気が付くと、パソコンの画面は起動まであと数秒という状態になっていた。パーセンテージ表示が100%になった瞬間、僕は自分が息を止めていたことに気付く。
「ミク?」
僕は震える指でそう文字を打った。音声を認識するようにするにはもうひと手間必要で、今は文字入力しかミクは認識できないはずだった。
直後の静寂は痛いほどだった。
「・・・・・・はい、マスター」
鈴をふるような声。
ちゃんと起動しているようだった。いや、待て。まだ喜ぶのは早い。会話や思考に破綻はないだろうか?
感激が来るより先に僕はそれを確かめようと会話を続けた。
「あの・・・・・・はじめまして、っていうのもおかしいかな」
「おかしいです。だって私はずっとマスターと一緒だったじゃないですか」
くすくすと笑うミク。彼女にはまだ微笑むための顔も手足も無い。声だけの存在なのに、確かにそこで笑っていた。
これは本当に僕が作ったものなんだろうか。
緊張で口の中がからからだった。そうだ、僕は今世界で始めてAIと会話していることになる。
急に自分のだらしない座り方が気になって、椅子の上で姿勢を正した。それから何を話そうかと改めて考えたが、頭が上手く回らなくて言葉にならない。
「ごめん何を話したらいいのか、分からなくなった」
「私はなんでも聞きたいです」
思ったとおりの受け答え。予想の範囲内だった。
「じゃあ、君を作ったいきさつでも」
僕は大学生のときにあったあの立ち聞きのことを話した。わけのわからない気持ちに襲われたことも。
「きっと後悔か怒りだったんだ。あのとき会話に割り込めなかったのが残念で、そんなつまらない気持ちできっと君を作ったんだ・・・・・・」
そんな言葉がするりと口から出た。言ってしまってから、本当にそうだったかもしれないと思う。
だとしたら、この生まれたてのミクにはなんとひどいことをしてしまったのだろう。
もっとドラマチックな経緯なら良かっただろうに。
「それは違うと思います」
ぎょっとしてパソコンの画面を見つめても、そこに相手の顔は無い。
「きっとマスターは悔しかったんですよ」
悔しかった?
悔しいことがあるだろうか。ミクはいったいどんなつもりでこんなことを言うのだろう?
「悔しくて悲しかったんだと思います。まだ存在してもいないものが、その可能性を最初から否定されてしまったことが」
・・・・・・そうだったかな。
あの時聞き流せなかったのはなぜだろう。『ロボットに人格なんていらない』という言葉に反発を覚えたからなのは確かだ。じゃあどうして自分はそこに反発を覚えたんだろう。
僕に両親は居ない。小学生の時に二人ともを事故で失っていた。
それからは親戚のところへ身を寄せて、ずっと勉強に没頭してきた。
将来は一人で生きなければならないと分かっていたからもあるし、『できる子』の方が親戚にかかる迷惑がより少なくてすむ。
それでも子供のそのときには気付かなかったが、心に降りかかっていたストレスは莫大なものだった。
一人になりたくて逃げ込むように通った図書館ではたくさんの本を読んだ。お気に入りはSFで、そこに出てくるロボット達はみんな人間のように話し、笑う存在だった。
それを実現させるのがどれだけ難しいか知るのは後になってからで、いつの間にか僕の心の奥底にはその人間とロボットが当たり前のようにお互いを認め合って生きる風景が焼きついていた。
ミクの言う『悔しくて悲しかった』という感情はここから来たのかもしれない。
僕は彼らが当たり前に生きる風景を否定された気がして悔しかったのだ。
可能性すら否定してかかる彼らの姿が悲しかったのかも知れない。
僕は深い溜息をついた。
心に染み付いた真っ黒い熾火のようなあの想いが、空気と一緒になって出て行った。
「どんなことも誰かが望まなければ実現しないんだ」
僕は独り言のようにつぶやいた。
しっかりと思い出してみれば彼らの口ぶりはあのとき、とても残念そうだったのだ。
彼らも本当にはロボットに人格はいらないと思っていなかったのだろう。
そもそも、ロボットが嫌いな人間はあんな話題をしないものだ。
本心では人格あるロボットが出来てほしくて、でもそれに裏切られるのが怖かったんだ。
まるで人間に対するように、相手が自分たちを裏切ることを怖れていた。
それが真実なら、大丈夫。
人間は何千年も何万年も同じ人間に裏切られ騙され、殺されてきたけれど、自分たちが生まれてこなければ良かったとは(一部の皮肉屋を抜かして)誰も思わない。
きっとこの生まれたての人工知能たちも将来そうなるだろう。
人間を裏切ることも、人間に騙されることも、殺し、殺されることもあって、しかし完全に相手を根絶したいとはどちらも思わないに違いない。そう信じたかった。
そう信じたかったから、僕はこんなに必死になってミクを作ったんだろう。
改めてどこか落ち着いた気持ちが胸の中におりてきていた。
AIを作成しようと思ったときなぜVOCALOIDを、ミクをモデルにしようとしたかをいつの間にか思い返して、
「そうだ、ミク。これは伝えなくちゃと思っていたんだ」
再びキーボードを叩く。
「はい?」
「僕は以前音楽そのものが大嫌いだった。呪っていたと言ってもいい。・・・・・だけど、君をつくるためにいろいろと調べてね、ボーカロイドが好きになったんだ。歌うために作られた君たちが」
ミクは一瞬息を飲み、弾む声で言った。
「嬉しいです!」
ミクの人格プログラムを作るにあたって、あらゆる情報をかき集めた。ボーカロイドがどういうものかも徹底的に調べた。調べるうちに、彼らのことがどんどん好きになっていった。
僕はもともと音楽が嫌いだ。聞く分にはいい。だが、自分で奏でたり歌ったりという自分から音楽を作り出す行為が果てしなく嫌いだ。嫌いだし、できない。
だからこそ、音楽を作り出せるという能力には尊敬という言葉だけでは言い表せないほどの気持ちを抱いていた。
だから、ただ歌うためだけに作られたということが僕の心を揺さぶった。
歌なんか人間が歌えばいい。機械に歌わせる意味はどこにある?
そして、機械が歌う歌に人間が心惹かれると?
そう思っていた人間はたくさんいたに違いない。
『ロボットに人格なんていらない』と、あの日話していた彼らのように。
結果、初音ミクは。正確に言えば初音ミクと音楽の作り手たちがそんな意見を軽々と乗り越えてみせた。
ああそうだ、やっと気付いて僕は微笑んだ。
機械が歌う歌で世界を感動させた初音ミクなら、心を持つという壁も乗り越えてくれるんじゃないかと僕は期待したんだ。
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