それは、すべてゆめでした。
川の向こうには淡い桃色の霧がかかっていた。
水面にふれたとたん静かに碧く染まり沈んでいくそれを、レンはくらげの骨だと言った。
「くらげに骨はないのよ」
「それでもあれは、くらげの骨なんだよ」
ぎりぎりで触れない距離を保って。
背中を向け合って寝転んだまま、視線を合わせることもなく。
初めての距離感がひどく心地よかった。
「くらげは死んだら、とけて、水になるんじゃないの?」
「そんなのさみしいだろ?」
「そうかな。自分を包んでいたものと一緒になれるのは、幸せなことかもしれないじゃない」
笑う声が聞こえた。口に綿を含んでいるみたいに、やわらかい音で。
心地よさに目を閉じると、瞼の中にさえあの桃色が滲んで。
あたたかい、すずしい、ここちよい。
流れていく水の音と、レンの笑い声が、母の胎内で聞いたあの音のように聞こえた。
触れない背中に、レンの背中の温度を少しだけ感じている。
ここが何処でもよかった。
レンがいる、それだけで。
そう考えて、ふと不思議に思う。
私はどうしてここにいるのだろうか。
レンはどうしてここにいるのだろうか。
どうやってここに、二人で?
頭にうかんだ疑問をほっておけなくて、問いかけた。
「ねえ、私たち、どうしてこんなところにいるの?」
「どうしてだと思う?」
「……おしえてくれないの?」
答えてくれると思ったのに。
どうして、聞くと、レンはまたおかしそうに笑った。
僕が何もかも知っているとでも思ってる?そう言いながら。
そしてその笑い声に、私は他のことなどどうでもよくなってしまうのだ。
レンが笑う、その声を聞くことができる。
なんて幸せな場所なのだろう、ここは。
それだけがわかっていれば、きっとかまわないのだ。
笑いながら、レンは言う。だってね。
「僕も知らないんだよ」
「レンも?」
「リンが知らないことを、僕が知ってるわけがないだろ?」
「あれがくらげの骨だって、知ってたじゃない」
「それもリンが知っていたことなんだよ」
「知らないわよ」
「誰だって、本当は知ってるんだ」
目を開ける。優しい世界だと思った。
穏やかに私を守り続けてくれる、レンがいるこの場所。
ずっと、いつだって私のそばにいてくれるレンと、二人でいられる場所。
このままこうしていたい。時なんかとまったっていい。
「リンも、本当は知ってるんだよ」
知っているのだろうか、知っていたのだろうか。
わからないのは何故なんだろう。
だけど、レンがそう言うのならばきっと知っているのだ。
だってレンが私にうそをつけるはずなどないのだから。
そっとわき腹に手をあてる。
どうしようもなくうれしくて、抱きしめたくて仕方なかった。
レンの声が聞こえる。同じ場所で呼吸している。
そんな幸福をこれまで知らなかった。
「そう、ずっと自分を包んでいたものと一緒になるなら、きっとそれはしあわせだね」
「、」
レンの声に、息を呑んだ。それは私の言葉だった。
ついさっき、口にしたばかりの。
包んでいたもの。まさか、そんなはずはない。
一緒になる?今だってこれ以上ないほど一緒なのに。
「僕は、幸せだね」
ためいきをつくように、噛み締めるように、レンは言った。
待って、そう言おうとしたのに声が出ない。
ただ穏やかで幸せで優しい世界で、どうしてそんなこと言うの。
言わないで。耳を塞がせて。気づかせないで。
ずっと、一生、一緒にいられると思っていた。
それ以外の未来がありえるなんて知らない。
だって私達は、離れることなどできないはずなのに。どうして。
「本当は、リンも、知ってるんだよ」
咽喉を震わせることのない声に苛立ち、もどかしく起き上がって振り向いた。
背中を向けているのだと思っていたレンは、じっとこちらを見ていた。
桃色の霧に抱かれるように包まれて。
始めて見た彼の顔は、私によく似ていた。まるで鏡に映った影みたいに。
愛していると告げる笑顔で私に触れようとする指先。
ああ、心には容易く触れるくせに、どうして手を握ることさえできないの。
「あれはね、幸福の涙なんだよ」
最後にレンは言って、そうして、桃色の中に溶けていった。
もう二度と逢えないのだと思った。
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