を下げる。

お互いにペコペコと頭を下げあうのを見てるのを
笑っているリンは堪えきれず、遂にしゃがんだ。
「あはは!もう勘弁してくれ!」

なんとも申し訳ない面持ちでカイトが顔を上げると
その眼前にはルカの顔が迫っていて
大きな青い瞳は吸い込まれそうな程に
美しく、身じろぎひとつとれずにいた。

「”時の井戸”で……あなたを……見た事があります」

ルカはカイトの顔を見て言った。
リンの笑いが止まり、ルカを睨む。

「……、お前、何度も、何度も私は言ったぞ。
”時の井戸”には近づいてはならぬ!」

「ちがうの!おばあちゃま!……。おばあちゃまが
迎えに来てくれる前の事なの」

「……、本当だな?もう、”時の井戸”には
行ってないのだな?……よいかルカ。あそこは
お前の、命を縮める場所なのだ。わたしとて
次は迎えに行ける保障は無いのだ」

カイトが身震いするほどに、リンは殺気立ていた。

「……、うん。もう行ってない。行かない……」
ルカが泣きそうな目で言うとリンは手を握った。

「すまぬの……。場もわきまえず、怒ってしまった。
わしはただ、お前が心配なのだよ……」

リンは手を振り、給士を呼ぶと白ワインを3つ頼んだ。
運ばれてきたワインが来る頃には場も落ち着き
3人は乾杯をした。

リンはカイトを肘で小突き、にやけながら話だした。

「―――しかし、カイトの爺さんは昔っから
女好きでな、爺さんが若い頃、わしにプロポーズ
しおったのを思い出したわ」

カイトは口にしていたワインを噴出す。

「まあ、50年程前の話だがな」
「おばあちゃま、モテモテね!」

「あわ、あわっ!すみません!ウチの爺さんが……」

「随分、情熱的だったな。『あなた以外とは結婚しない!』なんて
言ってた割には……10人程子供をこさえて
側室まであったそうじゃないか?うん、お前の爺さん」

「う~……、それで相続が揉めに揉めて……私はすっかり
蚊帳の外状態でして……」

「男はそれぐらい、生命力があった方が良い。
……死んでしまうより、余程な……」


夜露を孕む芝生が月明かりで輝く。
ホールからはダンスの為の演奏が始まりだす。

「……では、ルカ。そろそろ行くよ。
帰り際に、レンにも会っておくれ。さてカイトや、ダンス……」

そう言ってリンが振り向くと
ルカはカイトに手を差し出していた。
ダンスの誘いである。

「ちょっ!カイトは私と……。まあ、良いか……」

背丈のちょうどつりあう男女が折角
踊り始めようとするのだ。
それを邪魔するほど、リンは野暮では無い。

リンはカイトとのダンスは諦めて
ホールの方に向かった。

音楽を肴に、シャンパンでも舐めようと
考えたのだが、ホールの入り口には
先程話をした小太りで人のよさそうな紳士が
リンを手招きしている。その横には
小太りで人のよさそうな顔をした、まだ若い
歳が12、3際の子供が立っているのだが
どうやら、あの紳士の子供らしい。

「……はぁ~……」
ダンスの誘いを、あの子供からされるのだろ事は安易に想像できた。
断る理由も思いつく訳も無く、リンは仕方なしに
紳士の元に向かって歩いていた。









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図書館の騎士 2 後編

続きです。

閲覧数:123

投稿日:2013/03/08 20:27:30

文字数:3,235文字

カテゴリ:小説

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