「なるほどねー……」
何故だか少女は、メイコ姉に対してはそれなりに素直だった。不機嫌な顔をしているが、質問にはそれなりに答えている。
名前は……まだ答えてくれない。年齢は僕と同じ十四歳。適性は剣士だけれど、武器は持っていない。武器どころか、回復用のアイテムも盾も鎧も何もないらしい。
倒れて当然だ。
「レン、あんた、防御の術かけてあげなさいよ」
呆れた様子で、メイコ姉が言う。
「術……?」
本当に何も知らないらしい少女は、訝しげに首を傾げた。
「そう。結構便利よ。魔法使いが魔法使い以外に対してかけられる、効力の長い魔法なの」
僕は、便利なことは否定しないけれど、それはあまりやりたくなかった。
魔法使い以外に対して魔法をかける、というのはつまり、魔法の使い方が分からないど素人に対して魔法で干渉する、ということ。
魔法使いであれば、誰かの魔法をうまく受け流したり自分のものにするすべを身につけている。だけど、それは魔法使いにしか出来ないこと。
「僕のこと信頼してない人にはかけられないよ」
魔法使い以外の人間は、誰かの魔法を自分のものにするために、心を媒体にする。相手がすべてを受け入れてくれれば、術をかけられる側に技術がなくても、魔法使いの方からうまく働きかけて、術をかけられるのだ。逆に、術をかけられる側に受け入れる気がなければ、互いに危険なだけ。
「信頼されてないんだー」
カイト兄が楽しそうに言ってきたので、適当に殴っておく。メイコ姉は気にせずに、窓の外を見た。
「とりあえず、ミクあたりにそのうち紹介しときましょうか。この村じゃ、一番年の近い女の子だからね」
メイコ姉はそう言って、カイト兄を引きずって、一度帰った。
また二人きりの部屋。僕は頭をかきながら、少女に近づいた。
「あのさ、別に本名じゃなくてもいいから、呼びかた指定してくれないかな?」
「別にいいでしょ。あたしもあんたを固有名詞で呼ばないし」
それも問題なんだけど。
何を言っても無駄らしい。
だけど、少女はあまりにも無知だし、装備ももう少し改善した方がいい。
僕は、杖を手に持ち、一番魔法使いらしいローブに着替えた。
いかにも魔法使い、という格好をしていないと、年若い僕は、この村の外ではなめられてしまう。
「立てる?」
少女に訊くと、少女は分かっていない表情で首を傾げた。
「街に行こうか」
-----
少女は、あらゆるものを珍しそうに見ている。
日が高いうちに村に帰らなければいけないから、一番近い街に来た。決して大きな街ではないけれど、村とは違って、物の流通がある。
「そんなにお金はないけど、なにかもうちょっと装備そろえたほうがいいでしょ」
少女の手を引いて、はぐれないように街の中を歩いていく。
少女は何も言わなかった。嫌そうな顔はしていたけれど、手を振り払うこともなく、大人しくついてきた。
「なにか希望ある?」
少女を最初に見つけた時に着ていた服は、汚れていたので洗って干しているところだ。今は僕の服を着ている。
それをそのまま貸してもいいのだけれど、剣士なのだったらそれに適した服にするべきだろう。魔法の補助機能なんてついていたって意味がない。
「なんでもいいよ」
「そういうもんじゃないんだって。服や装飾で命拾いすることだって珍しくないんだから」
「命拾いして何になるの?」
その言葉に、僕は唖然とする。命なんてあってもなくてもいい、そんな言葉。
「どうせ、この世界は現実じゃないんだから……」
少女は、僕には理解できない言葉を呟いて、ふと足をとめた。
「うん?」
いきなり止まられて、手をつないでいた僕も立ち止まる。
少女は、ただ、店先のある商品を見ていた。
ネックレスだった。
女の子なのだから仕方ないけれど、今はそんな実用性のない装飾品を見ている場合じゃない。
でも僕は、そう少女に言うことが出来なかった。少女が今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。
そのネックレスに見覚えがあったのか、何かに似ていたのか。
訊きたかったけれど、訊けなかった。どうしても、僕には立ち入れない場所なのだと感じた。
「どうかした?」
わざと、何にも気付いていないふりをして、そう問いかける。少女は眼をそむけ、答える。
「なんでもない」
泣きそうな顔のまま、唇をかみしめて、そう嘘をつく彼女に、僕も気付いていないふりをし続けた。
少女は黙って肩を震わせながら、けれど僕の手を振り払うことはなかった。
結局その日は、僕が彼女に服を選んで、買ってやった。
とりあえず、初級者の剣士向けの、安価だけれどバランスがいいものを。
その帰り道、もう太陽は傾いていた。
「急がないとまずいな……」
少女の手をとって走る。
日が暮れるまでには着くだろうけれど、それでは少し遅いのだ。
夜行性の魔物たちは、太陽が完全に隠れる前に活動を開始する。それまでに僕は村に戻らなければ。
それに、僕自身も、確かに魔法は使えるけれど、一人で魔物を相手に出来るほど強くない。
「大丈夫? 走れる?」
「馬鹿にしないで!」
昨日倒れていたくせに、口だけは達者だ。そして、その言葉通り、気にした様子もなく走っている。
さすが、剣士が適性なだけのことはある。僕の方が息切れしそうだ。呪文が詠唱出来なきゃ意味がないのに。
走りながら、意識を村まで飛ばす。
杖を持っているから、多少の距離があっても、結界からの情報を傍受するのは容易い。
まだ、結界を通った気配はない。
色々考えながら走っていたせいか、速度はいつの間にか落ちていた。体力のない魔法使いには、ただでさえ全力疾走はつらいのだ。
「あぁもう、遅いっ!」
少女は叫んで、いきなり僕を担ぎあげた。
「はぁ!?」
一瞬、何があったのか分からなくて、僕は杖を落としかけた。
慌てて、少女の華奢な背中にしがみつく。
「下ろせよ!」
「あたしより体力ないくせに! 馬鹿みたい、男のくせに!」
男のくせにって言われたって……性別より適性の方が体力に直結してるんだってば。
ぐんぐんと少女は進み、鬱蒼と茂る木々の間から、村の灯が見えてきた。
「魔法使いだったら瞬間移動くらいしたら!?」
「ワープの理論は知ってるけど、実際使ってみるほど命知らずじゃないんだよ! 下ろせって!」
叫んだのとほぼ同時。意識の端で、何かがぷつりと切れた。
――来た。
そう思ったのと同時に、僕は少女の背から跳び下りて、少女を突き飛ばしていた。
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