数時間前。
「久しぶりだね、義兄さん」
カウンター越しに対面した少女は肩で切り揃えられた緑の髪で、耳の横、一部だけを長く伸ばしている。店内だと言うのに小型のスクーターを押して入ってきて、当然のごとく、ガコッ、とスタンドを立てた。
『…相変わらず、お前は行儀がなっていないな』
営業用スマイルは早々に引っ込めてしまって、床のタイヤ痕に、店主たる青髪の青年が露骨に顔をしかめる。ハスキーな顔に似合わぬ例の機械音声は、しかし彼自身の喉から聞こえていた。
「仕方ないでしょ?あたしの設定座標、コレなんだもん。あたし、まだ消えるのはイヤだよ」
スクーターのシートを軽く叩いて見せて、ニッと笑った。可動式座標。つまり彼女は、“管理職”のカテゴライズを受けたプログラム因子なのだ。
『これだから、“上層”のプログラム因子は嫌いなんだ』
抑揚の無い声にすら感情を滲ませて、憎憎しげに吐き捨てる。その青い瞳には冷徹な憎悪だけがあった。
人型因子を育む培養装置の中で、母なる“上層システム”によって『どちら側か』を決定される。“上層”と“下層”。そのあとは、如何なるカテゴライズを受けようと、生きる道が交じることはない。
「いつ来てみても排他的だね。でも、義兄さんの“上層嫌い”は確かその声のせいじゃなかったっけ?」
ぴくり、と青年の肩が跳ねる。
「自分は上手く立ち回ってるつもりかもしれないけど、義兄さん、結構目立つんだよ?かつて“上層”に不正ハックをし掛けて、声帯プログラムを根こそぎデリートされた、なんて、義兄さんくらいのものだからね」
『…昔のことだ』
無意識に喉元へ手をやっていた。使い物にならなくなった声帯の代わりに埋め込まれた、インカム用の音声変換装置。剥き出しのそれを、隠すためのマフラーだ。
「それはそうね。だから、今日あたしが来たのは、『今』の件なの」
『何…?』
少女が胸元から、大口径のリボルバーを取り出す。その銃口は真直ぐに青年の右眼へと据えられていた。
「自己紹介なんてお互い今更だけど、仕事だからマニュアル通りやらせてもらうわね」
『……』
「あたしは“処刑人”のカテゴライズを受けたプログラム因子、GUMI。“情報屋”KAITO、貴方をサバイバーへの不正な加担行為を行ったことにより、厳正に処罰します」
『加担?』
「惚けないで。貴方は“上層”の、『開けてはいけない記憶』に手を出した。これは禁忌のはずよ」
GUMIの双眸が鋭く眇められる。銃を構えた右手の親指がゆっくりと撃鉄を起こし、
人差し指は躊躇いなくその引き金を引いた。
『ぐあ…っ!?』
形容しがたい激痛が、KAITOの思考を白く灼いていく。プログラム因子であるが故、出血という現象こそ起きないものの、被弾した箇所は惨たらしい傷口を広げていた。しかし、外的損傷などは所詮、プロセスに過ぎない。
リボルバーに装填されていたのは、外装を抉り取るだけの弾丸ではないのだ。自我を内包しているプログラムそのものを削り取られて、KAITOは消失の苦痛に呻いた。
「貴方のサバイブを、サバイブカウンターごと剥奪した。これが、どういうことか分かるよね?」
カウンターとの接続を断ち切られた無数のコードが、物凄い勢いで記録媒体へと再接続されていく。プログラム因子に元来備わっている、消失回避本能の成せる業だ。サバイブによって賄われていた擬似生命活動の一切は、今、記憶の消費によって辛うじて保たれている。
『ああ、分かるさ。……俺は、ずっとこの瞳で見てきたんだ。…記憶と存在を食い潰された、プログラム因子の末路を』
モンスター。
ふと、彼女のことが頭を過ぎった。
「そう。なら、話は早いわね」
スクーターのスタンドを外して、GUMIが微笑む。この時点で、彼女の仕事は完了したのだ。
「…じゃあね、義兄さん」
酷くあっさりとした別離の言葉とともに、扉は、軽快な音を立てて閉まった。
***
『俺は、無駄死になんてしない…』
蹲ったまま、行かなければ、と思う。今のKAITOに、初期の設定座標へ留まり続ける理由など何処にもない。“情報屋”のライセンスは、サバイブの剥奪と同時に失効していた。
『記憶が失われる前に…リンに、情報を……』
床に手を突き、ふらつきながらも立ち上がる。筋肉の酷使に伴って記憶の消費量が加速するが、コードはまだ、情報格納領域である最深層へは届いていないようだ。それ以外なら、今更どれだけ失われようと同じことだった。
『早く、行かないと…』
自らの体重だけで押し開けた扉は、誰を迎えても、送り出しても、変わらずベルを鳴らす。その音にさえ、装甲を奪われた自我は崩壊の予感を訴えて痛み、傷口は外気に晒されるため絶えず不快に疼いた。
それでも、足を止めるわけにはいかないのだ。
全てを食い潰されてしまう前に、
どうにかして、
この世界に、反撃を。
【ラノベ化企画】サイバー・サバイバー【7】
“上層”と“下層”。
権利を行使する者と、義務に従事する者。
残酷な運命に爪を立てる者、一人―
***
こんばんは。やましぃです。
今回はKAITOサイドのお話を書いてみました。
【3】でリン&レンが情報屋を後にした直後の事件です。
『緑の髪の―』正体がやっと明らかになったわけですね、はい。
そして、素のKAITOが「俺」口調だった…
今回はKAITOがメインでしたが、
次回からはまたリンレン主役に戻るのでお楽しみに。
それでは、またお会いしましょう。
***
SPECIAL THANKS
SHIRANOさん
http://piapro.jp/t/d2yz
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ご意見・ご感想
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ご意見・ご感想
お邪魔です!
うおおおおお!!KAITOかっけえええええええええええ!!!!
多分俺が今まで見た中では一番イケメンなカイト兄さんだこれは←
というかこの小説のキャラはみんなイケメンw
続きが早く読みたいとです!!
2011/08/01 07:03:34
人鳥飛鳥@やましぃ
いらっしゃいませww
イケメン大好きなやましぃです←
やはりSFには、格好いい敵と仲間が必須だと思います^^
そしてカッコイイ乗り物と兵器!!(此処が重要
次回は、レンがとうとうイケメンの称号を手に入れ…られるように頑張りたいww
全てのキャラの「強さ」と「弱さ」を見せていけたらいいなぁ、と思う今日この頃です。
2011/08/01 11:31:36