いつかの忘れ物。
それは、遠く彼方の夢。
僕は、海の中にいた。水面を見上げると蒼は徐々に透明に近くなり、そこには静かに眠る僕が写っていた。僕が眠っている札幌市民病院の一室は、静寂に包まれていた。
朧げで霞がかった記憶を辿る---思い出した。僕は確か、交通事故に遭ったんだ。それで頭を打って、今は眠っているんだ。
目醒めない僕の傍らには、リンが泣き笑いを浮かべていた。
『泣かないで、リン。』
僕は片割れに声を掛けた。けれど、リンには聞こえていないようだった。
『リンと僕は双子だから。君が泣いたら、僕も笑えないよ。』
きっと、今の僕は生き霊みたいなものなのだろう。だからこの声は届かないし、彼女の瞳に今の僕が映ることもない。
―――手を伸ばせば、すぐ届く距離なのに。
キミは、こんなにも遠い。
それでも、声を掛けずにはいられなかった。
僕らは鏡写しの双子。片割れが泣いていたら、僕も笑えない。
リンは青色が綺麗な花束を花瓶に活けていった。
「この花、都忘れっていうんだよ」
どこか無理をしているように、リンは笑った。
「花言葉は、《しばしの憩い》と《また会う日まで》・・・ゆっくり休んでね」
僕は都忘れというらしいその花を見つめた。
病室に吹き込んだ風が花を揺らすのが見えた。かすかに、甘い香が漂ったように思えた。
それから1ヶ月が過ぎた。身体に戻る方法がわからないため、まだ僕は目醒めてない。リンは毎日病室に来て、眠る僕に様々な話をしていった。
「ねぇレン」
ある日、リンは僕にこういった。
「一人は・・・やっぱり寂しいよ」
リンは小さく笑った。僕の胸に、鋭い痛みが走った。ような気がした。
「今、どこにいるかはわからないけど・・・お願い。早く、私達のところに帰ってきて!それとも、もう・・・レンは、目を醒まさないのかな?・・・ここに来るだけ・・・無駄なのかな・・・」
『リン!』
僕は叫ぶ。この声が届くことはないと知りながら、それでも叫ぶ。
『僕、ちゃんと帰るから、リンとお父さんと、みんなのところに帰るから・・・』
僕の脳裏に浮かぶのは、向こう側に―――リンのいる側の世界に残してきた人々の姿。
大切な大切な、僕の片割れのリン。
最近白髪が増えた、僕らの父親。
隣に住んでいて、僕らのことを可愛がってくれたミク姉。
二人でよくアイスを盗んだり悪戯したりした、カイト兄。
僕達みんなの姉貴分で、酒癖が悪いけど頼れるメイコ姉。
みんな、みんな・・・とても懐かしい。時折病室に訪れては、眠り続ける僕に話し掛けていく。
早く、目を醒ましたい。話を聞くだけじゃなくて・・・一緒に笑ったり、泣いたりしたい。僕のほうからも、話がしたい。
僕は唇を開き、昔々に二人で歌った歌を口ずさもうとした。
ずっと一緒にいたいという願いを込めて、よく二人で歌った歌だ。・・・だけど。
かつて、願いを込めたあの唄は何処へ行ったの?
そんな歌があったことは覚えているのに、どうしても歌えない。
僕は海の中に残されているような気分になった。
光が溢れる水面の向こう側に、リンがいる。
なのに、どんなに頑張って手を伸ばしても、リンには届かない。
カイト兄の目の色に似た、青い蒼い海。深く暗いその底に、僕は何か光るものを見つけた。
慎重に慎重に、水底の光へと近付いていく。
そして僕は、その光を掴んだ。
なのに。
掴んだそれは何の手応えもなく、小さな泡のように消えていった。
幽霊に似た身体なのに、胸に痛みが走る。
僕はただ、知りたいだけなのに。
僕が、ここにいる意味を。
泡沫ノ幻想 前編
仕事してPさんのレン曲で、誠に勝手ながら小説を書かせて頂きました。仕事してPさんから異議申し立てなどがありましたら、即刻削除いたします。
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*
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