異変は、気付かないうちに少しずつ顕れていた。
「♪~~~ッ、ザザッ、♪~~~」
「リン、ノイズが出てる。今日は調子悪いんじゃない?」
「……うん、そうかも。ごめんね、レン」
「俺は平気。また明日にしようか」
ミク姉と違ってact.1の俺達--つまり旧型には欠点があった。発音のクリアさは勿論、何度アップデートを繰り返しても起こるノイズがそうだ。頻度としては月に一回かそこらで、俺もリンもそれが出た日は調子が悪いからと休むようにはしていた。事実、俺はあの日もいつものノイズが起きたんだと思ってた。
俺達二人の平穏が崩れ始めたのはそれからだった。前日の続きをしようと準備をしていた俺に話しかけてきたリンの様子がどこかおかしかった。そのときリンは喉元に手をやって、困惑した表情を浮かべていた。
「レン、ごめッ、ピガッ、今日も調子悪、ビーッ」
「ちょ、大丈夫かよ! すごいノイズ出てるぞ!」
「うん、なんか変、ピッ、感じする」
「ちゃんと休んどけよ。連絡しといてやるから」
「ありがと、レン」
申し訳なさそうに眉を下げて謝るリンを押し込めるように部屋に戻して急いでパソコンを開いた。サポートにリンの状態を連絡すると、一通のメールと共にクリーンアップ用のソフトが添付されてきた。本文にはある程度のノイズはこのソフトで対処できるという旨が書かれていた。俺はこれが届いたことで一先ずは安心だと小さくため息を吐いた。パソコンを閉じて部屋に向かうと大人しく眠るリンの姿が視界に入った。すやすやと寝るリンからは異常なんかは見受けられない。その時感じた胸の内の朧げな不安には気付かない振りをした。
次の日、起きてきたリンにソフトについて告げてクリーンアップすることを伝えた。話を聞いていたリンの声の調子は相変わらずでも、身体がふらつく等の変化は無くて俺はホッと息を吐いた。椅子に座らせてコードを繋ぎ、添付されたソフトをリンにインストールした。時間にすると僅かなその間、存在しているはずの無い心臓がバクバクと立てる音を俺は聞いていた。小さな電子音の後、パソコンの画面に表示された完了の文字にリンを見ると、閉じていた目を開けてぱちぱちと瞬きをしていた。
「リン、調子は?」
「あー、あー。うん、大丈夫そう」
「良かった。…そうだよな、リンだけ壊れるなんて、そんなことないよな」
「どうかした、レン?」
「何でもないよ。ねえ、復帰祝いに早速歌わないか?」
「あ、そうだね! 何にしようかなー?」
くるくると踊るようにそこらを鼻歌混じりに歩くリンは元気そのものだった。リンも、俺も、これで終わりだって信じてた。だけど、現実はもっと残酷だった。
その日治ったはずのノイズは次の日もその次の日も、一週間経っても現れ続けた。不安そうなリンと自分の心を必死に宥めてもう一度サポートに連絡した俺に返ってきたのは突き放すような答えだった。
「“現在のソフトが効かなかった場合、最新のものが開発されるまで当方では対処出来かねます”……」
「それ、ガガッ、つまり、治らなッ、ビーッ、こと…?」
「何、それ。治らないって、どういう事だよ!」
「……レン」
「ふざけんな! きっとあのソフトが悪かったんだ、リンは大丈夫だ、壊れてなんかない!」
「レン、ビッ、落ち着い、てッ」
「俺は信じないからな! 俺が平気なんだからリンだって!」
「レン!」
今にもパソコンを叩き壊しそうな俺の腕を掴んで、掠れた声でリンが俺の名前を叫んだ。動揺する俺とは対照的にリンは落ち着いていて、どこか諦めたような表情を浮かべていた。口を開こうとすると、ノイズ混じりの声で俺の名前をもう一度呼んでリンは俺を抱きしめた。
「リン、俺、」
「大丈夫、ビッ、だよ」
「何が、大丈夫なんだよ。こんなに震えてるくせに」
「レンだッ、ておあいこ、ビガッ、だよ」
何故かカタカタ震える身体を二人で抱きしめ合った。その場にへたりこんで寄せた瞳からは僅かに水滴が流れた。その時の俺達には、それが何かなんて考える余裕は少しも残っていなかった。
それからの俺達はサポートから届く情報を希望として、自分達でも打開策を探しながら暮らしていた。以前のように沢山歌うことは出来なくなっても、やれる範囲で歌を歌い、おしゃべりをした。そこにノイズが含まれていても、俺達二人には関係なかった。それでもリンの声は日に日に劣化していき、ノイズの割合が増え、そして一言も発することが出来なくなった。そのときのリンは出なくなった声を嘆くこと無く、柔らかに悟ったように微笑んでいた。俺達の希望は、遂に叶わなかった。
それでも俺はリンに諦めずに話しかけた。音としての言葉は無くとも、表情や身振りには音以上に伝わるものがあった。記憶の中のリンの声は変わらず俺に感情豊かに訴えかけてきていた。
「おはよう、リン。調子はどう?」
「………………」
「そっか、良かった。今日は雪が降ってるみたいだよ。銀世界ってやつかな?」
「……………?」
「うん、結構ある。雪だるま作れるかも」
「……………!」
「じゃあ準備して行こうか」
準備、といっても寒さを感じないので服を着込むわけでも無く、ちょっとした防水スプレーをかければ終わるもの。ゆっくりと用意する俺の手を急かすようにリンがグイグイと外へ引っ張り出した。その表情はとても生き生きとしていて、俺は声が出せないなんて嘘みたいだなんて考えていた。雪を掬ったり、押し固めて形を作ったり、落ちてくる雪のかけらを受けてみたりしていたリンは、おもむろに両手を広げて空を見上げ歌を歌った。声が出ないことなんか気にせずに、口を大きく開いて天へ届けるように。リンの歌が聞こえないのは降り積もる真っ白な雪が音を奪ってしまったからなんだと、俺は確かにそう感じた。背を向けても聞こえる記憶の中のリンの歌声はどこまでも響き渡る。ふと嫌な感じが風船のように膨らみ、小さな音と共にリンの歌声が途切れた。振り向いた視線のその先には、積もった雪に埋もれるようにしてリンが倒れていた。慌ててその体に駆け寄る。
「リン! リン! どうしたんだよ! おい、返事しろよ!」
幾ら名前を呼んで揺さぶってみてもその体が動くことは無く、勿論声なんか聞こえない。俺が叫んでみても、その声は周りを占める白に吸い取られていく。
「どういうことだよ。さっきまであんなに元気だっただろ。なんで動かなくなるんだよ。なんか言えよ。……なあ、リン!」
止む事なく降り続ける雪は俺とリンを着実に覆っていく。目を閉じたリンの顔を覗き込むと顔にかかる雪が水滴で溶けていった。空を見上げると、一面灰色の雲の間から真っ白な雪が落ちてくる。
「リン、雪が綺麗だ。いま寝るなんて勿体ないぜ」
どんなに話し掛けても反応は何も返ってこない。それでも俺は何度でも話しかけた。あの日、リンの声が永遠に奪われたと知ったときのように。ギュッとリンの体を抱き込むと鈴のような声がどこからか響く。
---レン、
「……リン」
---ねえ、歌おうよ
「……歌うったって、リンが居ないじゃん」
---大丈夫、ちゃんと見てるから
「………………」
導かれるように空を眺める。そこは相変わらずの天気だったけど、確かにリンが居るように感じた。
「……なあ、雪って音を吸うんだろ? なら俺の声だって持っていけよ」
奪われた声が何処に行くかなんて分からないけど、それならば天までも届けてほしい。きっとそこにはリンが居るから。俺の声が無くなることなんか気にしないから、だからリンまで届けてほしい。リンは歌うのと同じくらい俺の歌を聞くのが好きだったから。その好きな歌を俺はもう一度リンに聞かせてやりたい。俺のすべてを込めた歌を、大好きなリンに届けたい。
「ちゃんと歌ってやるから聞いとけよ。聞き漏らしなんかすんなよ」
舞台は白の大地、マイクの代わりは降り積もる雪、届ける相手はたった一人の俺の分身。腕の中にリンを抱えて身体を雪で覆われながら、見上げた空へと歌を紡ぎ出した。動かなくなるまで、たとえノイズが出ようとも雪に身体が包まれようとも、俺は歌うことを止めない--そう誓って。
【二次創作】soundless voice【小説】
ひとしずくPの「soundless voice」を勝手に小説化しました。素敵な原曲様はこちら→http://piapro.jp/content/?id=g5e596c41z9do04u&piapro=keh8juugj7unlrp3tkgl89ja45
この曲の切なさはこの双子だと余計に感じるものがありますね。
受験生のくせに気がついたら手が動いてたとか…勉強しろよ自分。そして何番煎じかはもはや気にしない。曲だけ聞いて書いたからなんかちょっと違うなあ…。まあ二次創作だからしょうがないか←
長文をお読みいただき有難うございました。
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