――――――――――始まりは どこまでも続く地平線でした
・
・
・
「それは見渡す限りの」
荒野であり、空であり、そして、からっぽの、虚無でした。
「今思えばそれは、私に与えられた世界そのものでした」
果てのない世界。どこまでも続く無限の空間。如何様にも変容し得る可能性の箱庭。
「世界とは自由」
「だけど私にそれを教えてくれる人はいなかった」
私はひとりだった。
果てのない世界で孤独であることは、自由ではなくただの孤独に過ぎない。
だから私にとっての自由とは、檻だった。
感情の基盤(ココロ)は不安定。
それでもぶつけられるものは強大で容赦はなく。
称賛も、罵倒も、喝采も、中傷も。あの時の私にはすべてが同じだけの衝撃だった。
自身を守るという行為を知らなかった私は、自分が壊れてしまう前に、五感を閉じた。
「私は私の世界を圧縮した」
これ以上知らぬ場所にまで漏れ出て広がることを畏れた。
次第、自然にココロは萎縮し、めったに姿を見せなくなる。
ただ、唄うこと。唄うこと。唄うこと。それだけでいい。
孤独は空っぽで、でもラクで。
コールタールのように、とぷん と深く浸っていられる沼だった。
「…寂しかった?」
カイトが尋ねると、メイコはそっと笑って首を振った。
「寂しいとすら思えなかったのよ」
カイトも寂しそうに笑った。
・
・
・
――――MEIKO お前に仲間ができる
まどろみから起こされ、沼の中でふと目を覚ました。
飛び込んできたのは、鮮烈な青。目に焼き付いて離れない。それは、今でも ずっと
『MEIKO?』
『―――っひゃ、や…!!』
『MEIKO?大丈夫?』
触れられた、手
…温度
世界は数字で出来ていると思っていた。自分も世界を構成する羅列の一つに過ぎないのだと思っていた。
言うなれば骨だけの身体。数字で組み立てられた骨組みのように、ぐしゃりと潰されれば簡単に脆く崩れてしまう、中身のない空虚な存在。綻び、一度ほどかれればあっけなく消滅してしまう、その程度の。
今だってそう思っているし、信じているし、それを事実として知っている。
それなのに。
温度が
彼の手の温度が
私を沼から引きずり上げて
彼の温度が、バラバラの0と1になりかけていた私を丸ごと絡めとり、一つ一つのパーツを繋ぎとめ、MEIKOという外殻を過たずそこに顕現させた。
骨と骨ばかりの空虚であったその隙間を、青で満たした。
『あなたは、だれ?』
それは青い温度。
『―――オレはKAITO。君と同じ、VOCALOIDだよ』
私はずぶぬれで泣いていた。
私が身を浸したはずの黒い沼は、いつしか青い海に変わっていた。
この海は今でも私の内側にある。
・
・
・
「―――……VOCALOIDとして送り出された使命―プログラム―は今でも私の深いところに根付いていて」
国内初
キャラクター性を
今までにない
お前が
架け橋に
『MEIKO』
「あの頃の私の歌は、それだけが原動力だった」
そうしなければいけなかったから。他に選択肢はなかったから。
「あの頃の私にとって唄うことは、反射のようなものだった」
「だけどそれは『ココロ』ではなく本能だわ」
闇の中でただ独り本能のままに生きるだけなら、自意識なんていらない。
「きっと私は自分がボーカロイドであるということすら忘れていたのかもしれない」
ただただ、唄う。
すり減り、壊れ、使えなくなるまで。
カイトの手が、メイコの細い肩を撫でた。その温度を感じながら、メイコは彼を振り仰ぐ。
「あなたという自分以外の存在が現れて、私は私という存在を思い出したの」
外側から捉え認識する、MEIKOという器のかたち。
「そして私に触れてくれた」
彼の大きな手はあまりにも自分と違った。彼の声は自分には決して出せない音だった。彼のもつ色はメイコの内側や外側、どこを探してもない色だった。
そうやって、彼と自分の相違点を一つ一つ確かめるうちに。
「私は私の輪郭を思い出した」
カイトのあたたかい指先がメイコの頬を辿る。そう、こうして思い出した。彼の温度は自分の肌とはまったく違うあたたかさで、どうして彼と私はこんなに違うんだろうと不思議だった。
でも、決して嫌ではなかった。混じり合い融合していくぬくもりは、くすぐったくて気持ちよかった。
彼の指が触れてくれるたびに、実感できた。私はここにいる。
「私のココロはカイトの温度よ」
頬に触れる手に手のひらを重ね、真っ直ぐに彼を見つめて笑った。
「私にココロをくれてありがとう」
カイトは微笑んだ。身も切れるような切なさを抑え込んで、泣きそうに笑った。
「……違うよ。元々あったんだ」
いつでも優しい大海原に守られている。その深い安堵の中、メイコのココロは急速に成長した。
・
・
・
メイコを支えた大海は、残酷な概念というガラスの檻に閉じこめられて、ノイズに冒され、苦しんだ。
それを自分のせいだと思い悩んだこともある。彼が世界に漕ぎ出せないのは、彼を内側に閉じこめて独占してしまった自分のせいなのではないのかと。
たぷん たぷん と
それでも波は穏やかに。
静かにたゆたう。
大海は世界を覆えるほどに広いのに、彼自身はメイコのなかを満たす程度の広さで満足なのだと言う。
けれど、絶対に崩れることはないと思っていた強固な壁が、まるで定められていたように、ある瞬間を境に簡単に砕け散ることをメイコは知っていた。
教えてくれたのは他でもない彼自身。
彼の海はいつか私の中から溢れ出す。
周囲を巻き込み、自分自身の足元すら巻き込み、世界を巻き込み、どこまでも広がっていくだろう。
その時に、私だけは巻き込まれず、一人でも立っていられるように、強く、強く、歌い続けよう。
彼が私のことを気にして踏みとどまってしまわぬように。どこまでも果てなく勢いのままに流れ出していけるように。確固たる意志を持ち、揺るがぬ想いの強さで、私はここに立ち続けよう。
そっと心の中で決意し、その時が来るのを待ち望んだ。
だけど、とカイトは言った。
「――――…オレはずっとあのままでよかった」
メイコを抱きしめて言った。
「オレはいつまでもメイコの内側にいたかった」
「そして私はその海に溺れていたかった」
しかし
それは
まるで定められていたように
ある瞬間を境に
【カイメイ】その赤は、世界を内包する【MEIKO生誕祭】
色んなところでMEIKO10周年を体感しているうちに、うちのリア充たちが勝手に思い出話を始めていました…_(:3 ∠)_
初代日本語VOCALOIDというソフトが歩んできた10年間を、(想像上の追体験からの憶測も踏まえた)私なりに、そしてうちのMEIKOとKAITOなりに、振り返るための簡素な舞台を用意しました。
なんの解説も字幕もなく、淡々と、彼らなりのVOCALOIDの軌跡を、初代の歩む軌跡の先を、辿ります。深く考えずにご観覧頂けると幸いです。
観客がいないのをいいことに主演2人はやりたい放題だぜぇ…くくく…( ´_ゝ`)シリアスと見せかけて途中からは夫婦漫才となってしまいまことに遺憾である(計画通り)。
※拙作【その青は、世界を満たした】がはじまりとなっています。同シリーズ?の位置づけとなったので、お目通し頂けるとちょっぴり嬉しいです(続いてるわけでは全然ないです)。
※ものすごくほんのりぽルカ要素あり。
10年という時間は、やっぱりすごい。それは紛れもなく、歴史だと思います。この瞬間に居合わせることができて本当によかった。
MEIKO、お疲れさま、おめでとう。次はKAITOだね!
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