この先、亜種が登場します。苦手な方はお気をつけて。
「君らしくもない。一体何があったのかね?」
数分後その部屋には、1人の男が来訪していた。
詰襟の制服を着ているところから学生であると思われるが、その大人びた顔立ちは彼を実年齢以上に見せている。言葉こそ呆れたような言い草だが、鋭い眼つきの瞳には、目の前に座る優希を労わるような不安の色が宿っていた。
「来てもらってごめんね、六道君。・・・一人じゃ包帯が巻けなくて」
優希が左手首にガーゼを当てたまま、六道と呼んだ男、六道マオに女子高生相応の明るい笑み浮かべた。ただその笑顔は、どこか無理をしているような印象を与える。
腕をマオが巻きやすいように突き出した優希は、現在の状況を説明し始めた。
「カイトが『アルの手紙』にやられた。・・・まさか、この時期にお目にかかれるとは思ってなかったけどね」
冗談めかした言い方だったが、マオは信じられないと言いたげに眼を見開く。
「『アルの手紙』・・・?そんなまさか。流行ったのはいつの話だと思っているのだね?それに、それを作った犯人は既に捕まっているではないか」
「流行ったのは私が中学生位の時だっけ?その時はまだカイトがうちにいなかったし、何年も前だったから聞くまで忘れてたけど。・・・実際、カイトは感染した」
呟くように言った途端、優希が笑顔に影を落とす。視線の先には、左腕に巻かれていく白い包帯。それには所々に赤いシミが浮かんでいる。
マオは1つ溜め息をついて優希を慰める方法を思案したが、また溜め息をついて中断した。きっと、何を言っても意味が無いと悟ったのだろう。
その代わりに、無意味な会話を進める。
「『アルの手紙』・・・。かつて世界を騒がせた稀代のプログラマー“安藤 六花(ろっか)”が作った違法プログラム。もう完全に規制されたと思っていたが、意外と残るものだな」
「うん。そもそも、何でこんなものを作ったんだろうね?一見は宛先不明で空メールの音楽ファイル。・・・しかしてその実態は、」
興が乗ったのか、優希はマオの続きを引き継ぐ。歌うように紡いだ言葉の最後を一息区切って、
「人工AIに破壊衝動を上書きする、感情器官崩壊プログラム」
苛立たしげに、吐き捨てた。
「しかもそれを取り込んだコンピュータやそれを聞いた人間ではなく、感情回路を持ち、なおかつ人間が聞き取れないほどの音域も拾える聴覚に優れたアンドロイド、―――ボーカロイドにのみ効果を発現する。・・・・・もはや怨念すら感じる犯行だな」
マオも穏やかな声で呆れ果てたように、しかし一片も笑っていない冷たい眼で天井を睨む。行き場の無い怒りが瞳の内で渦巻いて見えた。
「それにより暴走したボーカロイドは数え切れず・・・世界でマスターの死者13名、怪我人800名以上。サイバー犯罪で歴史に残るほどの大事件になってしまった」
ボーカロイド達にもどれだけの被害がでてしまったのか、と呟いたが、それに関して優希は黙ったままでいた。
「一度かかったが最後、たとえ共に過ごした家族であるマスターですら手にかけてしまう。作った者の正気を疑う恐ろしいプログラム。・・・・・・の、はずだよな?」
今まで忌々しげに語っていた調子を一転、疑問を優希に投げかける。
「うん。そうだよ。・・・・そのはずなんだけど・・・・・・」
優希も歯切れが悪く、困ったような視線をマオから離し、横に逸らす。
「わーすっごーい!本当にまっかっかだ!」
「これどういう原理なんだろ?あとカイ兄、辛い物好きになったりした?」
「あーもう知るかぁああ!あっちいけガキが!」
「あっ、レン見て!眼もすごく赤いよ!」
「本当だ。リン、ちょっと押さえてて。他も赤くなってるか見たい」
「らじゃー!」
「ちょ、ズボン脱がすなぁああっ!」
視線の先には、『アルの手紙』に感染して凶暴状態のはずのカイトと、そのカイトを玩具にして遊ぶリンとレンがいた。
「・・・誰だい?あのツンツン君は」
「カイトだね」
2人は助けるでもなく、カイトがリンとレンに遊ばれているのを傍観する。
「元の性格が幸いしたのか、あるいは優希が歌の最中で無理矢理止めたのが良かったのか・・・はい、出来たぞ」
マオは手を止め、優希の左腕から手を離す。優希は手首に丁寧に巻かれた包帯の具合を確かめるように、くるくると関節を動かす。
「ありがとう。今のカイト、私に触る事だけは全力で拒否するから。・・・あいつらとは遊んでるくせに・・・・・」
「あー・・・、しかし優希も悪いのではないか?今のカイト君に血を見せるのは酷だろう?まして、眼の前で手首を切られては責任も積もるってものだ」
低い声で嫉妬を表に出す優希の矛先を逸らすため、マオは優希の痛い所を突いた。優希はいじけるように顔を背け「だって、カイトが酷い事言うから・・・」と小さく呟く。強く主張しない所を見ると、やはり気にしてはいるらしい。
「というより、・・・・カイト、嫌なら振り払えば?出来ないわけじゃないだろ?」
優希がいつもの、先ほどとは変わった感情が希薄な声でズボンを死守する赤い髪のカイトに話しかける。カイトは刺すような視線で、咬み付くように怒鳴った。
「馬鹿、こいつらが怪我したらどうするんだよ!」
「あぁ、カイト君らしいな」
思わずマオだけでなくその場にいた他も頷いてしまうヘタレっぷりだった。
「うっせぇストーカー変態。お前だってマスターに何にも出来ないヘタレ野郎じゃねぇか」
「おやおや。・・・・ヘタレかどうか試してみるかね?」
えらく冷静な口調の暴言が図星を突いたらしく、こめかみに青筋を浮かべてマオは微笑む。眼は笑っているわけが無い。
「カイト、むやみに喧嘩売るな。後が面倒くさいだろ」
優希がカイトを嗜めると、カイトは不機嫌を露わにして「ふんっ」とそっぽを向く。優希は僅かに眉尻を下げ、しかしすぐに苦笑いに変えて怒ったのか頬を膨らませるマオと彼を宥めているリンとレンへ振り返る。
「こんな感じで、まるで反抗期みたいで困ってるの。どうすればいいと思う?」
「はーいっ、病院に行ったらいいんじゃないの?」
「僕もそう思います。昔に同じ事例があったなら、その為の対抗策もまだ残っているんじゃないでしょうか?」
優希の疑問に真っ先に手を上げたのはリンだ。レンもリンに同意する。しかし優希は2人の意見に、残念そうに首を横に振った。
「そうしたいんだけど、少なくともあと2日は無理」
「どうしてですか?」
「もしかして、やばいウイルスだから見つかると悪い大人たちが追いかけてきて映画みたいな大事件になるとか!?」
「いや、病院のくせに休日と祝日は定休日なんだって」
なんとも拍子抜けする理由だった。そもそも彼らが言っている『病院』とはVOCALOID専門のメディカルサポートセンターの事であり、公共の施設として政府に認められていない。
「だから休日明けの月曜日になったら直せるんだけど・・・それまで私が持たない」
「「あー・・・。」」
リンとレンの綺麗なユニゾンが空しく部屋に響いた。今度は静観していたマオが提案する。
「では、しばらく私の家で預かろうか?確かにこの状態のカイト君と君は相性が悪すぎる」
「ハハハ嫌だな六道君。この私がカイトと離れて24時間以上も持つと思ったのかな?」
「ああ、君の眼を見て確信したよ。不可能だな」
マオは納得した様子で意見を取り下げた。
「ではやはり、頑張って耐えるしかないだろう」
「そうだね・・・。ごめんね、せっかく考えてくれたのに」
「優希ちゃんが気にすることないよ。大丈夫大丈夫!」
「優希さん、1人で抱え込まないで下さいね。僕らも相談に乗りますから」
と、不意に今まで沈黙を通して座っていたカイトが立ち上がる。そのまま黙って、部屋の端からドアまで足早に歩く。
「カイト、どこ行くんだ・・・・?」
「関係ねぇだろ。外に出てくるだけだ」
苛立たしく吐き捨てて、カイトは乱暴にドアを閉めて出て行った。
「・・・ふむ、成程。ご機嫌斜めだな」
「私、毎日あんな風にされたらもたないよ。離れるのはもっと嫌だけど」
「まだ良い方ではないか。私なんて想い人に毎日冷たくあしらわれる、たまに無視される、ヤンデレなのにツン全開にされる等々エトセトラ、報われた事なんて1回も無いぞ!」
「へぇー、ずいぶん冷たい想い人だね。」
何故か自慢げに語るマオを、優希は棒読み一蹴であしらった。
「っていうかさー。何だかカイ兄、優希ちゃんとマスターには冷たくない?」
リンはカイトが出て行ったドアを寂しそうに見つめる。
「アタシとレンには怪我しないように気を使ったり出来るのに。変なの」
「そういえばそうだね。マスター、何でか分かる?」
「む、そうだな・・・。カイト君が子供好きだからではないか?」
「分かんないなら分かんないって言ってよ。マスター」
かしましく会話し始めたリン達3人に優希は溜め息をついて、PCを乗せた机の前の椅子に腰掛ける。PCを起動し、キーボードを数回叩いて『アルの手紙』のEメールを『危険』と命名し新しく作成したフォルダに分けた。そしてそのままフォルダそのものにロックをかける。ふと、何かを思い出したらしく賑やかな3人に椅子ごと半回転して振り返る。
「あ、今回の事でお世話にもなったし、何か食べて帰る?」
「えっ、いいの!?やったぁ!」
筆頭にリンが嬉しそうにはしゃいだ。
「生憎、カイトはあれだから美味しいご飯は食べられないと思うけど」
「と言う事は・・・優希さんの手作りですか?初めてですね」
「いやぁ、まさか優希の夫になる前に手作りを食べられる日が来るとは思わなかったよ。夕食が楽しみだ」
「あれ、私は六道君に嫁ぐ予定なんて無いよ?」
優希は可笑しそうに笑いながら、携帯電話を取り出した。白く丸い、可愛らしいデザインだ。
「で、お寿司とピザ、どっちがいい?」
「「「って、出前かい!!」」」
3人のハーモニーが綺麗にツッコんだ。
「何と言うべきか・・・・、まさか君、カイト君が食事を作らない日は毎回出前を取っているのかね?」
「何言ってるの。カイトがご飯を作らなかった日なんて、今日が初めてだよ」
「毎日作らせてたの?!じゃあ優希ちゃん、カイ兄が来る前はどうしてたの?」
「え、・・・たしか一日一食で、学校がある日だと昼食のパンだけとかだったよ」
「・・・それ、いつからですか?」
「お父さんが死んで、再婚してた義母(おかあ)さんの仕事が忙しくなってからだから、・・・・中学1年の初期ぐらい?」
はぁー、と3人は思い思いに溜め息をついた。
「・・・・優希、夕食は私達が作ろう。君は怪我をしているし、今日は何かと疲れただろう?」
「え?だからその為の出前「駄目よ!そんな偏ったご飯を食べてると優希ちゃんが太っちゃう!」・・・いや、出前頼むのは久々なんだけど・・・・」
優希がリンとマオに押され困惑した顔で、唯一沈黙を保っていたレンに救出の願いを託して目線を投げかける。
「3日間の食事は僕達が何とかしますから、優希さんも料理を覚えてください」
まさに3人の思いを一纏めにした一言で、ばっさりと切り捨てられた。
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ご意見・ご感想
秋徒
ご意見・ご感想
+KKさんへ。
こんばんは。コメントありがとうございます。カイトのツンデレは可愛いですよね(そうじゃねぇ
期待は・・・作者はチキンハートなので勘弁してやってください; でもこっそり期待してくださると嬉しいです。なんだろうこの矛盾。
せめてものお礼に作者流リンレンの書き方を・・・。書きながら「リンちゃん可愛いよ、レンきゅん最高だよはぁはぁ」と念を込めます。大体他のキャラも同じ風にして書いています。気持ち悪くてすみませんww(土下座
しばらくやりますので、次回も読んでやってください。
2009/08/11 01:09:28
+KK
ご意見・ご感想
こんばんは、秋徒様。+KKです。
皆様が十分指摘・助言されてるようですし、自分にはそんなことできませんので普通に短いですが感想をば。
他の方はどう思われたかはさておき、相変わらず読ませる文章を書いていらっしゃるなと思いました。
秋徒様の書かれるリンレンがすごく可愛いです。一体どうすればあんなに可愛くなりますか・・・!
あと、カイトツンデレ・・・!新境地を見た!(笑
一人でによによしました。続きも期待させてください~。それでは。
2009/08/10 23:13:13
sugayama
ご意見・ご感想
いや、十分驚きましたよ!!
多数の解釈も、「一人では包帯が巻けない」という描写があったので、もしや、とは思ってはいました。
追記で、シリアスとコミカルのバランスも素晴らしいと思います。
では、頑張って下さい。
2009/08/07 21:29:59
秋徒
その他
FOX2さんへ
ありがとうございます。
次は空白を意識して使ってみようと思います。
きむいちさんへ
初めまして。アドバイスありがとうございます! 確かに、時期や季節感らしさが欠けていました…;空白共々、これから意識して使ってみようと思います。お互い頑張りましょう^^
sugayamaさんへ
初めまして。アドバイスありがとうございます!
リンレンの唐突な登場と優希のリスカは、ブラフのつもりで書いていました。最初は解釈を多数にとれるようにして、後から『ああ成程。ここはこうだったのか』みたいな、驚きの要素を含めたかったのですが……解りづらくてすみません。しかもリンレンのマスターが誰か分からなくなったのは完全な誤算です;本当に申し訳無いです。
まだ続きますよ!大体5位まで書こうかなぁと思っています。
これからもよろしくお願いします。
2009/08/06 09:47:01