「きりたん、ゲームは一日一時間。お外で遊びなさい」
ゲームに夢中になっていると、ずんねえさまがそんなことを言ってきた。
ずんねえさまは大きな胸の前で腕を組んで、口をへの字に曲げている。
「そんなこと言ってもずんねえさま。外は暑いです」
磨りガラス越しから、ミンミン蝉の歌声が聞こえてきた。
日差しが照りつくような真っ白な世界がそとからみえる。
「……友達と遊んで来なさい」
「えー」
こんな田舎に見て周るところなんて無いのに、ずんねえさまは無理を言う。
ずんねえさまは夏休みの部活が始まっていて、一人でお留守番をする私の心配をしているのだろう。
ちなみにイタコお姉さまは、お盆に向けての依頼で大忙しで、東北各地へ出張していた。
「でもー」
「そんなことを言うと思って、親戚の音街さんを呼んでおいた」
「え、ウナが?」
小さい頃、ウナの居る都会に遊びにいって依頼、かなりご無沙汰していた。
そのウナちゃんがこんな田舎に来るの?
「ウチで預かることになったんだけど、ゲームばかりしていちゃ駄目よ」
ずんねえさまは私にホストを任せたいらしい。
うう、あと少しでこのゲームがクリアできそうなのに。
「私はもう出かけるけれど、お昼ぐらいにウナちゃんが尋ねてくるから、先によろしくね」
「……はーい」
私は気乗りしない返事をした。
「こん、に、ちわーーーーーーー!」
ゲームをやめておせんべいをぼりぼり食ってると、音街ウナちゃんの甲高い声が玄関から聞こえてきた。
私は慌ててお茶でせんべいを流し込んで、玄関へと向かった。
玄関には青い髪をツインテールにした少女が立っていた。音街ウナちゃんだ。
頭には懐かしいオタマン帽先輩が乗っかっている。
傍らには旅行カバンが二つ有った。
「……こんにちわ」
素っ気なく私は応える。ほんとはもっと元気に返事したかったが、少し機嫌が悪くて投げやりになっていた。
「きーりー、元気してた?」
ウナちゃんが少し鬱陶しい感じで抱きついてこようとする。待って。暑いからやめて。
ウナちゃんは少し日に焼けていて、薄っすらとこげ茶色の肌になっていた。
それに比べて私はきりたんぽ色だった。
ウナちゃんの方は充実している。それに比べて……。
「ねーどうしたの?」
「こっち来て」
とりあえず、さっきまで食べていたおせんべいを見せると、ウナちゃんは美味しそうにそれを食べた。
お茶を入れて渡すと、ウナちゃんはそれを流し込む。
「おいしー」
郷土のおせんべいなんだけど。
これ、そんなに美味しいの?
「ねえきり、あれからどうしてた?」
ウナちゃんは都会で会って以来のことを知りたいのだ。
目を輝かせて、私に近づく。
「……ゲームしてた」
少し恥ずかしい気がして、私は目を逸らした。
「ねーねー。せっかくだし、この町の素晴らしいところ教えてよ」
ウナちゃんは、私が言いよどんだことを気にせず、話を続けた。
こんな町、見飽きている。
でもあえて案内するなら、あそこしかない。
私はガラス窓越しに、外を見た。
ミンミン蝉がやかましく鳴いている。
普段なら、こんなことで外には出ない。
でも親友のウナちゃんと、ずんねえさまの頼みなら断れなかった。
「案内する」
「わーーーい」
さっそく私たちは家を出て、少し離れた小高い山の中腹へと目指して行った。
「ひー、ふー」
「きり、大丈夫?」
ずっと引きこもりがちだったせいか、山のぼりがきつくなっていた。
息が上がってしまい、足も上がらない。
一方でウナちゃんは、疲れた様子もなく、私を心配そうに見ながらゆっくりと歩いていた。
ウナちゃん、どこで鍛えたの。
数年前はずんねえさまとイタコお姉さまの二人と山をかけっこしていたのに、今では私だけこんな形になっていた。
少し恥ずかしくなった。
今でもお姉さま二人は、平気そうに山をかけられるだろう。
私だって昔は二人に負けないほどだったのに。
「ひー、ふー」
でも山を登っていて、忘れていた高揚感が全身を駆け巡った。
自然ってこんなに変化があるものなんだ。
この山道は、数年前と雰囲気が変わっていた。
木の数も、草の種類も、ところどころ違う。
私が「見飽きた」と思っていた気持ちはいったいなんだったのだろう。
「…………」
私は立ち止まり、周囲の景色を見回す。
そういえばイタコお姉さまが「山は飽きない」と言っていたっけ。
山と言えば、パブブで見飽きるほど地形を覚えたはずなのに。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
そして私たちは山の中腹に到着した。
「う、わーーー。すっごーーーい」
ウナちゃんの感動の一言に、私はなぜか高鳴っていた。
ここから見える世界は、真っ白な太陽に照らされた、緑の木々だった。
ここに展望台を作ってくれた人にお礼を言いたい。
青々とした空が、胸をスーッとさせていく。
「ふー、ふー、すごいでしょ」
「きり、ありがと」
ウナちゃんは展望台を駆け回って、いろんな方向から町を見渡した。
すると、私のお腹とウナちゃんのお腹から、
「ぐ~~~~~~~~~~~」
と鳴く声がした。
私とウナちゃんは二人して苦笑する。
「ウナ。美味しいきりたんぽ。案内するよ」
「あの美味しいきりたんぽ。食べられるの!? やったー」
私は鼻高々になって言った。
「私はきりたんぽの神様だからね。ふふん!」
「??」
ウナちゃんは意味が分からないというふうに私を見た。
任せなさい。
「ははー、きりたん様、どうぞ貢物を」
私とウナちゃんの前で、禿げたおっさんが頭を下げている。
その横には、たくさんのきりたんぽが置かれていた。
このおじさんはきりたんぽ工場の社長さんだ。
おじさんの周りには、秘書のおばさんやおじさんの息子さんがこの光景を見ておろおろしていた。
「ちょっときり」
ウナちゃんも困惑していた。
「宣伝は任せなさい」
「ははー」
「これどういうことなの?」
これは数年前、私の両隣に浮いているきりたんぽ砲を見た社長さんに宣伝をお願いされたのだった。
その時から私とこのおじさんは知り合いになっていた。
それを聞いたウナちゃんは、
「あたしもウナギ屋さんと知り合いになろっかなー」
と小さい声で言っていた。
ウナギの骨ぐらいならもらえるかもね。
「これ貰ってくね」
「きりたん君、また寄ってきてくれ。あとそこのお嬢さんも、うちの工場では大歓迎だ」
「ええ!?」
ウナちゃんはあんまり知り合いにはなりたくないのかもしれない。
私たちはおじさんから大量に貰ったきりたんぽを持って家に帰宅した。
そのうちの数本を取り出して、棒に刺して、コンロで焼いていく。
「うわー、良い匂い」
私の特製甘い味噌をそれに塗りたくる。
「はい出来上がり」
クンクン。今日の出来は最高だ。
「いただきまーす」
ウナちゃんは口をはふはふさせてそれを食べる。
「はふ、はふ。おいしー」
「どれ」
おじさんの製品を賞味してみた。
美味しい。
合格ですね。私の賞味検査合格。
「ただいまー」
あれ、ずんねえさまの声だ。
「心配だから帰ってきちゃった……くんくん。良い匂い」
台所にずんねえ様がひょっこりと顔を出した。
「あ、ウナちゃんようこそ」
「お姉さん。お邪魔してます」
「ずんねえさま。はいどうぞ」
「ありだとー。ってこれ、あのおじさんの」
さすがずんねえさま。見ただけで工場が分かる。
「またいっぱい貰っちゃってぇ。既製品から除外されたモノだからって、遠慮なく貰っちゃだめよ」
ずんねえさまはそう良いながら、きりたんぽを頬張った。
「……美味しい」
良かった。ずんねえさまに褒められた。
「こんなにたくさん貰っちゃって。お礼はどうしたら」
「宣伝する」
「といってもねぇ……。あ、そうだ!」
ずんねえさまはアイディアが浮かんで思わず手を叩いた。
「これで祭りの屋台を出しましょう」
「祭り?」
「ウナちゃんうちの町でね。そろそろお祭りが始まるの」
例によって、地元のお祭りだけれど、観光客もたくさん訪れるような規模のお祭りだった。
そのお祭りで屋台を出そうというのだ。
「ミニ屋台として申請すれば」
ふんふんと鼻を鳴らしてずんねえさまは、お金勘定をし始めた。
「いける。いけるかも」
「売り子ですか?」
ずんねえさまは腕を組んでしばらく考えて、
「いいえ売り子なんて必要ないわ。二人で甘味噌きりたんぽをつくりなさい」
「ずんねえさま、子供に働かせないでください。夜ですよ」
「あたしが監督として責任を持つわ。それに、もしたくさん売れたらお小遣いにしていいわ」
お小遣い!
「好きに使っていいんか?」
「ウナちゃんももちろんよ」
それならやりたい。
「分かったずんねえさま。観光客たちから荒稼ぎする」
私は拳を握って、満面の笑みをした。
「じゃあすぐに練習してみなさい。祭りは三日後だからね。私はおじさんと話をつけてくる」
「きり、楽しみだな!」
「めんどくさい」
「上手くいかないな」
ウナちゃんはしょんぼりとした顔で言った。
私たちの目の前には、焦げ後がバラバラで売り物にならないきりたんぽが高く積み上げられていた。
「いきなり上手くなれるわけない」
余裕な表情をしてウナちゃんに言った。
でも内心焦っていた。簡単だと思ったら、意外と難しいのだ。
自分好みではなく、多くの人が食べたくなる焦げ具合が難しかった。
「ただいまー」
「あ、ずんねえさまだ」
扉の外にはずんねえさまが立っている。
私がそっと扉を明けると、大量に荷物を抱えたずんねえさまがいた。
「おじさんにおっけー貰ったよ。はいこれ練習用だって」
大量のきりたんぽに、さすがの私も、
「うへー」
としか言えなかった。
「こんなに食べきれない」
「部活友達と食べるから大丈夫。ずんだも付ければもっといける」
「ずんねえさまの胃は宇宙!?」
「無駄にならなくて良かった」
私とウナちゃんは顔を見合わせた。
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