昼は初音さんとクオと合流して、四人で取った。二人とも午前中ずーっと絶叫マシンに乗っていたらしく、なんというか、ハイになっていた。人はあの手のものでもハイになれるらしい。
 ついでなので、クオにグミヤたちと会った話もしておく。クオもあの二人がつきあっていたのは初耳らしく、驚いていた。
「へえ、グミヤとグミがねえ……今度グミヤに会ったら、これをネタにからかってやるか」
 ……俺がそれをやったら、巡音さんとはどうなんだって訊かれて藪蛇になるな。クオと初音さんは従姉弟だから、一緒に遊びに行っても誰も変に思わないだろうけど。まあ、そのせいで、クオは初音さんに「ただの従弟」としか思われてないわけだが……。
「お前、午後はどうするの?」
「もちろん、絶叫マシン連続記録更新に挑むに決まってるだろ」
 そうですか。何なんだその記録。まあいいか。俺はちらっと隣に目を向けた。初音さんと巡音さんが、楽しそうに話をしている。話題は……あれ、あっちもグミヤとグミのことみたいだ。
「初音さん、巡音さん。午後はどうする? クオは絶叫マシンの連続記録更新に燃えているみたいだけど」
 俺は念のために、二人に声をかけてみた。女の子たちがこっちを向く。
「ミク、お前、当然逃げたりしないよな」
 初音さんに向かって、クオが言う。何やってんだお前。
「受けて立つに決まってるじゃないの。クオこそ、途中で音を上げないでよね」
 賭けでもやってんのか、この二人は。……まあいいか。それが楽しいって言うんなら
 あ……てことは、俺は午後も巡音さんと二人っきりか。巡音さんの方に視線を向けると、向こうも同じことを考えていたのか、視線があってしまった。巡音さんはそのまま、下を向いてしまう。……一応、確認しておこう。
「巡音さん、午後も俺と一緒でいい?」
 断られたら嫌だなあ。状況的に断られたりはしないだろうけど。
「わたしはいいけど……鏡音君は、それでいいの? わたしと一緒だと、コースターとかには乗れないし……」
 それを気にしてたのか。大したことじゃないから構わない。
「別にいいよ。コースターだけがこういうとこの楽しみじゃないしさ」
 俺がそう言うと、巡音さんは見るからにほっとした表情になった。そこまで気を使わなくてもいいのにな。


 昼を食べ終わると、クオと初音さんはまたしても絶叫マシン巡りに行ってしまった。食後三十分ぐらいはあの手のものは止めた方がいいと思うんだが。まあ、食べ終わった後も、しばらくあそこで喋ってたから、大丈夫か。
 俺は巡音さんと一緒に、大人しめのアトラクションを回っていた。午後はこのまま、何事もなく過ぎてほしいもんだ。間違っても、また、妙なのに遭遇するという事態だけはやめてほしい。
 遊園地の中を移動中、ショップの前を通りかかった。巡音さんがその前で立ち止まる。
「鏡音君、ちょっとショップに寄ってもいい?」
「いいよ」
 俺たちはショップに入った。巡音さんは棚に並ぶお土産を、手に取って眺めている。……長くかかるかな、こりゃ。大体、女の子の買い物は長いと相場が決まっている。うちの姉貴ですら、かなり長い。ユイはもっと長かった。……まあいいか。今日はこっちにつきあうって決めたんだから。
 巡音さんは、ピンク色をしたうさぎのぬいぐるみを手に取って、じっと眺めている。……何だか淋しそうな顔してるけど、あのぬいぐるみがどうかしたんだろうか。
「買うの? それ?」
 気になった俺は、声をかけてみた。
「……ううん、いい」
 巡音さんは首を横に振ると、ぬいぐるみを棚に戻して、レジに行ってしまった。そんなにしないうちに、戻って来る。
 ショップを出て、また歩く。すぐ近くに、ミラーハウスがあった。
「入ってみる?」
 お化け屋敷みたいにどぎつくないから、多分平気だろう。巡音さんが頷いたので、俺たちは一緒に中に入った。
 このミラーハウスは外の光が入ってこない作りなので、中は全体的に薄暗い。あちこちに色のついた明かりが点っているので、歩くのに支障があるわけじゃないけど。幻想的というか、そういう感じを出したいんだろう。
「綺麗ね……」
 巡音さんはそう言って、鏡に映る光を眺めている。ここが気に入ったようだ。
 そういや『鏡』って映画あったな。映像は独特で綺麗だったけど、話の中身は難しすぎてよくわからなかったっけ。
「巡音さんは、鏡って言われると、何を思い出す?」
「子供の頃に読んだ童話かな」
 それが巡音さんの答えだった。童話か……。
「『鏡の国のアリス』とか?」
 さすがにこれくらい有名な作品だと、読んだことぐらいはある。
「それもあるけど、真っ先に思い出すのは、わがままなお姫様の出てくる話」
 お姫様とか、その手のが出てくる話は守備範囲外なので心当たりが無い。巡音さんはそういうのが本当は好きなのかな。
「卵みたいな形の部屋が出てくるんだけど、鏡と良く似た何かでできてるの」
 鏡でできた球体の部屋? 一瞬『鏡地獄』が頭に浮かんだが、そのイメージを頭から追い払う。多分そういうのじゃないだろう。
「鏡と良く似た何かって?」
 というか、鏡じゃないわけ?
「そうとしか書かれてなくって……」
 具体的に何なんだろう。ただのガラスってわけでもないみたいだし。ファンタジー系の童話みたいだから、「とにかく不思議な素材」ってことなのかな。
「何か見えたりするの?」
「……怖くて恐ろしい何か」
 悪戯っぽい笑顔を浮かべて、巡音さんはそう言った。こんな表情、することもあるんだ……。巡音さんのことが、わかるようでわからない。
「あ……わかりにくかった?」
 つい無言になってしまったのを、勘違いされてしまったようだ。何か喋らないと。
「いや、そうじゃなくて……巡音さんって、そういうおとぎ話みたいなのが好きなんだ」
「……本当はね。オペラだって、プッチーニやヴェルディよりも、ロッシーニの方がずっと好き」
 前にこういう質問をした時、巡音さんは黙り込んでしまって答えてくれなかったっけ。巡音さんが口を閉ざしていた理由はよくわからないけれど、喋ってくれるようになったのは嬉しい。
「……ありがとう」
 不意に、巡音さんはこっちを真っ直ぐに見て、そう言った。
「急にどうしたの?」
「色々、してもらっちゃったから」
 えーと……そんな大したことじゃないんだから、かしこまらなくてもいいんだが。
「そんな気にしなくていいよ。友達だろ?」
 俺がそう言った時だった。急に室内の明かりが消えて、真っ暗になった。何だ? アトラクションの演出……なわけないよな。停電だろうか。停電なんて珍しいな。遊園地全体ってことは考えにくいから、この建物のブレーカーでも落ちたのかな。
「え……? な、何!? 何なの!? 何が起きたの!?」
 すぐ近くから、巡音さんのひどく慌てた声が聞こえてきた。
「巡音さん落ち着いて。多分停電か何かだと思う。しばらく待ってればまた明るくなるって」
 配電盤でも壊れていたら別だが、その場合にしたって、係員が懐中電灯でも持ってきて誘導を始めるだろう。向こうだって大事は避けたいだろうし。
「なんで真っ暗なの!?」
「だから、停電……」
「いや……暗いの怖いの!」
 まずいな……パニックを起こしかけている。何がそんなに怖いのかよくわからないけど……真っ暗闇ってのが駄目なのかな。今の世の中、どこも街灯だの何だので、完全な闇ってのに遭遇することそんなに無いし。それにしてもちょっと激しすぎるような気がするけど。
 とにかく落ち着かせないと……俺は巡音さんのいる方向に手を伸ばした。手が温かい何かに触れる。……肩かな、こりゃ。
「巡音さ……」
 俺がそう声をかけようとした時、巡音さんが俺に抱きついてきた。
「えっ……」
 驚きのあまり、声が途切れる。いや、そりゃ驚くだろ、誰だって! 何が一体どうなっているんだ。
「…………」
 俺にしがみついた状態の巡音さんは、がたがたと震えていた。ひどく怯えていることだけは確かなようだが……震えを止めるには、どうしたらいいんだろう。
 どうしたらいいのかを考えていたはずだったが、気がつくと、俺は自分の腕を巡音さんの背に回して、ぎゅっと彼女を抱きしめていた。……腕の中の身体は、温かくて柔らかい。
「……大丈夫だから」
 答えはなかったけれど、そうしていると、少しずつ巡音さんの震えは治まってきた。それでも、こちらにしがみつく力は緩まない。
 どれだけそうしていたのかは、よくわからない。時計とかが見えるわけじゃないし。ただそうやって巡音さんを抱きしめていて……気がつくと、明かりが戻っていた。それもさっきまでのような幻想的な雰囲気じゃなくて、いわゆる普通の明かり。遊園地側が照明を変えたらしい。暗くてはっきり見えない状況では気にならなかったことが、明るくなると急に気になりだす。俺と巡音さんは抱き合っている状態だということが。
「あ……」
 すぐ近くに、巡音さんの顔があった。至近距離で、一瞬瞳と瞳があう。我に返った巡音さんは、真っ赤になって俺から離れた。
「ご、ごめんなさい……わたしったらなんてことを」
「いや……その……」
 腕の中の温もりが無くなったことが、妙に淋しい。ずっとこのままでも、良かったのに。……て、俺は何を考えているんだ!?
「……出ようか、ここ」
 気恥ずかしくなった俺は、何とかそれだけを言った。巡音さんが無言で頷く。俺たちは連れ立って、ミラーハウスを出た。なんか、明かりが消えた原因を解説するアナウンスみたいなのが流れていたが、かけらも耳に入って来ない。
 外に出ても、巡音さんはまだ赤くなって下を向いていた。全くこっちを見ようとしてくれない。参ったな……。何でこんなことになった。
「巡音さんて……暗いところ駄目なの?」
 こくんと巡音さんが頷いた。やっぱり顔は上げてくれない。
「苦手なものなんて誰にだってあるしさ……あんまり気にしなくていいよ」
 相変わらずうつむいたままだ。
「もしかして……俺に怒ってる?」
 今度は勢い良く首を横に振った。どうやら、嫌われたとかじゃないらしい。単に恥ずかしがっているだけか。
「じゃ……行こうか」
 俺たちは連れ立って歩き始めた。巡音さんはこっちを見ないようにしているせいか、歩き方が微妙におぼつかない。妙なところにそれて行きそうになる。俺は巡音さんの手をつかんだ。巡音さんがびっくりした様子で顔を上げる。
「え……」
「そっちじゃないって」
 俺は巡音さんの手を引いて、歩き続けた。巡音さんはまた下を向いてしまったけれど、繋いだ手を離そうとはしなかった。


 それから帰るまで、俺たちはずっと気まずいままだった。なんでこんなことに……って、停電のせいか。しかしたった一日の間に、どうしてこんなに色んなことが起きなくちゃならないんだ?
 折角近くなった巡音さんとの距離がまた開いてしまったようで、俺は面白くなかった。
 車でまた初音さんの家まで送ってもらった後、初音さんと巡音さんは、家の中に入ってしまった。俺とクオが、家の外に残される。
「なあ……お前、どうかしたのか?」
 クオが訊いてくる。
「……何が」
「だって……なんか変だぜ、お前ら」
 ちなみに、クオは今日一日絶叫マシンに乗り倒したらしい。……実に満足そうだ。良かったな。
「何でもない」
「嘘をつけ。……なあ、もしかして、巡音さんと何かあったのか?」
 変なとこで鋭い奴め。とはいえ、クオに話すには内容に問題がありすぎる。……もう退散するか。色々ありすぎて疲れた。
「俺はもう帰るよ。じゃあな、クオ」
 クオがなんかごちゃごちゃ言ってたけど、俺はそれを無視して、家に帰ることにした。


 飯を作るのが面倒だったので――どうせ一人だしな――コンビニで弁当を買って帰宅する。当然、家には誰もいない。姉貴は遅くなるって言ってたもんな。洗濯物は姉貴の担当だけど、取り込むところまではやっておいてやるか。いつまでも下がってるのもみっともないし。
 買ってきた弁当を食って風呂に入り、明日の時間割をチェックして必要なものを通学鞄に入れる。やっとくべきことはこれで終わったが、寝るにはまだ時間が早い。いつもなら何か読むかネットでもやるんだが、今日はどれもやる気になれない。
 ベッドに寝転がって、天井を見上げる。頭に浮かぶのは巡音さんのことだ。……同じクラスだし、当然明日になればまた顔をあわせるわけだが、果たしてまともに話せるんだろうか。
 巡音さんの身体、柔らかかったな……柔らかくて温かくて、なんだかよくわからないけどいい匂いがした。女の子って、抱きしめるとあんな感じなのか。……ユイとはせいぜい手を握るぐらいのつきあいだったしな。……しょうがないだろ。つきあいだした時はまだ中学生だったし、高校入ってからはぎくしゃくしだしてそんな雰囲気じゃなかったんだから。
 これじゃ『ラ・ボエーム』のロドルフォを笑えない。暗闇で手と手が触れ合った後、ロドルフォは手を離そうとしなくて、図々しい奴だなって思ったけど。正直あの時、俺は巡音さんを離したくなかった。
 はあ……それにしても、明日からどうしたもんか。巡音さんと話すのは楽しいし、関係が以前に逆戻りということになるのは嫌だ。けど、今日のことを無かったことにはできないし……。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第二十一話【ここにいるよ忘れないで】

 5500字なので、こっちはなんとか一つのファイルに納まりました。やれやれ。

 今回のエピソードを書きながら、デフォルトの "Count On Me" を聞いていました。
http://www.youtube.com/watch?v=CDoJYpDbiJ4&ob=av2e
 なんとなくこの章のイメージというか。ちなみに "Count On Me" というのは「頼りにしてくれ」という意味です。

 いい曲だと思うんだけど、イマイチ人気がないような……。

閲覧数:1,089

投稿日:2011/10/17 19:22:09

文字数:5,507文字

カテゴリ:小説

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